1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. 「左派を再び偉大に」する処方箋 『ポスト新自由主義と「国家」の再生』日本語版への序文

「左派を再び偉大に」する処方箋 『ポスト新自由主義と「国家」の再生』日本語版への序文

記事:白水社

左派が「ネオリベ」に抗するための基礎知識! ウィリアム・ミッチェル+トマス・ファシ著『ポスト新自由主義と「国家」の再生 左派が主権を取り戻すとき』(白水社刊)は、MMTの旗手による左派再興のための処方箋。
左派が「ネオリベ」に抗するための基礎知識! ウィリアム・ミッチェル+トマス・ファシ著『ポスト新自由主義と「国家」の再生 左派が主権を取り戻すとき』(白水社刊)は、MMTの旗手による左派再興のための処方箋。

【ウィリアム・ミッチェル講演動画】

 

日本語版への序文

 国民と、その代理人として幸福を増進する役割を果たすべき国家との関係は、ここ数十年で世界的に大きな変化を遂げた。この時期の特徴は、経済政策に関する政治的議論がほぼ完全に均質化したことである。経済問題に関して、保守(右派の)政治家の意見と伝統的な社会民主主義者の意見に違いを見出すことは、今や困難である。かつては、国家が資本主義をどの程度制御するかという観点から定義される政治的な左右両派には明確な違いがあった。しかし、ここ数十年間で新自由主義イデオロギーが支配的になるにつれて、その違いは感じられなくなってしまった。

 このような動きに伴ってさまざまな危機が出現したが、当初それらはそれぞれ独自の観点から理解されていた。しかし現在では、それらはすべて、異なる側面を有するものの、新自由主義ネオリベラリズムがその約束を果たせなかったことの一部であり、複合危機ポリクライシスであると考えることができる。国内の住宅危機、仕事の劣悪化や雇用の不安定さや低賃金、ワーキングプアの出現、不動産開発業者を利するための都市計画法上の不正行為、公共サービスや必要不可欠な公共インフラの質の低下および範囲の縮小、民営化に伴う必要不可欠なサービス(電気、水道、輸送など)の価格上昇および質の低下、(特にパンデミック下の)医療システムの破綻、気候変動から生じる環境災害──各国は、こうした多くの難題にさまざまな方法で取り組んでいる。これら一つひとつの危機が、新自由主義の逆機能的な性質を示唆している。新自由主義は、多くの人々を犠牲にして少数の人々に所得と富を再分配する目的で設計された手段だったのである。

Miniature people standing on stack of coins. Inequality and social class. Income and economic inequality concept. Inequality in social class, ideology, Gender, Racial and ethnic and health.[original photo: TimeShops – stock.adobe.com]
Miniature people standing on stack of coins. Inequality and social class. Income and economic inequality concept. Inequality in social class, ideology, Gender, Racial and ethnic and health.[original photo: TimeShops – stock.adobe.com]

 世界中で社会が直面している問題は、伝統的な社会民主主義の政治勢力にとって大きな成果を上げる格好の材料のはずだった。しかし、一九七〇年代以降こうした政党は、金融およびサプライチェーンのグローバル化によってグローバル資本の前では国家は無力になったと信じ込まされたため、進むべき道を外れてしまったのである。

 伝統的な左派は、政府の役割は完全雇用や質の高い公共インフラ・サービスを確保することではなく、通貨への投機攻撃を防ぐために資本をなだめる政策を実行することである、という右派のような説明を唱えた。また彼らは、こうした宥和政策の一環として、福祉、医療、教育に対する公的支出の削減や必要不可欠なインフラやサービスの民営化によって政府は財政黒字を達成するように政策を偏らせなければならないなどといった、通貨を発行する政府の能力についてのさまざまな作り話フィクションを提示した。こうした作り話によって、政府が過剰な支出を行うとグローバル金融が資金供給を拒否するため資金不足に陥る、という考え方が広まった。日本のように通貨を発行する政府が資金不足に陥ることは決してあり得ず、支出するために外部財源を必要としないということが、彼らには全く分かっていなかったのである。

Central banking icon with main currency exchange include dollar euro yen yuan and pound sterling for forex and money transfer concept.[original photo: Dilok – stock.adobe.com]
Central banking icon with main currency exchange include dollar euro yen yuan and pound sterling for forex and money transfer concept.[original photo: Dilok – stock.adobe.com]

 一方、右派や極右は、自分たちの利益を拡大するためには政府の立法能力や規制能力を利用しなければならないことをよく理解していた。彼らは、国家には絶大な力があることを分かっていたが、国民(と左派)には、国家にそんな力はないと信じるよう力説した。新自由主義は、国家を空洞化させるのではなく、資本の課題を確実に支援するように国家を再構築することを目的としていた。第二次世界大戦後、各国が国民国家ネイション・ステートの建設、完全雇用の維持、そして一流の公共サービス・インフラの提供に尽力したため、国家は資本と労働の利害対立の調停者としての役割を果たした。しかし、新自由主義下の国家の再構築によって国家は資本の代理人と化し、出現したさまざまな危機はそうした偏りを映し出している。

 本書は、伝統的な社会民主主義勢力がどのようにして右派や極右に取り込まれ、彼らが掲げる政策課題の代弁者となったのか、を理解しようとするものである。また本書は、左派が、現在世界を襲っている惨事の原因となった「自由市場」という解決策を支持して、完全雇用や国家介入への取り組みを放棄した、重要な転換点について記している。まずは一九七五年、イギリス労働党政権が政府は大量失業を解決できるという考え方を捨て去ったのをきっかけに、緊縮思考への転換が始まり、マネタリズム的な思考が優位になり始めた。一九八三年には、フランソワ・ミッテラン政権が社会主義的な政策課題を放棄し、これが右派や極右への収束プロセスをさらに進める一歩となった。ミッテランは当時、「現代の世界経済においては、もはや国家主権はさほどの意味を持たず、それが及ぶ範囲もさほど広くない。……高度な超国家的主権が絶対に必要である」と明言した。グローバル資本の無限の力と国民国家の弱さに対するこうした信仰は、伝統的な左派政党の言説に浸透しており、それはもはや、われわれが直面している問題に対する解決策を提供するものとは国民から見なされなくなっている。

Financial And Macro Economic Concept, pile of coins money stacked on wooden table, with construction vehicle and equipment. Vintage tone.[original photo: Wisut – stock.adobe.com]
Financial And Macro Economic Concept, pile of coins money stacked on wooden table, with construction vehicle and equipment. Vintage tone.[original photo: Wisut – stock.adobe.com]

 本書は、新自由主義的な再構築の下で実際に起こったのは、決して国家の「衰退」や「空洞化」ではなく、経済政策の選択が今や資本とそれに仕える金融投機家に支配されるようになったことだと明らかにする。伝統的な社会民主主義政党がその中核となる支持者を見捨てた結果、極右の政治運動が台頭し、政治から見放されたコミュニティが抱える不安をうまくとらえる政策を打ち出すようになった。本書の見立てでは、複合危機に取り組むには、新自由主義の支配と失敗という根本原因に対処しなければならない。つまり、左派は、国民国家は無力だという考え方に黙従するのをやめ、代わりに、大きな変化はすべて立法プロセスに与えられた権限からもたらされることを理解しなければならない。左派は、マクロ経済学の観点から、通貨を発行する政府が資金不足に陥ることは決してあり得ず、仕事を望むすべての人に対して、十分質の高い仕事を常に提供できるということをよく理解しなければならない。国家は、民営化やアウトソーシングの流れを反転させ、営利目的の民間市場がすべての人々の幸福を増進させる解決策を提供するという考え方から脱却しなければならない。

 本書は、支配的な新自由主義とは根本的に異なる、進歩的かつ解放的な国家主権のビジョンのための青写真を提供する。この青写真は、国民主権、民主的な経済の統制、完全雇用、社会公正、富裕層から貧困層への再分配、包摂、そしてより一般的には生産と社会の社会生態学的な転換に重点を置いている。左派は、主流派経済学の作り話から抜け出すことによってのみ信頼を獲得し、この代替的な青写真を前に進めることができる。本書は、左派急進主義へ回帰し、政治的・制度的枠組みの再構築をいっそう進めるための原理を展開することで、国民の幸福を増進し、社会的危機・気候危機への対処を可能にする社会的にも経済的にも進歩的な政策課題を実行できるようにするものである。

【『ポスト新自由主義と「国家」の再生 左派が主権を取り戻すとき』所収「日本語版への序文」より】

『ポスト新自由主義と「国家」の再生 左派が主権を取り戻すとき』目次
『ポスト新自由主義と「国家」の再生 左派が主権を取り戻すとき』目次

 

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ