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沖縄の若者たちはどんな現実を生きているのか? 10年以上の歳月をかけた渾身のフィールドワーク!『ヤンキーと地元』

記事:筑摩書房

沖縄の若者たちはどのような現実を生きているのか?(写真:打越正行)
沖縄の若者たちはどのような現実を生きているのか?(写真:打越正行)

沖縄の暴走族の集会に通いつめ、30歳で「パシリ」になり調査

 沖縄の成人式でド派手なヤンキーファッションや髪形をした新成人たちが大騒ぎをして、ときには逮捕までされる出来事は、テレビの「暇ネタ」程度の扱いで消費されているのがオチで、彼らがどういう出自や背景を持ち、なぜあのような行為に懸命になるのかということについて掘り下げられることはない。メディアでただの「見せ物」扱いでしかなかった彼らと半ば一体化し、ときには共に働きながら調査を続けたのが打越正行である。社会学者である打越は「参与観察」という社会学用語を使うが、沖縄の暴走族の集会に通いつめ、30歳にして「パシリ」にしてもらうことから調査を始めたのだから、その突破力にはただただ瞠目するしかない。

写真:打越正行
写真:打越正行

 本書は沖縄版の、ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども――学校への反抗労働への順応』(熊沢誠・山田潤訳、一九八五年、筑摩書房)だ。イギリスの中等学校を出てすぐに就職する「労働者階級」に固定される学校の一つである「ハマータウン校」の不良たちの生活や言葉を記録し、社会の捩れを指摘したこのレポートと、打越が記録した沖縄の「下層階級」と社会との関係性には多くの共通点を見出せる。

地元の先輩・後輩関係から抜け出せない少年や少女たち

 つい先日も、打越が身を置いていた少年たちのありようを体現する事件が報道されていた(「琉球新報」2019年2月12日)。振り込め詐欺の「かけ子」として逮捕された沖縄出身の十代少年のことだ。記事によれば、沖縄の地元の先輩から騙され「逃げられない環境があった」、「本島の中学を卒業した少年は母子家庭で金銭面は苦しく、高校へは進学しなかった。(中略)関東で建設業の仕事に就いた」という。

 私も沖縄で起きたいくつかの少年事件を取材したことがあるが、犯罪に手をそめてしまったり、あるいは犠牲者になったり、何らかのかたちで関係していたのは、「地元」(主に同じ中学)の先輩・後輩関係から抜け出せない少年や少女たちだった。

 成人式の衣装代金のために恐喝されたり、カンパを強要されたりして沖縄県内を逃げ回ったが、じきに地元の先輩に追いかけられ捕まってしまい、けっきょくは強盗に入った先の家人を殺害してしまった刑事裁判も傍聴した。コミュニケーションが苦手で、いじめられっ子だった少年は、地元の先輩との関係がどれほど苦しかったかを法廷で涙まじりに述べたが、無期懲役判決が覆ることはなかった。

「地元」という結界でも張られているような底無し沼

 打越は、そういった少年たちの「生活史」を調査するだけでなく、彼らが中学を卒業してから、あらかじめ決まっているかのように入社する建築会社で一定期間働いた。この会社も地元の先輩・後輩の関係で成り立っている。打越は十代の「先輩」たちにこきつかわれながらも、冷静な観察と描写をおこたらなかった。これも「参与観察」なのだが、地元感のリアリティが増すだけでなく、少年たちが「働くこと」をどう考えているのかがわかる。「働くこと」と「犯罪」はたいして差異はなく、先輩からの暴力を甘受することや、妻や恋人の女性へ手をあげるという「犯罪」ともつながっている。

 打越は共に過酷な労働現場で働き、日常生活も共に送る。少年たちは打越を訝しんでいたが、やがて腹を割ってときに「観察者」である彼に相談事を持ちかけるようになる。そこで交わされた会話は、沖縄の「地元」という結界でも張られているような底無し沼の様相を読む者に生々しく伝えてくれる。

『ヤンキーと地元』(筑摩書房)書影
『ヤンキーと地元』(筑摩書房)書影

上間陽子の『裸足で逃げる』と対になる作品

 なお本書は、聞き取りシーンにたびたび同席している上間陽子(琉球大学教授)の『裸足で逃げる――沖縄の夜の街の少女たち』と対になる作品だと思う。上間は、夜の世界で生きる少女たちに寄り添いながら、丁寧に言葉を記録した。少女たちの多くは、打越が調査対象にしたような荒れた少年たちから暴力をふるわれ、経済的に搾取をされる存在だったからだ。

 沖縄は、他の地域に比べて人一倍郷土愛が強いと思われがちだが、「地元」に縛りつけられた若者たちの中にはとうぜん、「沖縄は仕事もないし、人も嫌いだ」と思っている者もいる。そういう呟きを打越は聞き逃さない。その呟きが彼の「調査」の原点にある。

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