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ラディカルに「都市」のシステムを再考! 『未来救済宣言──グローバル危機を越えて』[前篇]

記事:白水社

マイケル・サンデル激賞! イアン・ゴールディン著『未来救済宣言──グローバル危機を越えて』(白水社刊)は、新自由主義の40年から訣別し、不平等から気候変動まで〈新しい社会〉に赴くための提言書。開発学の世界的権威による「処方箋」。
マイケル・サンデル激賞! イアン・ゴールディン著『未来救済宣言──グローバル危機を越えて』(白水社刊)は、新自由主義の40年から訣別し、不平等から気候変動まで〈新しい社会〉に赴くための提言書。開発学の世界的権威による「処方箋」。

【著者動画:Rescue: From Global Crisis to a Better World | Ian Goldin | TEDxOxford】

都市の救済

 デジタルで実装した若きノマドたちは、どこにいても仕事ができるので、大都市でのコスモポリタン的な生活に引き寄せられる。成長するコスモポリタン地域のカフェやクラブ、街並みを好む。郊外や小さな町よりも、人の集まる都市のほうが、新しい友だちや恋人候補を見つけやすい。その結果、ダイナミックな都市の人口模様は、ますます砂時計型になっていくだろう。若者の比率が大きくなり、(多くの家族持ちは転出し)中年層は小さくなる。大きなグループとなるのが高齢者層だ。いまは子どもがいない、都市の文化施設に魅力を感じているという高齢者、あるいは貧困地区に閉じ込められ、そこから出て行く余裕のない高齢者だ。

 イノベーションと生産性の点からみた人口密集の利点は、スキルを持ち創造力あふれる個人が集まるほど高まる。こうした理由で、都市住民は小規模な町で暮らす人よりも、平均して50%生産性が高い。彼らはまた、より大きな変革力もある。その理由のひとつとしては、学ぶ機会、生産性の高い人と思いがけなく出会う機会が多いということがある。新しい考え方が広まるには、単なるバーチャル上のやり取りよりも、物理的な接触が必要になる。たとえば、シリコンバレーのコーヒーショップで多くの人が会えば会うほど、新しい特許の申請能力が高まるのだ。

Portrait of a saleswoman or small business owner wearing medical mask at the counter in cafe or small shop. Concept of a retail business during a pandemic[original photo- rh2010 – stock.adobe.com]
Portrait of a saleswoman or small business owner wearing medical mask at the counter in cafe or small shop. Concept of a retail business during a pandemic[original photo- rh2010 – stock.adobe.com]

 知識労働者どうしが近くにいることで、新たなアイデア、新たなビジネスが量産され、その恩恵は、すぐに遠くまで波及する。平均すると、革新的かつ創造的な1人の人物は、弁護士からバリスタまで5人の雇用を生む。そのほか、都市に対しても恩恵がもたらされる。人口が密集する都市に住む人は大規模家屋に住む人よりも、カーボンフットプリントがはるかに低いし、外出で車を使わず、オンライン商品の配送車両に頼ることも少ない。

 一部の大都市による政治的・経済的な支配というのは不健全である。イギリスやフランスはもっとも中央集権的な国家であり、ロンドンとパリの政治・経済エリートが国全体に決定的な影響力を行使する。イギリスの首長、基礎自治体、地方政府は、ほかの高所得国、たとえばドイツほどの自律性はない。このため、パンデミックに対応するため地方政府がルールや規制を策定しようにも、いろいろな困難が立ちはだかった。

 それだけではない。これは、行政を担う地方専門機関がほかの高所得国以上に中央の下請組織になっているということでもあった。他方、ドイツ、イタリア、アメリカといった国では、首都に与えられた経済力および政治力は、イギリスより小さい。これらの国々では、地方センターがさまざまな行政サービスや対人サービスをおこなっている。これらサービスはパンデミック前から態勢が整えられているが、在宅勤務をする住民が増大すれば恩恵を受けられる。彼らの新たな要望にも応えられる。

One man working remotely and a cat.[original photo- One – stock.adobe.com]
One man working remotely and a cat.[original photo- One – stock.adobe.com]

 オフィスの閉鎖、それにともなう無数の店舗・サービス事業の閉鎖によって都心が衰退すると、周辺の郊外地域、より遠方の町や村が恩恵を受けられるかもしれない。近隣で長く過ごせば、労働者は、食料・衣料品から贈答品、理美容、地元の娯楽・エンタテインメント・ご当地食にいたるまで、あらゆるものの購入に対し、地元でより多くの金を使うようになるだろう。彼らはまた、家や庭の修繕にも気持ちが動くし、そうなると地元の建築業者その他の小規模事業者を雇うことになるだろう。近隣で過ごす時間が長くなると、地元の市民活動や地方政治に関わることが多くなる可能性もある。これによって、コミュニティには、より大きな地域ボランティア精神のような恩恵がもたらされるかもしれない。以前であれば、寝に帰るだけの町、休日に訪れるだけの村のように感じていた場所をふたたび活性化させる基盤となるかもしれないのである。

 パンデミック以前、パリ市長が「15分都市」のアイデアを高らかに掲げていた。市民は家の近くで働き、家の近くで生活する。移動は主に徒歩か自転車。緑に溢れ、よりクリーンな環境で働き、暮らすというアイデアだ。パンデミックによって、こうしたアイデアが数多くの町や都市で盛んに議論されるようになった。暮らしやすいクリーンな都市の創造に向けた動きが加速し、都市の改造がポストコロナの回復において中心的役割を果たすとされているのだ。

 都市部における新型コロナの重大さは空気の汚染と関係していたが、ロックダウン期間中、大気の質が劇的に改善したことと相まって、きれいな空気と交通量減少の恩恵に対する意識が高まった。星を眺め、鳥のさえずりを耳にするのは、新型コロナのもたらした無形の利益であり、これから先、長く環境改善に向けた力となるだろう。これは、混雑の緩和や有害な排煙の削減に向けて都市を突き動かす力も高めるだろう。すでに、都市という都市で、自転車屋が記録的な売上となっており、市長が新たな自転車専用道路計画を発表している。パンデミックは、公共空間をより暮らしやすくクリーンな環境に転換する動きを加速した。

Caucasian woman wearing a protective mask and earphones, and biking in the streets[original photo- WavebreakMediaMicro – stock.adobe.com]
Caucasian woman wearing a protective mask and earphones, and biking in the streets[original photo- WavebreakMediaMicro – stock.adobe.com]

 休日の旅行先、自然の美しさが溢れる場所は、ますます多くの人を引き寄せ、海辺のコテージや農村の保養所の予約は記録的な高さとなって、不動産価格も急上昇している。その結果、雇用機会の高まる郊外に人を運ぶためだけではなく、国内観光旅行の新たなパターンに合わせるためにも、交通体系を再編する必要に迫られている。こうして小さな田舎道が渋滞するようになれば、農村部の鉄道サービスへの需要が復活するだろう。

 イギリスでは、パンデミックの間、観光旅行需要が高まり、通勤が減っていることから、鉄道サービス需要は、かつて1950年代がそうであったように、ウィークデーより週末のほうが大きくなった。通勤ルートと観光ルートの需要調整は、パンデミックの間はずっと続くことになるだろう。

 労働者がオフィスに集まらなければならないという事情によって、現代の生活、現代の都市のあり方が形づくられてきた。社会に対するオフィスの縛りがパンデミックによって弱まり、リモートワークに新たな機会が生み出された。これによって、どこに住み、どこで働き、どこで遊ぶかということが深い意味を持つことになった。だが、都市の死は以前から語られてきた。都市はそれでも並外れた回復力を維持している。新型コロナは、よりよき方向に向けて、多くの面で都市の姿を変えるだろうが、経済的・文化的な活力を生み出す主役としての都市は、新型コロナによって衰退することはないだろう。ただ、都市がどのように対応するかで事態は大きく左右される。パリは人間の身の丈に合った15分都市構想を掲げ、ロンドンは「好機をつかみ取るためロンドンを構想しなおす」計画である。ここに示されているのは、断固たる行動がなければけっして実現しないものの、かつてのように都市が中心となって、より持続可能で繁栄した社会をつくりだす可能性があるということだ。これがまた、より包容力のある都市につながるようにするには、障害者や高齢者のニーズが考慮されなければならないのは言うまでもない。

female passenger wearing face covering mask during covid-19 lockdown using london underground metro train map in england uk[original photo- Jevanto Productions – stock.adobe.com]
female passenger wearing face covering mask during covid-19 lockdown using london underground metro train map in england uk[original photo- Jevanto Productions – stock.adobe.com]

 都心の衰退は10年を経てここまでになったが、新型コロナのパンデミックによって、都市は一気に瀬戸際に追い込まれ、自らの将来についてラディカルな再考を迫られている。系列販売店が目抜き通りの中心に居座るのではなく、町や地域に責任を持って関わる地元の独立自営企業が新たなる復活の土台となるべきだ。こうした企業はさまざまなサービスを回し、これによってコミュニティが結ばれ、つながっていく。21世紀にふさわしい市民の空間として目抜き通りをつくりなおすには、地方政府が固定資産税の引き下げを通じ、支援する必要がある。これら企業はかつて系列販売店が支払っていたほどの家賃を短期的には出せないが、こうした小売り地域が長期的に生き残れるかどうかは、コミュニティに根ざした地元企業の成長を促す新たなアプローチにかかっている。不動産所有者は、このことを認識しなければならない。政府からの資金支援はまた、地元企業が不動産を購入しやすくなるものでなくてはならない。これによって、大規模不動産会社が商業不動産に持つ支配権に風穴を開けるのだ。

 オフィスビルを快適に暮らせるアパートに変える。シャッターを下ろした店舗群をスタートアップ企業ゾーン、シェアオフィス、期間限定の映画館やパフォーマンス・スペース、フードマーケット、その他の小規模地元企業の拠点に変える。これが第一歩となって、都市はふたたび、人が顔を合わせる賑やかでダイナミックな場所になり、交遊関係、エンタテインメント、雇用、繁栄の源となる。これぞまさに、何千年にもわたり都市に存在理由を与えてきたものだ。住民のニーズを第一とし、住みやすく清潔で安全な環境を生み出す、責任を持った運営が都市をふたたび活性化するであろう。

abandoned school with stage, theatre, lost, empty, closed[original photo- Markus – stock.adobe.com]
abandoned school with stage, theatre, lost, empty, closed[original photo- Markus – stock.adobe.com]

 一般に信じられていることと違い、人の集まる都市に住めば、パンデミックのときでさえ、経済的便益だけではなく、多くの健康上の便益ももたらされる可能性がある。世界中の36の大都市、アメリカにおける913の都市圏を調査したところでは、人口密度と新型コロナの感染率には何ら関係はなかった。長期的にみると、平均寿命は都市のほうが人口過疎地域より高い。その理由としては、都市住民のほうがよく歩き、よく体を動かす。食事由来その他の慢性疾患に苦しむ可能性が低く、自動車事故に巻き込まれる可能性もはるかに低い。こういったことが挙げられる。

 都市居住に利益がともなうのであれば、世界中で急速に進行する都市化が21世紀の決定的特徴であり続けるだろう。パンデミックによって明らかになったのは、都市が脆弱ということではない。コミュニティがさまざまな雇用を増やし、いろいろな機会を生み出す活力源であるということだ。パンデミックは、オフィスや店舗の変化を加速することによって、都市に自己再生を促し、未来に向けて、清潔かつ安全で豊かなコミュニティと住まいを生み出すよう仕向けているのである。もし経済と社会を繁栄させたいなら、都市を救済し、新たな課題に向き合えるよう、都市に変化をもたらすことが必須となる。

[後篇はこちら]

【『未来救済宣言 グローバル危機を越えて』(白水社)所収「第8章 都市の未来像」より】

 

イアン・ゴールディン『未来救済宣言──グローバル危機を越えて』目次
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