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「アイドル保健体育」竹中夏海さんインタビュー 生理・摂食障害・性教育…「推し」の健康、真剣に考えて

竹中夏海さん=家老芳美撮影

「健康」という土台が悪い状態のまま

――なぜアイドルの健康課題についての本を書こうと思われたのですか。動機を教えてください。

 もともとアイドルのダンス50年史を振り返るウェブ連載をやっていて、それを本にまとめるというお話をいただき、その着地点として、未来の話を書く予定だったんですね。でも、振付師として、現場でいろいろ見ていて、なんかあんまり明るい未来が想像できなくて。

 「健康」という土台が悪い状態のまま、ここまで来てしまった。このままでは、アイドル文化の成熟はあり得ないかもしれないなと思って、真正面からアイドルの健康問題に焦点を当てた本を書きたいなと思ったんです。

――「生理」「身体づくり」「摂食障害」「性教育」と4つの章に分かれていますが、やはり最初は「生理」から書かれたのですか。

 そうですね。もともと私自身が生理痛が重くて低用量のピルを服用していたのですが、教え子のアイドルたちから「ピルの話を聞きたい」とたくさん連絡をもらったんです。今だともう少し情報にアクセスしやすいと思うのですが、6、7年前ぐらいのことなので、それだけ周りに聞ける人がいないんだなと思いました。

 私自身も適当なことは言えないですから、自分でできる範囲のことは調べて、情報を伝えていたのですが、専門家に話を聞く必要があるなと前々から思っていたんですよね。

 「生理」って、女性は閉経するまでの40年間ほぼ毎月付き合っていかなきゃいけないものなのに、どういう仕組みか知ってる人って実はほとんどいませんよね。保健体育の教科書に載っているようなメカニズムから、なぜピルで生理痛が緩和されるかの理由まで、私も専門家に聞くまで知らないことだらけでした。

――なるほど、教え子たちからの相談で、リアルな健康問題を知っていったのですね。

 はい。ピルに関する相談が多かったですが、もともとの体質で生理不順の子もいれば、ダイエットのしすぎで生理不順になってしまった子もいる。特に10代のうちは生理周期が安定しないことも多いです。

 ライブはギリギリ気を張ってできたとしても、その後の握手会まで立ちっぱなしでできないという事例もありました。そういう子には、まずは婦人科に行くことを勧めました。病院に罹る精神的ハードルは高くなりがちですが、生理は決して我慢するものじゃないよと。

プロスポーツ並みの運動量なのにケア不足

――信条は「アイドルのスタッフは教育者」と書かれていました。

 私自身、子役の経験があるんです。小学5年生ぐらいの年齢でしたが、言語化はうまくできないけど、意識としてはもう十分に大人だった子どもでした。当時、大人に理不尽を感じる場面もありましたが、逆に「あの人がこうしてくれたことが活きている」と感じることもあって。ダメなことはダメと言うし、私を変に大人扱いせず、育てようとしてくれたスタッフさんもいた。私もそうありたいなと思っています。

 あと、単純に私がアイドルファンということもあって。アイドルの子たちがアイドルを卒業したあとに「アイドルなんてやらなければよかった」と言わせてしまうのが、すごく悲しい。そうならないように、心と体がちゃんと安全な環境で活動をさせてあげたいなと思ったんです。

 健康に限らず、「今全然違う仕事をしているけれど、あのときの一言が役に立っているな」という経験になればいいなという気持ちで教えてます。

――「身体作り」の章も、教え子から聞かれた声がもとで書かれたのですか。

 そうですね。「『プロのスポーツ選手と同じメニューで施術をしている』と整骨院で言われた」という衝撃的なエピソードを聞いたことがありました。実際に専門家の方にインタビューをしてみると、アイドルは、プロスポーツ選手と同じぐらいの運動量をしているにも関わらず、前後のケアが圧倒的に足りていないと分かったんです。

 アイドルは相当の運動量を求められ、それだけの準備が必要という職種。その点が知られてないことが問題なので、問題提起する必要があると思いました。

 また、振付師として仕事をする中で、必ずしもダンスの基礎がある子たちばかりではないことを感じていました。ダンスの基礎を身につける前にデビューをしてしまうと、すぐに振付の練習に入ってしまって、怪我をしやすくなったりするんです。だからこそ、ウォーミングアップやストレッチの方法をちゃんと知ってほしいと思います。

「やせ」の根性論で摂食障害に

――「やせ」の問題も、切実な問題です。

 そうですね。私自身、専門家の方にインタビューをするまで「ダイエットのしすぎ≒摂食障害」と思っていたのですが、そうではなく、ストレスを感じる点は人それぞれなんです。 たとえば自分は元々ダイエットをしていなくても、他のメンバーがスタッフに「痩せなさい」と言われているのを見ただけでストレスに感じてしまう子もいる。ファンがよかれと思って「やせて可愛くなったね」と言ったひとことがきっかけで摂食障害になってしまう場合もありえるのです。

 教え子と何気ない会話をしている中で「20代前後のときは、しょっちゅう吐いて調節していた」と明かした子もいて。一緒にご飯を食べたこともあるのに、私の距離感ですら気がつかなかったんです。ああ、これは深刻な問題だなと思いましたね。

 そもそも、努力した分だけみんなが同じようにやせられると信じてしまいがちですが、実際はちがう。身長を誰でも伸ばせるわけではないのと同じように、体重も人によって違って当然なんです。よく考えてみれば分かるはずなのに、「ダイエットだけは知らないうちに自己責任や根性論を刷り込まれていたんだな」と、自覚してはっとさせられましたね。

――アイドルたちは、大人から無理難題を言われて、涙と汗を流しながら、ファンに応援されて、努力する。そういう企画が流行しましたよね。

 10年前ぐらいは「公開ダイエット企画」なんかも当たり前にありましたよね。明らかに摂食障害になっている子もいて。さらに恐ろしいのは、それが問題だと指摘するのは、専門家や子どもの権利関係の方で、いつもアイドル業界の“外”だったんです。業界の内側に一歩入ってしまうと、問題視する人は誰もいなかったし、いたとしても、声は届かなかった。

――そういう意味では、だいぶその辺りの感覚がアップデートされたのかもしれないですね。

 そう思います。アイドル業界だけではなくて、日本全体が過渡期ですよね。当事者たちが声を上げやすくなってきているし、耳を傾けてもらえるようになってきていると思います。数年前までは、声を上げると「ノリ悪い」という空気があったので。

性教育、避妊もリスクもきちんと教えて

――「性教育」の話を入れようと思われたのはなぜですか。

 アイドルの恋愛、私は禁止すること自体がダメとは思っていないのですが、アイドルの恋愛禁止ルールの何にモヤモヤするかって、なぜダメなのかをはっきり説明できる人が誰ひとりいないことなんですよね。

 アイドル界だけではなく日本の性教育全体の問題でもありますが、そもそも「若者は性交渉をしない」という前提になっている。でも本当に必要なのは、性交渉をする際のリスクをきちんと教えることなのではないかと思って。正しい避妊の方法や、性感染症を知っていればいざというときに自分を守れますよね。それで、性教育研究者の村瀬幸浩さんにインタビューをしています。

――時代とともにアイドルのあり方が変わってきているのかもしれないと思います。竹中さんが思う、これからのアイドル像とは。

 長く活動できる、またその環境を自ら整えようとする子は徐々に増えていくんじゃないでしょうか。私が振付師の仕事を始めた10年前とは比べものにならないほど、20代後半〜30代に入っても活躍するアイドルは増えています。

 活動する中でおかしいと思ったら声をあげたり、それに耳を傾けるムードも徐々にですが、できつつある気はします。下の世代の子たちには、同じ苦労をさせたくないと思っている子も多いのではないでしょうか。10年前に私がひとりで「このやり方は間違っている」と言っても聞き入れてもらえなかったことも、いまは仲間がいる。心強いなと思います。

――理解が進むという意味で、この本が多くの人に読まれればいいなと思います。

 アイドル本人、マネージャーさんをはじめとするスタッフ、そしてファンの人たちに読んでもらいたいなと思いながら書いた本です。実際に「この本を読んで、これまでの態度を反省した」という感想をいただくのですが、反省してほしいわけではなくて、知識があるだけで大きく違うということを知ってほしいだけなんです。

 それから「アイドルって、ニコニコいつもしてるものでしょ?」と思っている方々にも読んでほしい。アイドルも体と心持った一人の人間なんだと分かってもらうだけで、きっと違う。苦労しているところやしんどい部分を見せないことがアイドルの美徳でもあるんですけど、健康を害しては元も子もないですから。

――最後に、今後の竹中さんの活動の展望を教えてください。

 アイドルの身体と心をケアする専用ジムをつくれないかなと模索しているところです。一般のジムだと人目を気にすることになるので。たとえば気兼ねなくアイドルのパフォーマンスに必要な身体づくりをしながら、カジュアルに悩みも相談できる。そんな場所づくりができたらいいなと思っています。

 元アイドルで現在はインストラクターをしている子たちもいるので、セカンドキャリアのロールモデルを見せる場にもなる気がするんですよね。現役の子たちが「アイドルをがんばった先にはこんな選択肢もあるんだ」と励みになる機会をなるべく作りたいです。