1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. 社会心理学にいざなう最良の授業 古田徹也氏が『「心のクセ」に気づくには』を読む

社会心理学にいざなう最良の授業 古田徹也氏が『「心のクセ」に気づくには』を読む

記事:筑摩書房

私たちの心の動きはある型にはまりやすい。しかも、その傾向にはメリットとデメリットが存在する。
私たちの心の動きはある型にはまりやすい。しかも、その傾向にはメリットとデメリットが存在する。

良質な授業に参加しているかのような感覚

 高校や大学でこんな授業を受けていたら、社会心理学の道に進んでいたかもしれない。本気でそう思わせる入門書である。

 本書はとても分かりやすく、本当の意味で親切だ。私たちは本書のページをめくるうちに、良質な授業に参加しているかのような感覚を覚えるだろう。そのひとつの理由として言えるのは、読者に問いかけながら話が進行していく点だ。「調査の結果を予想してみましょう」、「空欄に入る言葉を一度考えてみましょう」、「○○と聞いてどんなイメージが頭に浮かびますか」――そう問われ、私たちはひと呼吸おいて考える。そして、自分なりに答えを出してから読書を再開すると、その回答にあらわれる先入観や文化的背景についての解説が展開される。そうして私たちは、まさに自分自身にかかわる問題として、人間の思考や行動の傾向について理解を深めていくことになる。

 それから、用語の説明が「公正世界理論」等々の有名な理論だけではなく、専門家であれば何気なく使っている言葉にも及んでいる点も、本書の特徴として挙げられる。「内的帰属」と「外的帰属」の違いについてや、さらには「他者」といった言葉についてすら、本書では導入の際に説明がなされている。高校生をはじめとして、学問の言葉に馴染みのない人でも本当に読み進めることができるように書かれているのだ。

 このように本書は、幅広い読者層を、できるだけ脱落者を出さずに最後まで導こうとする熱意と工夫に満ちている。ただし、本書が「本当の意味で親切だ」と先に述べたのは、この特徴だけを指してのことではない。著者は本書のなかで、社会心理学は大枠として何をどこまで明らかにしようとする営みであるのかを丁寧に説明している。また、そのつどのテーマに関しても、現在の社会心理学の研究においてこれまで何が明らかになり、依然として何が不明であるのかについて整理し、かつ、今後どのような探究が可能かについて言及している。

 こうした真摯な記述によって本書は、「社会心理学は人間の行動の傾向を完全に言い当てることができる」という類いの勘違いを読者に起こさせず、しかも、この学問から学ぶモチベーションを与えるものになっている。私たちは本書を読むことで、社会心理学に対して必要以上の幻想を抱かずに、この学問と、それがもたらす知見に対して、現実的な手触りを得ることができるだろう。本当の意味で親切な入門書というのは、まさしくこういうものだ。

私たちはどうやって自分を納得させ、心の安定を得ようとしがちなのか?

 著者によれば、社会心理学とは、「個人の行動がその人の置かれた環境から影響を受けることを前提とし、そのような「状況の力」に注目する学問」(47頁)である。

 なかでも本書は、私たちが一般的な傾向として「人はその人にふさわしいものを手にしている」という因果応報的な捉え方をしがちだということ、また、現状の社会システムを「今、ここに存在しているから」という理由だけで受け入れやすいということに焦点を当てている。そして、こうした傾向のより詳しい内実や、社会に及ぼす影響、社会階層や文化による差異といったものについて、具体的な調査に基づいた分析を示している。

 社会生活において何らかの問題に直面したとき、私たちが自分でも知らないうちにどうやって自分を納得させ、心の安定を得ようとしがちなのか。そして、しばしばどのように間違った原因帰属へと向かってしまうのか。そのパターンを知ることの射程は、実際のところかなり広い。自己や個別の他者を理解することだけではなく、異なる社会集団間や文化間のコミュニケーションをより良いものにすることにも、深く資するはずだ。

『「心のクセ」に気づくには』(ちくまプリマー新書)書影
『「心のクセ」に気づくには』(ちくまプリマー新書)書影

 本書が紹介する知見はもはや、現代に生きる私たちが人間や社会について考え、議論し、発信する際には必ずおさえておかなければならない基礎知識だと言っても、決して言い過ぎではない。その点でも、本書は誰にとっても重要な、入門書のなかの入門書である。

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ