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ドイツ文学者・横道誠×ノンフィクション作家・高野秀行対談(後編) 発達障害者である我々の方が、生きやすくなる社会がやってくるかもしれない

記事:晶文社

横道誠さん(左)、高野秀行さん(右)
横道誠さん(左)、高野秀行さん(右)

(前編はこちら)

発達障害は環境が作り出すもの

横道 高野さんは『辺境中毒!』で雑誌『ムー』について書かれていて、「自分は詩も純文学小説もさっぱりわからないし、たまに読んでもおもしろくない。ルールに縛られているからだ。なのに『ムー』には詩や文学を感じる」というようなことを語っていて、それもロックだなと思いました。

高野 さすがストーカー、チェック細かいですね(笑)。

横道 これ、すごくよくわかるんです。私は親がカルト宗教信者だったので、オカルトには結構複雑な思いもあるんですが、確かに『ムー』に比べると、「現代文学」は無味乾燥に感じるものが多い。

高野 『ムー』には驚きがあるんですよね。『辺境中毒!』にも書きましたが、南極の海にUMA(未確認生物)がいて、その名前が“ニンゲン”なんですよ。形が人間に似てるから、 “ニンゲン”(笑)。で、その正体はダイオウイカかもしれない、と。すっごい文学な感じがしませんか? 異化作用っていうんですか?

横道 イカだけに(笑)。

高野 文学的です。 

横道 高野さんの新刊の『語学の天才まで億光年』も大変おもしろく読みました。私が外国語を学ぶ目的は、高野さんとはだいぶ違っていて、基本は小説とか紙に書かれた文章を読むことですが、口語も出てきますし、外国人とも意見交換をしたいから、会話力だって鍛えなければなりません。「ネイティブに習う」「使える表現から覚える」「現地でウケを狙う」とか、納得できることがたくさん書いてありました。

高野 ありがとうございます。

横道 私も言語をざっと15語くらい勉強しましたが、身につけたのは個もあるかないか。しかも基本的には英語と似たような系統で、専門はドイツ語で、ほかにまずまずできるのは英語のほか、スペイン語、フランス語。ちょっとだけロシア語と中国語も。高野さんは、リンガラ語、タイ語、ワ語、と、全然違う言語を習得していく。そのこと自体が探検の形になっていて、すごくスリリングでした。

高野 数でいえば25言語以上を学びましたが、大部分は今や忘却の彼方です(笑)。私の語学は、その時に役に立てばよくて、「習得する」というのとは違うんですよね。

そうそう、横道さんに聞こうと思ったんですけど、ADHDの薬を飲んでいますよね。何が変わるんですか?

横道 あれっ。話が急に変わりましたね。さすがはADHD(笑)。日本で認可されている成人用のADHDの薬って3種類あって、基本的には混沌とした頭の中がクリアになります。私はストラテラというのを飲んでいます。

高野 いつも飲んでいるんですか?

横道 必要なときだけですね。ウィーンに滞在していたときはまったく飲みませんでした。発達障害も含めて「障害」というのは、環境要因によって起きることなので、環境が本人の特性に合っていたら障害じゃないですから。ウィーンは、日本より発達障害者が住みやすい街だと感じました。日本ほどギスギスしてないというか、街行く人の顔色も明るいんです。そしたら生きやすくて、焦って失敗することも少なかったです。

高野 僕も間違いが多いとか忘れ物が多いとか、時間と空間の認知がねじ曲がってるとか、非常にいろいろあるんですよ。そんなデタラメなのに、なんで海外に行って取材してノンフィクションを書いているのか、というと、自分は実はそれほどデタラメじゃないんじゃないか、っていう希望もあるからなんです。

僕が行くのは辺境地です。そこでは、やることが少ないんです。分刻みでアポ取って動いている人なんか誰もいない。1時間ぐらい遅刻しても誰も何も言わないし、みんなで車で出かけて30分走った頃に「忘れ物した!」て言っても、「ああそうか」って平然と取りに帰ってくれる。そういう世界って、楽ですよね。

横道 見果てぬところを目指したいっていうのは、冒険意欲もありますけど、日本では生きづらさを感じているからということもあるんでしょうね。

高野 今年の5月にイラクに行ってたんですけど、イラク人なんか、ほとんど全員がADHDなんじゃないかっていうような人たちですよ。衝動的で、多動。たとえば、僕が宿泊していた宿の階段なんて、すべて高さが不規則。しかも、2階に上っていく最後の方は、ものすごく急になっているんですよ。下から適当に重ねていったら最後空間がなくなってきたから、いきなり段を上げて帳尻合わせたんだな、っていうのが一目瞭然(笑)。

横道 お聞きしていて、エジプトに行った時と似ていると感じました。エジプト人も自分を曝け出すというか、喜怒哀楽ダダ漏れにしてて、すごい発達障害者っぽいと思いました。どういう精神のあり方が「普通」かどうかって、文化の問題が大きいですよね。

高野 ADHDが多数派の世界っていうのは、ある意味夢のような世界でもあるし、ちょっとホラーでもありますよね。むしろ定型発達者が生きづらいという。

横道さんは、今まで行った国の中ではどこがしっくりきましたか?

横道 しっくりきた国はなかったですね。どこに行っても発達障害者は少数派なので。イラクに行けばよかったですね(笑)。

高野 発達障害ヘビー級王者の横道さんがイラクに乗り込んでいったらどうなるのか(笑)。

横道 ヘビー級王者は誉められすぎ(?)です。まあ、とにかく診断を受けて、自分が発達障害者だという自覚を持てたことは大きいですね。自分に余計な期待をしない。今回の本では「障害者モード」という言葉で表現しました。

高野 とにかく自分を信用しちゃいけないというのは合言葉ですね。

横道 自分は自分を裏切りますからね。体も心も裏切りますからね。

発達障害者、今なお発達中

高野 横道さんはまだ若いけれど、僕は50代になってきて、発達障害じゃなくても記憶力やその他の能力が落ちていくわけじゃないですか。でも、自分がADHDだと自覚してから、いろんな場面で気をつけるようになって、改善したんです。その改善のスピードと、加齢によって落ちていくスピードが、どちらが早いのか、という(笑)。

横道 私ももう40代ですよ(笑)。でも、発達障害者である我々の方が、「当事者研究」という言い方をするんですが、自分を研究して改善していくという取り組みをずっとやってきているので、むしろテクニックやノウハウを持っているから、だんだん生きやすくなるのかもしれません。

高野 少なくともショックは受けないかもしれないですよね。僕の先輩は、「歳をとったら食事の時にご飯をこぼすようになってしまった」ってすごくショックを受けてました(笑)。

横道 私は小学生の頃、はっと真理に打たれた時があって。「世の中には2種類の人間がいる。ものを食べるとほぼ必ずこぼす人と、ほぼ必ずこぼさない人だ」という真理(笑)。

高野 いやあ僕もこぼすもんだと思ってましたよ。

『みんな水の中』で横道さんは、発達障害者も発達するって名言を書かれていましたよね。

横道 それは、発達界隈ではよく言われることなんです。発達障害って、名前からすると発育上の問題のように捉えられがちですけど、そうではなくて、神経の問題、生まれつきの特性なんです。だから、発達できる。発達障害者って子供っぽい、幼稚なイメージがありますが、ずっとそのままじゃない、というのは嬉しいですよね。

高野 僕も、異常に遅いんですけど発達してるんですよ。ずっと、歯を磨くことができなかったんですが、45ぐらいになって、ふとできるようになったんです。

横道 大きな一歩ですね。

高野 歯を磨くようになったら虫歯にもならなくなったんですよ。それにもすごくびっくりして。「因果関係があったのか!」って。それまで歯磨きは儀式の一種だと思っていたんです。そんな無意味なことなんでやらならくちゃいけないんだ、って。親や学校の先生虫歯予防だとか散々言われていたのに関わらず、それが一切入ってこなかった。

横道 ロックな精神があるから!

高野 最近もね、先週あたりですよ「服をたたむ」ことができるようになったんです。その時ね、今西錦司の進化論についての言葉を思い出した。「人は立つべくして立った」と(笑)。人が二足歩行を始めたことに、適者生存は関係ないんだ、と。僕の発達も今西進化論的なものだったんです。

横道 私の場合は、ホームヘルパーさんに来てもらって解決しました。アウトソーシングによる相利共生ですね。自分で解決することをやめる、というのも、解決策のひとつです。

高野 僕はIT音痴なので、そういうことが得意な発達障害の友人たちに一任しました。彼らのことは「シェルパ」と呼んでいます。自分でやろうとせず、荷物を持ってもらうことにしたら、ストレスが激減しました。

横道 支援者って面白いですよね。以前はゴルフを「めんどくさそうなスポーツだなあ」と思ってたけど、キャディさんがいるなら面白そうだと思うようになりました。

高野 キャディさんは「支援者」なんですね。

横道 はい。支援者に助けてもらった上で、5分5分くらいの成功率でやっていければ、十分かなといまは思っています。

2022114日、代官山蔦屋書店にて。構成:剣持亜弥、写真:須古恵)

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