1. じんぶん堂TOP
  2. 教養
  3. ドイツ文学者・横道誠×ノンフィクション作家・高野秀行対談(前編) 発達障害を持つ私たちは、いかにして混沌とした世界を再構築していくか

ドイツ文学者・横道誠×ノンフィクション作家・高野秀行対談(前編) 発達障害を持つ私たちは、いかにして混沌とした世界を再構築していくか

記事:晶文社

横道誠さん(左)、高野秀行さん(右)
横道誠さん(左)、高野秀行さん(右)

興味がないことには興味なし

高野 横道さんとお会いするのは、実は今日が初めてなんですよね。一度オンラインで顔合わせだけしましたが、実際にお目にかかったのは、ここ代官山 蔦屋書店のラウンジで、ついさっき。

横道 そうですね。

高野 コーヒー飲んでるだけなのにニコニコしていて、チャーミングな人だなと思いました。

横道 僕も同じことを思っていました(笑)。ニコニコしてチャーミングな方だな、と。発達障害者って、ふだんしんどいことが多いから、ちょっとした嗜好品でも快楽を強く感じて、ニコニコしちゃうんでしょうね。

高野 発達障害でよかったことのひとつですね。横道さんはASDとADHD、僕はADHDの特性を持っています。『ある大学教員の日常と非日常』の中にあるエピソードで、横道さんがウィーンでビールを買い込む話は、分かりやすくかつ笑いました。はじめは、いろんなデザインのビールを買うんですよね。

横道 そうですそうです。

高野 でもしばらくすると、それが青系統のビールに統一されていく。その、冷蔵庫の中の様子が写真で比較されていて、なんだか科学の実験みたいでした。

横道 最初はADHDの「注意欠如・多動症」的な面が表れることが多いんです。元気な時にはバーっと動きたいから。でも、飽きっぽいですし、疲れると多動や衝動が収まっていって、逆にASDのこだわりは弱まらないから、そちらが剥き出しになる。それで、自分が好きな青色のビールばかり買い始める。「自閉スペクトラム症的ビールストック」になっていくわけです。

高野 最初はわーっと多様に集めたものが、だんだん沈澱していって、青に収斂していく…て感じですかね。旅先ではまず、ADHDに引っ張られる。

横道 最初は冒険的にいろんなことに挑戦しますけれど、そのうち飽きてしまって、同じことばっかりやるようになります。

高野 同じ街の同じ通りを歩いたりして。

横道 私は歩くだけでも過集中になって、いわゆる「ゾーン」に入ってしまうことが多くて、そうなると満面の笑みなんです。どこでもニコニコしながら歩いていますから、よく前から来る人にびっくりされます(笑)。ADHDも宇宙人っぽいところありますが、ASDがあるともう一段、宇宙人っぽくなりますね。

高野 過集中になると、他の人に比べてものすごい速さで作業ができたりしますね。負荷がかかるから後で反動がくるんですけど。セルフドーピングみたいなものですよね。
横道さんは本を読むのもすごく早いんですか? この本には月に100冊読むと書いてありましたが。

横道 それはちょっと盛り過ぎましたね(笑)。正確に言うと以前はそのくらいだったのですが、41歳のとき、最初の単行本となる『みんな水の中――発達障害自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』という本を出して以来、読むよりも書くほうがやりたくなっていて、それから勉強が足りていない不安はあります。

高野 書いてなければ100冊くらい読んじゃうんですか?

横道 そうですね。でも、読むといってもザーッと情報を流し込むだけの本も多いですよ。精読するのは1/10もあるかどうか。

高野 守備範囲もめちゃくちゃ広いですよね。

横道 いや〜、広いようで狭いんですよ、発達障害者って。趣味や価値観がはっきりしてるから、狭い範囲内で広いんです。自分の興味のある範囲は徹底的に知りたいから網羅して、それ以外はガラ空きですよ。私も全然わからないことばかりです。経済問題とか。

高野 横道さんが経済問題までカバーしてたら大変なことになりますよ。僕も、興味のないところには、全然興味ないです。

横道 だから発達障害者は熱烈なのか冷淡なのかよくわからないと言われることがあります。

僕らは“金子チルドレン”

横道 高野さんと私は、ひとつは発達障害者同士でピンとくる。ひとつはADHD同士で感じ方や行動が似ているというのがあるでしょうか。私は高野さんの本はほとんど読んでいたんですけど、今回対談させていただくことになって、国会図書館で、高野さんが雑誌に発表した文章まで探して読んだりといったストーカー行為をやりました。

高野 国会図書館で僕の文章を読む人いないと思いますよ(笑)。

横道 『金子光晴を旅する』という本に、高野さん書かれていますよね。びっくりしました。私も金子光晴の熱心なファンだったんです。

高野 ああーやっぱり。

横道 高野さんは『どくろ杯』がマイベストって書いていらっしゃいましたが、私の場合は『マレー蘭印紀行』なんです。最初に水や森のことが書かれている、あれが私の執筆の原風景。『みんな水の中』もそのイメージ。今回の新刊もそうです。
私の考えでは、金子光晴は自閉傾向があったんだろうと思うんです。イメージを並べて強烈な表現をするじゃないですか。ものすごく偏っている。ものすごく広く見えて、実はすごく狭い。それに、高野さんも私もピンとくる。私たちは“金子チルドレン”なんですよ。

高野 そういう繋がりか。『マレー蘭印紀行』は、僕が読んだ文章のなかで、多分一番美しい日本語だと思う。横道さんの『ある大学教員の〜』を読んでいると、金子光晴の『ねむれ巴里』を思い出すんですよね。すごくトーンが似ている。

横道 高野さんも書いていらっしゃいましたけど、金子光晴は、非常に深い教養がありながら、そっちではなくてむしろ自分の感性を絶対の基準にしている。それから、笑いをとらずにいられないところがあるんですよね。いろんなことに造詣が深いけど、感受性ファーストで、オチをつけずにいられない。その3点セットで、高野さんと私と金子光晴はそっくりなんです。

高野 確かに、金子光晴は日本の古典や中国の漢籍、ヨーロッパの文学まで網羅しているくらいの知識人なのに、すごく五感にこだわりますよね。匂いとか触感とか味覚とか。それがすごく独特で不思議だと思ってたんですけど、ASD特有のこだわりだったのかも。

横道 私の文章は、金子光晴ほどグロテスクになれないんですよね。ちょっとお上品になってしまう(笑)。劣等感ですね。だから『イスタンブールで青に溺れる――発達障害者の世界周遊記』も今回の新刊も、セックスや排泄の話を書いてあるのはわざとで、金子光晴への接近なんです。
一方で、高野さんはそもそも「文学」というものに関して「気に食わん」という感じじゃないですか。

高野 え? そうですか?(笑) そんなことはないと思いますけど。

横道 いわゆる“お文学様”みたいなのは嫌だということを書いていらっしゃったんです。ロックだな、と思いました(笑)。私は文学研究者ですが、その気持ちはわかります。私が研究しているのは、現代文学ではなく、昔の、文学が少し違った位相にあった時代の純文学で、つまりは文学というものへの屈折した想いがあるんです。高野さんは文学へのバッシングをするけど、想いはある。いま主流になっている「文学」は俺が好きな「文学」じゃないんだ!という叫びが聞こえてきそうです。教養はありながらも感覚は爆発させる、金子光晴的なスタイルで書かせろ、という欲求があるんじゃないでしょうか。

高野 バッシングはしてないですけどね(笑)。そこまで深いことを考えて書いているわけじゃないんですけど、ただ、文学の効用ということについては、横道さんの文章を読んで考えさせられることはありました。
横道さんは、「文学や芸術に触れることで、自分の中が整理される」と書いていらっしゃいます。文学をそういうふうに捉えることができるんだ、というのは驚きでした。孤独な時に文学が効くというのは、自分も感じていましたが、読むことで「整理される」とか「統一される」ということは思ったことがなかったんです。
でも、そう言われて考えてみると、僕は、読むときではなく書くときに、そういう感覚があるなと。自分の頭の中がいつも混沌としているせいなのか、僕は、物事を合理化したり統一したり、整理したいという気持ちが強いんです。

横道 自分なりに統一的な世界を作りたい、ということですね。

高野 合理化への欲求がすごく強くて、「社会を合理化したい!」って思ったりするんですよ。

横道 発達障害者が政治に関わるとろくなことにならないから、それはおすすめしませんけれども(笑)。

高野 リストラって言葉があるじゃないですか。re-structuring、再構築ですよね。日本のリストラはただ切り捨てているだけという面が強いですが、そうじゃなくて、本当のリストラをしたいんですよ。社会で一見、役に立たないとか無駄だとか思われてる存在でも、違う場所で違う役割なら生きるんじゃないか。福祉的なことではなく、合理化という意味で、なんとかしたいという欲求があるんです。
それで一時期、身の回りの「すごくいい人なのに彼氏彼女がいない」という人同士を一生懸命くっつけようとしていたんです。合理化政策の一環で(笑)。破れ鍋に綴じ蓋、みたいな。1件も成立しませんでしたね。

横道 だから発達障害者は迷惑だと思われる、というところかもしれません(笑)。

(2022年11月4日、代官山蔦屋書店にて。構成:剣持亜弥、写真:須古恵)

(後編はこちら)

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ