1. じんぶん堂TOP
  2. 文化・芸術
  3. アイドル研究に向けた“はじめの一歩”――山中智省さん・評『アイドル・スタディーズ』

アイドル研究に向けた“はじめの一歩”――山中智省さん・評『アイドル・スタディーズ』

記事:明石書店

田島悠来編『アイドル・スタディーズ――研究のための視点、問い、方法』(明石書店)
田島悠来編『アイドル・スタディーズ――研究のための視点、問い、方法』(明石書店)

初学者のモチベを研究に活かすために

 人は、自分が強い興味・関心を抱いているモノやコトであるほど、それらについて語ったり考えたりする際には、自然とボルテージやモチベーションが高くなる。私が身を置く大学の教育現場をふと思い返してみても、授業や課題のテーマが学生にうま~くハマった場合、いつも以上に熱心な取り組み姿勢を見せてくれることが少なくない。だからこそ、各種調査や執筆作業に相当の時間と労力、さらには忍耐力が求められる卒業論文などでは、やはり、学生の興味・関心にそった研究に取り組んでもらうことが最も望ましくはあるのだが――。

 アカデミックな学問の世界では研究を成り立たせるにあたり、一定のルールや型、方法論を踏まえる必要があるうえ、研究の目的や対象を「好きだからです!!」という理由だけで決めることが難しい。そこでは必ず、学術的意義の有無が問題になってくるからだ。そして、長年にわたり成果が蓄積され、研究することが自明の事柄ならばまだしも、注目されて日が浅い新興のモノやコト――たとえばポップカルチャーのような現代の文化現象となると、学術的意義そのものを見出すところから始めなければならない。研究活動のスタート早々、初学者である学生たちにとってこれはなかなか、難儀なプロセスとなり得るだろう。

 とはいえ、好きな気持ちを原動力とする高いモチベーションを、研究への取り組みに活かせないままなのは本当に惜しい。そこで、昨今の若者が興味・関心を抱く現代の多様な文化現象を題材に、自信を持って研究の“はじめの一歩”を踏み出せるよう、プロの研究者がそのお手本を示す意欲的な入門書・概説書の数々が、近年では続々と刊行されている状況にある。そして、マンガやアニメ、ゲームにラノベと、各種のエンターテインメントを扱った事例がとりわけ目を引くなかで、アイドルとその文化をめぐる研究へと誘ってくれるのが、本書『アイドル・スタディーズ――研究のための視点、問い、方法』である。

「アイドル」の捉え方を知ろう

 思うに、入門書・概説書の役割としてまず期待されるのは、研究の対象を客観的に見つめ直す機会の提供ではなかろうか。特に、「好きだからです!!」に始まる研究にありがちな初学者の“落とし穴”としては、好きな気持ち(いや、むしろ愛?)の強さゆえにか、対象を主観的に捉えている事実に気づかないことが挙げられる。たとえば、ひとくちに「アイドル」といっても様々な側面が存在するし、何を「アイドル」と見なすかの定義や基準も決して普遍ではない。だからこそ、もとよりアイドルとその文化に親しみが深い場合、研究では豊富な知識等が武器になる一方で、自分の経験則に頼った思考になっていないかには要注意だ。

 『アイドル・スタディーズ』では上記の期待や懸念への対応を、編者を務めた田島が本書冒頭で行っており、序章「アイドル・スタディーズへの招待」と第1章「「アイドル」はどのように論じられてきたのか」、さらにはコラム①「「アイドル」の見方とその研究方法」に至るまで、すべて田島が執筆している。読み始めから同一の書き手による一貫性のある内容のもと、アイドルとその文化をめぐる動向や、アイドル研究の基礎・基本をおさえられるようになっているのは、研究に求められる客観的な視点を意識・獲得するにあたり、非常に有用で親切な作りといえよう。初学者にはぜひとも、冒頭部分をじっくりと読み込んで頂きたい。

 続いて本書全体の構成と内容に目を向ければ、研究の地固めを行う序章と「第Ⅰ部 アイドル研究の展開」を経て、「恋愛禁止」、「異性装」、「自己啓発」などの要素に着目した議論が展開される「第Ⅱ部 アイドルのジェンダー/セクシュアリティ」、アイドルとその文化の成立に不可欠なファンの存在にアプローチする「第Ⅲ部 ファン研究の射程」、海外の事例を交えながら新しい研究のあり方を模索する「第Ⅳ部 アイドル研究領域の拡大」へと繋がっていく。この流れにそって読み進めたならば、「アイドル」が複合的な文化現象であることに気づきつつ、「アイドル」の捉え方が多角的であるべき必然性を、強く実感できるはずだ。

 ちなみに第2~3章では、労働という視角からアイドルの活動実践を捉えている。人々に向けて夢や理想を発信し、だからこそ、常人を超越した存在のように思えてしまうアイドルもまた、一人/複数の労働者であるという非常に現実味を帯びた議論が、本書では早々に展開されるわけだ。ファンにしてみると、冷や水を浴びせられたと感じるかもしれないのだが、「好きだからです!!」という熱い気持ちを適度にクールダウンしつつ、研究にとって重要となる冷静な思考を準備していく上では、絶妙なタイミングでの“打ち水”ではないかと思う。このように、アイドルについてハッとさせられる瞬間を、本書を通じて味わってみてほしい。

アイドル研究の意義とは何か?

 いまひとつ、最後にふれておきたいのは、本書が「文化現象から社会を問いなおす」ことを念頭に置いた入門書・概説書であるという点だ。本書とその執筆陣が今回取り上げている「アイドル」や「アイドル文化」とは、現代社会の一面を反映した文化現象であると同時に、現代社会の様々な問題を浮き彫りにするレンズとして、議論を深めていく重要な足掛かりとなり得る――。本書ではこの事実を初学者に対して、真摯に示そうとしているのである。

 アイドル研究については田島も指摘する通り、ともすれば趣味の一環やオタク的知識の蓄積などと、その価値が低く見積もられてしまう懸念をはらむ。それを払拭すべく本書は、アイドル研究が単なる好事家の余技ではなく、十分な学術的意義を備えた興味深い研究であることを、確固たる成果や実績とともに伝えているのである。

 「アイドルなんか研究して、いったい何になるのさ?」といった類の質問に、戦々恐々とした経験を持つ初学者も決して少なくはないだろうが、本書はこうした質問に理路整然とした回答ができるだけの知識や知見はもちろんのこと、研究に取り組む自信や勇気までも与えてくれるはずだ。アイドル研究を志す、実践する、そして極めていくための“はじめの一歩”を、ぜひ本書にて。

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ