ヒトの感じ方は色々あります―『モノ』を通して『五感』の不思議を知る
記事:朝倉書店
記事:朝倉書店
感覚や知覚とは「五感」という言葉に代表されるように、ヒトがその器官を通して何かを感じることです。たとえば「色」は光を介して私たちの眼という器官に写され、「色を知覚する」という現象が脳内に生じます。光そのものではなく、「色を知覚する」という「心の働き」の仕組みを理解することが感覚知覚の心理学です。
こうした仕組みの理解のためにさまざまな経験や実験が重ねられてきましたが、そこでは実に様々な「モノ」が出てきます。本書のカバーの写真や図版は、いずれも本文中で取り上げられたものですので、この紹介からご案内をはじめましょう。
まずは裏表紙をご覧ください。
格子状の四角の中に丸がある図があります。本ごと少し手でふってみてください。まんなかの○が周りと異なる動きをするように見えませんか? この図はオオウチ・シュピルマン錯視(もしくは、オオウチ錯視)と呼ばれているもので、実際の動きを違う動きが見えてくる錯視の一つです(詳細は本書7章「運動と知覚」をご覧ください)。
このように、ヒトの感覚は必ずしも「モノそのまま」を受け入れているわけではありません。なぜ・どのように錯視や錯覚が生ずるのか? といった問いを立てて、感覚知覚の研究も進められてきました。有名な、ルビンの盃(壺)やミュラー‐リヤー錯視は見たことがある人も多いでしょう(詳細は、本書の5・6・7章をご覧ください。関連書も多いです)。
一方で、デザインとしての面白さから、研究のみならず芸術分野などでも広く親しまれています。「だまし絵」の一部に使われることも多いので、目にしたことがある人も少なくないことでしょう。
有名な錯視の1つに「蛇の回転」というものがあります(本書でも7章と口絵15に掲載されています)。「静止画なのに回転して見える」不思議なもので、猫に見せてその反応を楽しむ動画が沢山みられます。特に子猫はよく反応してくれるそうです。「動いて見えるかどうか」というのは眼や視覚の仕組みにかかわってきます。この錯視の作者・北岡明佳先生によると、ヒトは周辺視で見ているのに対し、ネコは中心視で見えているのではないか、とのことでした。
ちなみに北岡先生は錯視の研究者として、また作者として数多くの錯視を作り出されています。その作品のひとつがレディーガガのCDのデザインに使われたこともあります。「北岡明佳の錯視のページ」では、多くの錯視画像を楽しむことができます。
「北岡明佳の錯視のページ」 https://www.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/
次に表紙をご覧ください。
立方体の中の上の図、そして左下の丸の中の図は、「色の見え方」についての事例です(詳細は本書の3章「色の知覚」をご覧ください)。状況によって同じ色でも見え方が変わるのは、しばしば指摘されます。ここでは(立方体の中の)「色域拡大効果」をご紹介しましょう。
上下の図それぞれの中に、6つの「長方形」があります。上下の長方形は同じ色です。上のように背景が灰色の場合、それぞれの「色み」が違うことがはっきりわかります。ところが、下ではどれも同じような灰色に見えてきます。ちょっとした条件の以外で、色の見え方は変わってきます。
他にも「色の不思議」は多々あります。
以下の2つは「黄緑」と「うすい紫」と明らかに違う色ですが、一定以上に離れて見ると、この違いがわかりにくくなります。単に「遠くなって見えづらい」というより、ほぼ「同じ色」に見えてきます。実際に私も試してみましたが、「そんなばかな!」という感じでした。
こうした「色の不思議」は、われわれの「この色だとわかっているつもり」をゆるがしてくれます。本書では他にも、インターネット上で話題になった「#TheDress 」についても紹介しています(本書8章をご参照ください)。SNSに投稿されたドレスの色をめぐって、「白と金だ」「いや、青と黒だ」と大激論になった写真です。
続いて表紙の立方体の中の右下には、「ビー玉の写真」がありますが、これは“質感”を説明するものです(12.2節「視覚的質感知覚」を参照ください)。
質感とは耳慣れないことばですが、たとえば「丸い色の玉」の画像を用意すると考えてみてください。PC上で容易に様々な画像が作成できます。しかし、同じ「丸い色の玉」といっても、「PC上で作成した画像」と「ビー玉の写真」とでは、その感じ方は大いに異なってきます。この差が質感です。
ここでは本書の「表紙画像」を使って比較してみましょう。
上の画像は、元のデータから切り取ったものです。下は刷り上った「現物」をスキャンしたものです。いかがでしょう? いずれも元は「同じもの」のはずですが、受ける印象も異なってくるのではないでしょうか?
ちなみに『朝日新聞』の土曜日書評欄では、毎回、書籍を実際に写した写真が使われています。「このほうが本としての存在感を出せる」という判断からだと推測しています。朝倉書店の書籍を『朝日新聞』書評欄風に撮影してみました。データをそのまま使ったほうがきれいなのですが、存在感となるとだいぶ印象が違うのではないでしょうか。
しばしば「質感を再現する」という表現が多いのは、こうした現物がもつ雰囲気をいかに再現するか、が重要なテーマになっているものと思われます。ただ、デジタル技術の進展は、こうした雰囲気も含めて再現するようになるかもしれません。
『感覚知覚の心理学』ではこうしたさまざまなモノを、本文中に加えて口絵も8頁分付けて紹介しています。こうしたモノの不思議を楽しむことも、学ぶきっかけになるのではないのでしょうか。さらに、本書掲載の図版の一部や関連情報等をまとめて、ダウンロードできる資料にしてみました。ぜひご覧ください。
*『感覚知覚の心理学』DL素材一覧
https://www.asakura.co.jp/websupport/978-4-254-52034-7/
今回ご紹介したのは「目で見る」素材が中心ですが、本書には「聴覚」に関連する章もあります(9章「聴覚」と10章「音楽知覚」)。10章では資料としていくつかの曲の「楽譜」が紹介されていますが、著者の方に音源を作成していただき「聞ける」ようにもしています(拡張子はwav)。
インターネットの普及とデジタル技術の進展は、ネット上でさまざまなモノを見られることを可能にしました。関連するモノはまだまだあります。次回はもっと様々なモノを紹介してみます。