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地域で始めるSDGs――あなたのまちを誰も取り残されない社会に

記事:明石書店

『SDGsと地域社会』のモデル地区となった宮城県の沿岸部に位置する気仙沼市。東日本大震災の被害は甚大だったが、復興とともに「誰も取り残されない」都市に向けた取り組みも着実に進んでおり、本書でもその一端を紹介している。(写真 Satoh Junpei, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)
『SDGsと地域社会』のモデル地区となった宮城県の沿岸部に位置する気仙沼市。東日本大震災の被害は甚大だったが、復興とともに「誰も取り残されない」都市に向けた取り組みも着実に進んでおり、本書でもその一端を紹介している。(写真 Satoh Junpei, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

これからのSDGs

 2015年に国連総会でSDGsが採択された。目標年は2030年なので、ゴールに向かう期間をマラソンにたとえると、すでに折り返し地点に達したことになる。SDGsには17の目標、169のターゲット、247の指標があるが、これらの指標の多くは、困難を抱える途上国を想定して定められている。そのため、機械的に当てはめると、日本はすでにSDGsの指標の多くを達成しているように見える。

 とすると、私たちは何をしたらいいのだろう。企業や自治体の広告でSDGsのロゴをよく目にする。SDGsのバッジを身につけている人もいる。もちろんよいことだ。しかし、なんとなく「エコ」の雰囲気を出して、「やってる感」を出すだけに留まるとしたら、あまり意味がない。

 基本に立ち返ってみよう。すべての国連加盟国が合意したSDGsの目指すべき理念は、決して「エコ」の言い換えに留まるものではなく、「誰も取り残されない社会をつくる」ことである。私たちは日本で、そのような社会を実現できているだろうか。日本の社会で暮らす人びとは皆、周りの人びとに尊重され、尊厳をもって生きていると、胸を張って言えるだろうか。

全国平均から都道府県レベルの可視化へ

 格差、貧困、子どもや女性の生きにくさ、少子高齢化、感染症の広がり、自然災害、気候変動など、私たちは多くの課題に直面している。これらはすべてSDGsに関係する。先進国だから問題がないわけではない。特定の場所、特定の人たちに集中して、可視化できていない問題がたくさんある。

 「国の平均」だけを見ても、問題は見えてこない。そこで私たちは、NPO法人「人間の安全保障」フォーラムの活動の一環として、日本全国のデータを47都道府県に分解し、地図を使って課題別に問題を可視化する人間の安全保障指標を作成した。その結果は書籍『全国データ SDGsと日本』(明石書店、2019年)として発表した。

 そこでは、災害死者数、男女の賃金格差、不登校率、自殺率など、「命、生活、尊厳」の三つの領域で、およそ90の指標ごとに都道府県を比較した。そうすると、全国が同じではまったくなく、問題が集中する地方があることが見えてきた。幸いこの本は、自治体関係者だけでなく、NPOや市民グループなど市民社会の関係者にも広く読んでいただいている。

県から市町村レベルの可視化へ

 しかし、これだけでは足りない。SDGsの実践を現場で展開しようとすると、都道府県別では、まだ大きすぎるのだ。統計を市町村に分解し、私たちの生活実態に近づいていくことはできないだろうか。

 そこで私たちは、東日本大震災の被害を受けた宮城県の関係者と一緒に、人間の安全保障指標の〈宮城モデル〉に取り組むことにした。命、生活、尊厳に関する99の指標について、宮城県のデータを35の市町村に分解し、レーダーチャートを作成し、どこでどのような人が特に困っているのか、問題点を具体的にあぶりだすようにした。全国版と同じ設計でデータを集めるよう心がけながらも、震災が残した課題、宮城県各地域の特徴も考慮することにした。

 私たちは、子どもの居場所を数えたり、SDGsの取り組みを比較したり、移住定住の魅力を評価したりして、できるだけ人びとの目線で指標を選ぶようにした。現地のNPO などで活動している方々にも、被災者、子ども、女性、多文化共生などについて、それぞれの経験を紹介する章を書いていただいた。

99の指標から算出した宮城県市町村の「総合指数」。色が濃いほど課題が大きいことを示している(本書より)。
99の指標から算出した宮城県市町村の「総合指数」。色が濃いほど課題が大きいことを示している(本書より)。

宮城モデルは全国の自治体の参考になる

 そうやって完成したのが、『SDGsと地域社会――あなたのまちで人間の安全保障指標をつくろう! 宮城モデルから全国へ』である。地図やイラスト、写真、表をふんだんに掲載し、「誰も取り残されない宮城」を実現させるための豊かなリソースブックができあがった。

 宮城県の中でも、沿岸部と山間部、そして仙台の都市圏では、取り組むべき課題の性質が大きく異なる。地域の多様性を理解できるように、たくさんの地図を示すようにした。高校の必修科目になった「地理総合」の副読本としても、この本は役に立つだろう。

 この本の指標を〈宮城モデル〉と名づけたのは、この試みを参考にする形で、全国各地でSDGsのローカル指標づくりに取り組んでもらいたいと願ったからである。この本では、統計資料の集め方なども解説して、市民グループや学生グループ、地方自治体などが、それぞれの場所で指標をつくってもらえるように工夫している。宮城県の外で暮らす方々にも、関心をもっていただけるだろう。

読者自らが本書のような地域の指標づくりに取り組めるように、考え方から情報の集め方まで解説を図っている(本書より)。
読者自らが本書のような地域の指標づくりに取り組めるように、考え方から情報の集め方まで解説を図っている(本書より)。

尊厳がいきわたる社会を

 前著以来のこの指標の特徴のひとつは、客観的な統計データとアンケート調査による住民の主観的評価を組み合わせて、自治体別に比較してみたことである。相対的に豊かで福祉が整った自治体でも、市民は自分に自信をもてなかったり、孤独感を抱えていたりすることがわかった。

 SDGsが実現を目指す「誰も取り残されない社会」は、一人ひとりの人間が自分に自信をもち、周囲の人たちから敬意を受けられる社会である。それは、「人間の尊厳」が社会の隅々にいきわたっている社会である。

 地域社会が変わらないと、SDGsを実現することはできない。地域社会を変えるためには、それぞれの優先課題を可視化することが大切である。そのためには、細分化された統計データを集め、周囲の人びとにわかりやすく見せて、皆で議論していくことが必要である。宮城県でもそれ以外の場所でも、そのような活動を広げていくために、この本をぜひ役立てていただきたい。

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