マンガやゲーム、アイドル、お祭りなどを研究テーマにして卒論を書きたい人のために(池田太臣さん)
記事:明石書店
記事:明石書店
現在、自分にとてもなじみのある文化や現象を卒業論文のテーマにしたい学生は多いと思われる。たとえば、アニメやマンガ、ゲームであったり、音楽ないしアイドルであったり、テーマパークであったり、SNSであったりと、普段からなじみのある対象をとりあげたいという欲求は、それほど特殊なものではない。とくに社会学のような対象の広い学問を専攻している学生であれば、当然の発想といえる。しかし、いざ“研究”となると、いったいどこから手をつけていいのか、どう調べていったらいいのかわからないという学生も多いのではないだろうか。
本書『ポピュラーカルチャーからはじめるフィールドワーク』は、ポピュラーカルチャーを研究のテーマにしたいのだけれども、どうしていいのかわからない学生たちに、その領域のフィールドワークを提案するものである。もちろん、いきなりフィールドワークと言われても、それもまた困惑しか生まない。
そこで本書では、各執筆者が自分の調査体験に即しながら、フィールドワークの具体的な方法を語るという内容になっている。つまり、ポピュラーカルチャーの調査を実践的な形で紹介するというものである。実例を紹介することで、フィールドワークの具体的なイメージをもってもらい、より容易に実行に移せるようになってもらうことが、本書のねらいである。
したがって、通常の調査の教科書のように、模範的な手続きを説明したものではない。紹介されている調査のすべてが、理想的な調査の段取りにしたがって行われているわけでもない。ときには、苦い失敗が語られている場合もある。けれども、それを「失敗」とだけ受け取る必要もない。結局、ある程度の模範はあるけれども、臨機応変さと“図太さ”も必要だということがわかるだろう。
そのため、各章の内容は、3つの側面を持つ。ひとつは、社会調査の方法を具体的な調査のなかで、どのようなタイミングで、どのように使ったかを伝える調査手法の実例紹介の側面である。教育的な側面といってもいいだろう。
2つ目は、各書き手たちがどのように問題を設定し、どのように問題を解いていったかという“体験談”の側面である。各書き手がその時々でどのように感じ、考え、次を展開していったのか。そして、どのような結論にたどり着いたのか。一種の“謎解き”の物語を読むような感じで楽しんでもらえればと思う。これは、読み物的な側面といっていいだろう。と同時に、調査すること・社会学的に考えていくこと自体の“楽しさ”“おもしろさ”も伝わると思う。
だから、最後の側面は、“調査の楽しさ”や“社会学的に考えることのおもしろさ”を伝える側面である。これは、本書を手に取ってくれたみなさんの“背中を押す”という効果を期待してのことである。“動機づけ”の側面といえる。
本書に収められた各章の内容は、基本的には各研究者の体験談の側面が強い。そのため「第1章、第2章……」ではなく、「第1話、第2話……」と表現されている。すべてが独立しており、どの話から読んでもらってもまったく問題ない。自分の関心のある話から読んでほしい。ただそれだけでは選べない人のために、私のほうから、各話のちょっとした読みどころを紹介しておきたい。
第1話は、「祭り」のフィールドワークである。フィールドワークを含めた研究の手続きがわかりやすく述べられており、最初にどの章を読むか悩む学生は、本章から読むとよいだろう。調査者である野中亮が、ある祭りを「つまらない」と感じたところから調査が始まる。つまり、「つまらなさ」のフィールドワークである。調査の過程で、「つまらない」と感じる原因が明らかになっていく。と同時に、「おもしろさ」にも気づいていく。それは、現場を歩き回ることでしか見出せない。フィールドワークの大切さが理解できる章である。
第2話は、「マンガ・アニメ」が題材である。日本国内でなく、「海外での受容」がテーマである。秦美香子は、アンケート調査やインタビュー調査を駆使して、そのテーマに迫っていく。実際のウェブアンケートの調査項目が説明されており、「海外での受容」をテーマとするならば手がかりになるだろう。また、インタビュー結果の分析の仕方が詳しく説明されていて、その点も大いに参考になる。秦が最後に語りかける“一度で完璧な調査を行わなければならない、とプレッシャーに感じずに、間違えてしまったら修正すればいい”という言葉に、とても勇気づけられる。その言葉に至るまでの、秦の奮闘に注目である。
第3話は、「スマホゲーム」を題材にフィールドワークをする話である。スマートフォン向けのゲームアプリ「ポケモンGO」のプレイヤーの調査である。圓田浩二は、自分も「ポケモンGO」をプレイする中で、“これまでのゲームとは違うことを感じてきた”という。出発点は、その自分の感覚である。たかがゲームと侮るなかれ。フィールドワークと社会学的な「現実」のとらえ方から見えてきたことは、「現実/虚構」という二元論を乗り越え、そこから生まれる社会の可能性である。「ゲーム」の社会的な影響を考えたい人におすすめの章である。
第4話は、「アイドルファン」のフィールドワークである。具体的には、台湾のジャニーズファンが対象である。ファンの調査の進め方、研究結果の整理の仕方などがかなり具体的に述べられており、非常に参考になるだろう。また、調査者である陳怡禎もジャニーズファンであるため、当事者という立場のメリットとデメリットも述べられている。調査のなかで見えてきたキーワードは「可愛い」である。文脈によって違いを見せる「可愛い」の意味に注目することで、ファンの行動が読み解かれる。ファン研究のおもしろさが感じられる章である。
第5話は、「鉄道愛好家」へのインタビュー調査を主題とした話である。自分自身も鉄道愛好家である塩見翔は、調査において体験したある種の“ズレ”の感覚をとりあげる。そして、それに対する塩見自身のとまどい、結果的に見えてきたものについて語る。相手の語りを読み解くことは容易ではない。ときに失敗もあるだろう。しかしそれを失敗ととらえずに、その原因について粘り強く考えることが大切なのである。インタビュー調査を考えている読者には、ぜひとも読んでもらいたい章である。
第6話は、「京町家」のフィールドワークである。調査者の丹羽結花は、京町家の保全・活用に関わる市民団体に参加し、活動している。本章は、その体験を生かしたフィールドワークの紹介である。話は「京町家カフェに行ってみた」というありがちな体験から始まる。その後調査を続けていくなかで、“京町家が残されてきた経緯”や“京町家への地域のこだわり”などが見えてくる。その展開が興味深い。ボランティア団体や地域団体と関わっていく際の注意点なども述べられており、同じような立場での調査を考えている場合、大いに参考になるだろう。
第7話は「伝統文化」、具体的には「盆踊り」が題材である。特定の地域に根差し比較的に長い歴史を持つ文化を対象にする場合のフィールドワークの説明である。調査者である足立重和は、「伝統の再創造」という社会学的な見方から、「近代の発明としての盆踊り」の歴史を読み解いていく。そこで展開される分析は、見事としか言いようがない。社会学的な「伝統文化」の読み解き方の醍醐味が存分に味わえる章である。「伝統文化」の研究を志すならば、必読の章といっても過言ではないだろう。
文化とはそれ自体が持つ意味によってのみ、消費されるわけではない。それをある程度前提にしつつも、そこに関わる人たちが、マクロには社会的な背景のもとに、ミクロには自分たちの文脈に引きつけた時に生じてくる「意味」によって消費されていくのである。つまり、社会学の文化研究は、対象となるシンボルや文化的アイテムを「文脈」あるいは「つながり」のなかに置いて考える行為にほかならない。それは、「これまで」を前提にしつつも、「今」に規定され、「これから」を志向することで、いくらでも変わっていくのである。
だから、私たちは「これは所詮商品だから」とか「これは伝統的文化だろう」とかといった決めつけから距離をとる必要がある。そのためには、つねに、その時々の「つながり」のなかで解釈していくことが必要となってくるのである。フィールドワークは、そのためのとても大切な手法のひとつといえる。
ここしばらくのコロナ禍で、社会学研究自体もフィールドとの「つながり」が弱まったと思われる。今、ふたたび“つながりのなかへ”。本書が、そのきっかけとなることを願っている。