陶磁器の製造からAⅠまで、世界を変えた発想の根源へ! 『イノベーション 世界を変える発想を創りだす』
記事:白水社
記事:白水社
経済や社会の進歩が結局のところ、すべて新しいアイディアによって起こるのは、変革と改善の可能性が現状に対する内向きな視点や無為と競い合うためだ。イノベーションは、新しい考えが組織にうまく導入され、価値を発揮した場合に生じる。それは、新たなアイディアの創出と応用を、公的に組織し運営する活動だ。イノベーションには実現すべき、そして実行すべき新しいアイディアについての慎重な準備、目標設定、効果の設計などがともなう。それはまた実験と学びがもたらす興奮が、限られた予算、確立された物事の進め方、優先順位をめぐる意見の相違、制約された想像力といった、いつもの現実と交錯する劇場でもある。
イノベーションを理解するには非常に多くの方法があり、豊かな知見や視点を広範に得ることができる。異なる分析レンズのなかからどれを用いるかは、研究対象となるイノベーションの問題に合わせて決まる。ある人びとは、イノベーションの規模や性質、つまり変化が漸進的なものか急激なのか、既存の手法を保持するのか覆すのか、またシステム全体に及ぶのか部分にとどまるのかについて、詳しくみている。ほかの分析ではイノベーションにおける焦点が経過とともに変わっていく様子に関心をおいており、つまり新製品の開発から製造、普及パターン、携帯電話やオンライン・バンキングなどの特定の設計形状がどのように市場を支配していくか、そしてイノベーションから貨幣価値がどのように生みだされるかという過程を対象としている。
イノベーションの比較的、簡単な定義は「応用に成功したアイディア」であり、イノベーションとアイディアが応用される前段階における貴重な貢献、つまり発明や創造とを容易に区別できる。しかしこの定義は依然、とても広い意味を持つことから多種多様な活動を便利に含めることができてしまい、有用であるのと同じ理由で混乱を呼ぶ。イノベーションという言葉を、無原則に使えてしまうのだ。右の直截的な定義ですら、疑問を呼ぶ。「成功」とは何か? これには時間経過も大きく影響し、最初は成功したイノベーションが最終的には失敗することもあるし、その逆も起こりうる。「応用」とは何を示すのか? 単に組織の一部で応用されることか、それとも国際的に、大規模なユーザーのあいだで普及することだろうか。とくに、新旧の考え方を結合してさえいれば、誰もがこれらを実現したと主張できるのか?
イノベーションの類型についても、境界が曖昧でありカテゴリ自体が重なることから難しさがある。イノベーションは、新しい自動車や薬剤といった製品に起こる。サービスであれば、保険の新制度や健康管理などの例がある。しかし多くのサービス企業は、自身が提供するものを新たな金融商品などの製品として言い表す。イノベーションは、新たな製品やサービスがもたらされる方法といった運用の工程においても生じる。これらの工程が機器や機械のかたちをとれば、その供給者にとっては製品であるし、輸送というかたちでのロジスティクスであれば、供給者にとってはサービスとなる。
イノベーションのレベルについて考える際も、その定義には同様の問題がいくつか存在する。ある組織にとって些少なイノベーションは、ほかの組織にとっては大規模なものかもしれない。組織は自身の革新性を独自の状況から判断するため、〔イノベーションの〕異なるカテゴリに境界線を引くことは、現実には難しいのだ。
ほとんどのイノベーションは漸進的な改善であり、既存の製品やサービスを新しいモデルとするため、または組織プロセスの調節のためにアイディアが用いられる。これらのイノベーションでは、特定のソフトウェア・パッケージの最新版が対象であったり、マーケティング部から開発チームへ担当者を動かす決定をおこなったりする。急激なイノベーションでは、製品、サービス、工程の性質が変わる。その例として、防水性、防風性に加えて透湿性を備えたゴアテックス繊維のような合成素材の開発や、新サービスのコミュニティ形成を促すために、プロプライエタリ〔特許や商標により使用を制限すること〕に代わってオープンソース・ソフトウェアを使用する決定などがある。最上位には、よりまれで断続的、変革的なイノベーションがあるが、それらは革命的なインパクトを持ち経済全体に影響を与える。エネルギー源としての石油や太陽光発電、あるいはコンピュータやインターネットの開発などが該当するだろう。
筆者は、イノベーションを組織的な成果やプロセスへ成功裡に応用されたアイディアと考える。イノベーションは実用的なものとも機能的なものとも考えられ、その成果は新製品やサービスであったり、研究開発(R&D)、エンジニアリング、設計、マーケティングといった各部署で起こるイノベーションを支える工程であったりする。イノベーションはまた、もっと概念的なものと考えることも可能だ。この場合、イノベーションの成果は知識や判断の向上、あるいは組織の学習能力を支えるプロセスといえる。イノベーションを、不確実な未来に直面した際に選択肢を生みだす一手法と考えることができるのだ。
【マーク・ドジソン+デビッド・ガン『イノベーション 世界を変える発想を創りだす』所収「第2章 ヨーゼフ・シュンペーター──「創造的破壊」の旋風」より】
【著者インタビュー動画:Thriving in the Decade of Disruption - Universities role during COVID - Mark Dodgson and David Gann】