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横道誠さん「イスタンブールで青に溺れる」インタビュー 当事者研究と文学つなぐ

横道誠さん

 混沌(こんとん)として、とびきり魅力的な一冊だ。ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)を併せ持つドイツ文学者の世界周遊記。紀行文のフォーマットに乗って、当事者研究の新しい地平を切り開く。

 こだわりの強いASDと衝動的なADHD、その両極に常時引き裂かれている。体の平衡感覚を保ちにくい発達性協調運動症や解離の傾向もあるため、日常はまるで水中のような浮遊感に包まれているという。

 そのアンバランスさが異国の環境下で揺さぶられ、増幅する。読み手はその身体感覚を追体験することになる。パリの直線的な街の配列に恍惚(こうこつ)とし、イスタンブールの青さに陶酔。フィレンツェで性自認を揺さぶられたかと思えば、ウィーンの夜道に「月面世界」を見る――。旅の記憶に、赤裸々な過去の回想と文学・映画の連想が混ざり合っていく。

 多声的で、ある種異様なテキストの重みを支えるのは、簡素で読みやすい文体だ。元々、外国語を学ぶうちにたどり着いたものだという。ドイツ語、スペイン語、中国語など5、6言語に習熟する多言語話者。脳内で各言語が互いに影響しあってしまうため、いっそのこと「他言語で言えないことを言わない」というルールを自ら課した結果、日本語から虚飾が落ち、洗練されていった。

 当事者研究は今、疾患や障害だけでなく、性的マイノリティー性など様々な「生きづらさ」を内面から照らし返す装置として広がっている。「その人だけの固有で一回性の体験を言葉にする当事者研究ってとても文学的です」。当事者研究と文学研究をつなぐ仕事に関心がある。

 本書はこの1年で既に3冊目となる単著。「これもやり出すと過集中してしまうASDの特徴ですね」。今年はあと3、4冊刊行予定だという。(文・板垣麻衣子 写真・工藤隆太郎)=朝日新聞2022年5月28日掲載