ヲタクたちを救いたかった
――ヲタクYouTuberのあくにゃんさん、初の書籍発売ですね。
僕がヲタ活をしてきた中で得た知識をふんだんに書いています。ヲタクの生き様についてのライフハック的な本ですね。だからタイトルも主語は「僕」なんですよね。「推しが最高!」じゃない。推しがいなくなっても、僕が現場にいますよ、と。あくまでもヲタクが主語の本なんです。
ヲタクって、結構辛いんですよ。『推し、燃ゆ』(宇佐見りんさんの芥川賞受賞小説)も、主人公は推しのせいでどんどん堕落していく。僕の周りでも、ヲタクを優先しすぎて私生活が疎かになっちゃう子とか、人に言えない仕事を始めるような子がいます。みんなもうヲタクを辞めたいと思っていたり。だからそれを救いたいと思いました。明日からもヲタクでいたいと思えるような内容にしているつもりです。
――『推し、燃ゆ』は話題になりましたが、あくにゃんさんのご感想は?
僕はとても楽しく読みました。細部が「あるある」なんですよね。チェキ(その場でプリントできるカメラ)を持っている、待ち受けを推しにしている、お部屋に祭壇があるとか。「確かにそうだよな」と思って読んでいました。
ただ、主人公が救われないのは(純文学の)芥川賞っぽいなと思って。やっぱり推しを中心に生きている自分としては、救いの言葉が欲しいなと思いました。このヲタクの中で歴史的になる作品へのアンサーにしたいという気持ちがありました。
推しに振り回されるのは僕は肯定派なんですけど、ぼくの本ではハッピーオチにしたかった。自分のことも大切にしてほしかったんです。
ヲタ活で一番幸せな瞬間
――あくにゃんさんの「推し」はどういうタイプの人が多いでしょう?
僕は真面目すぎて不器用な人が好きですね。たとえばMC中、トークに入りたいけど入れない子。マイクをしっかり握って待っている様子を見ていると「かわいいなあ、がんばれ!」って思うんですよね。
ずっと「軸推し」(本命。軸足を置いて応援するグループのこと)だったTARGET(韓国の7人組男性アイドルグループ)のスルチャンもそうでした。ゲームコーナーで説明が一通り終わった後に、今からゲームをやりましょうってなりますよね。そこで「え? これどういうルール?」って聞いちゃうような人。「いや、2秒前に説明終わったぞ?」みたいな。いつも1人だけ理解できずに、ポカーンとしていて。
自分が結構小賢しいタイプの人間だから、不器用な人に惹かれるんですよね。自分と真逆のタイプを推す人は結構多いと思います。自分が一重まぶただから、二重の人が好きとか。
――「育ちがいい子が好き」という表現もしていました。
そうですね。やっぱりボタンはいちばん上までしめてほしいし、シャツインしてほしいし。マネージャーやメイクを呼び捨てにしないで「さん」つけてほしいし。お箸の持ち方が汚いのは「萌え」に転換できるからかわいいなって思うんですけど。育ちや人間性が出る部分は気になります。
でもそれって、親が子どもの彼女とか彼氏のことを見るのと同じだと思います。家に来る時に手土産を持ってくるか、靴をちゃんと揃えるかとか見るじゃないですか。推しにも同じように求めるのも当たり前なのかな、と思います。
――あくにゃんさんはどういうタイプのヲタクでしょう?
僕は現場命系、1回は目で見ないといけないと思うタイプです。(コロナの前は)韓国にも行くし、新大久保にも週8で行くし。やっぱり臨場感を生で感じられるところがいいですね。テレビの音楽番組では、自分の推しが喋る時間は限られているし、深い内容までは話せない。でもライブでは司会がちゃんと全員に話を振るんですよね。
そして今回コロナになって感じたのは、周りのヲタクも超重要だったこと。一緒に盛り上がって、帰りにご飯に行くのも楽しかった。目の上のタンコブみたいな、嫌いなヲタクもいましたけど、今思えばそれも含めて楽しかったなと思います。
あとは推しに対して、批評性と愛情が同じくらいあって。ヲタクの中には推しに没頭して愛するタイプもいるんですけど、僕はいつも客観視しちゃう。何がよかったか、何がダメだったか、すごく見ています。それをツイートするとウケていて、言語化うまいって言われます。それも現場に行っていたからこそ得られたものでもあるんですよね。
――ヲタ活の中で一番幸せな瞬間は?
えー、なんだろう。いろいろあるけれど、自分がいることが推しにとってプラスだったんだなと思った時はすごい嬉しくて。僕の推しのスルチャンはあまり人気がなかったんです。他のメンバーには男性の推しがつくんですけど、その子にはあまりいなくて。「あくにゃんがいるからだろ説」もあるんですけど。それでも彼に「僕はあくにゃんがいれば大丈夫だから!」と言われた時にすごい萌え死んだ。そのあと、1週間くらい記憶ない…。
――ヲタ活は「自己肯定感を上げてくれる」ともありました。
お金使っているだけなのに、存在意義を得られます。「推しごと」という表現もあるんですよね。推しにお金を使っているだけで、推しが今日も生きられている。その嬉しさはありますよね。
アイドルってずっと数字と戦ってて。「東京ドームを埋めたい」「オリコンで1位を取りたい」とか、明確に数字を掲げた夢があるんですよね。一方、ヲタクの自分の人生は、これ以上面白くならないと分かっちゃっている。今の会社で定年まで働くだろうとか。そこで推しに自己投影をするんですね。野球で挫折をした親が子どもに野球をやらせる、みたいな感じに近いと思います。
僕も芸能を辞めちゃったからこそ、スルチャンに成功してほしいなと思っていました。親や周りからは「なんで他人にお金を使ってるの?」とずっと言われてきました。でも推しはある種、自己でもある。推しの成功と自分の成功がイコールになるから、自己肯定感が高まるんです。
(注:あくにゃんさんはかつて芸能事務所に所属し、テレビドラマや舞台などで俳優として活動していた)
発想がずば抜けたヲタクたちのおもしろさ
――愛が強すぎてクセの強いヲタクの人たちが紹介されていました。推しの血圧を測り出す看護学生、推しが紛失したスマホを探すために都内の全タクシー会社に電話した人など。特に気になる人はいますか?
僕が一番好きなのはヒョギ(TARGETのG.Iさん)好き姉さん。推しが好きすぎて奥歯が砕けた人です。推しが兵役を控えていて、心配で心配でずっと歯を食いしばりながら寝ていたら、ある日ひびが入っちゃって。歯医者に行ったら「砕けてますよ」と言われて、最終的には抜くしかなくなってしまったそうです。
――あくにゃんさんは一緒に韓国に行く仲だそうですね。やはり推しへの愛情は凄まじいですか?
もうすごいです。でも親戚には地下アイドルを追うイタい人だと思われたくないから「BTSのファンだ」って嘘をついているんですよ。それも超おもしろくて。なんかもう勝てない。みんなお金も時間もすごい使ってるし。発想も人と全然違うし。
――大喜利化するヲタクもいるそうですね。
特に関西ジャニーズだとヲタクも大喜利をしないといけない文化すらあるらしくて。たとえば、推しをうちわで笑わせたら勝ちみたいな雰囲気があるっぽいです。僕がいちばん好きなうちわは「ねぇ、なんで無視するの?」。無視される前提で作っている、最高にクールなヲタクがいて。どういう顔で作ったんだろうと思って。
――うちわといえば、アイドルからのファンサ(ファンサービス)はやはり重要な要素ですか?
そうですね。ファンサをもらうために最前列争いをしている人は多いです。ファンサをもらえなかったら病んじゃう人もいます。アイドルの子からすると、ファンサが仕事のような感じもあって。片手で踊りながら、片手でファンサしていたり。
――どういうことをするんでしょう?
基本は手をふったり、うちわに書かれている行動をやったり。チューして、エアハグして、ウサギして、とか。うちわに「『痩せろブス』って言ってください!」と書くような人もいます。
「ヲタクは国境を越える」
――取材で男性アイドルに「好きな女性のタイプは?」と聞く質問が滅びてほしいと書いていました。異性と恋愛して当たり前だという雰囲気に違和感を感じると。
アイドルの子と結構交流があるんですけど、なかには同性が好きな子もたくさんいます。僕も推しに好意を寄せられたことがありました。でもその子はステージ上では「好きな女性のタイプ」を淡々と答えているんですよね。それにすごい違和感があって、見ていて辛いなと思いました。本人が気にしてなかったらいいんですけど、実際気にしている子もいます。ねじ曲げて嘘をはかされている子たちがかわいそうです。
――アイドルを取り巻く世界では、前時代的なジェンダー観があるそうですが、少しずつ変わってきているのでしょうか?
定期的に問題視されて炎上することがありますけど、特にコンテンツにおいては、あまりなくなってきたなと思います。昔は歌詞に問題があって炎上して謝罪というパターンが多かった。最近は個人の発言が取り沙汰されることが多いですね。
コンテンツは男性アイドルはまだ微妙ですけど、女性アイドルは時代の変化についてきているグループが多いです。BLACKPINKは銃を撃つ振り付けだったり、MVで日本刀を振り回したり。「闘うぞ感」がすごいんです。ITZYは無理に迎合して笑顔を振りまかない。「私は私の道をいく」みたいな歌詞が多い。すごくいいなあと思いました。
――日本のアイドルも時代の変化に敏感であってほしいとのことでした。
たとえば、あるメンバーを「みんなのお母さん的ポジション」と呼んだりします。日本では問題視されにくいですけど海外のファンからは「気持ちが悪い」という反応がある。やっぱり「料理ができる人だからお母さん」とか「面倒見が良いからお母さん」って表現するのはおかしいですよね。海外で火がついちゃうこともあるから、日本のアイドルももっと考えないといけないと思います。
――ヲタクの心は国境を越えると感じますか?
僕は推しがいなかったら、韓国語を喋れなかったと思うんですよ。推しと喋れない悔しい思いがあったからこそ、勉強してきました。韓国の他のヲタクの人たちとの交流もあります。席が近い僕に応援グッズをくれる人もいる。サイン会で写真の撮影を頼むと「いいよいいよ!」と撮ってくれる。僕の韓国語は発音的に日本人だとわかると思うんですけど、それで嫌な顔されることなんてないです。
ヲタクをして何がよかったかと言うと、こういう友達ができたことだなと思っていて。推しと出会えたことももちろん重要なんですけど、やっぱり「ヲタもだち」ができたこと。韓国のアイドルを応援していて韓国の友達ができました。これは予想していなかったことでした。国境を越えて友達ができたことは本当に素敵だなと思います。