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われわれはなぜ「推し」がないと生きていけないのか?――三浦展『孤独とつながりの消費論』

記事:平凡社

現代人に欠かせない「推し活」の深層には孤独があるという
現代人に欠かせない「推し活」の深層には孤独があるという

2023年9月15日刊、平凡社新書『孤独とつながりの消費論』(三浦展著)
2023年9月15日刊、平凡社新書『孤独とつながりの消費論』(三浦展著)

現代は「脱消費的消費」が拡大している!

 この20年余りの間に私たちは所得が上がらなくても楽しく、かつしばしば有意義に暮らす方法を学んだ。バブル時代までの消費行動とは異なる、いわば「脱消費的消費」が拡大・一般化したと言える。

 第1は安い物を買うこと。安かろう悪かろうではなく、安くても質が良い物、楽しくて満足感が味わえる物を買う。100円ショップでもセンスの良い物、かわいい物、アイデアの良い物などを買うことができるようになった。

 第2は第1と関連するが中古品を買うこと。各種中古品専門店、ネットオークション、ネットフリマ、リアルなフリマや中古店を活用して買うことである。古着などは高級品が1〜2万円で買えることもあるので、とてもお得だ。

 第3はタダでもらうこと。実家の遺品の相続もこれに含まれる。今時親や祖父母が亡くなると高度経済成長期やバブル期に購入したさまざまな「良い物」が手に入る。だが昔はみんなが同じような物を買ったので希少価値はない。だからネットで売っても大したお金にはならない。でも使用価値は十分あるし、昔の物のほうが質が良いことも多い。

 第4は物を直して使うこと。洋服、鞄などの修理・リフォーム、中古住宅のリノベーション、時計の修理や金継ぎなど、昔と比べると使い捨てが減り、物を直して使うことが増えた。修理はお金がかかり、大衆品の新品を買うほうが安いが、長く使って愛着がある物だと、お金をかけても直す人が増えたのである。金継ぎなどは、自分で物を直すという行為によって心が静かに落ち着くという効果もあり、忙しい毎日を送っている現代人にとっては一種の癒しでもある。

 50年前のステレオでも修理すればいい音がする。というか昔の物のほうがデジタルの音より良いという人もいる(私もそうだ)。そういうことに私たちは気づいてしまった。すぐに壊れる最近の製品よりもずっと愛着が湧く。したがって物を修理して使うことにも私たちはよろこびを感じるようになった。SDGs的にもそれが正しい。

 古着も、ブランド物でなくても、昔の物は質の良い糸や生地を使い職人が丁寧に縫製していることが多く、そうした物に触るだけでも幸せで、高い満足感が得られる。電気製品も昔の物はなかなか壊れない。

 第5は自分で物が売れること。中古品は安く買った物でも、売るときには買った値段かそれ以上で売れるかもしれないというメリットがあることに私たちは気づいた。ファッションもLPレコードもマンションも何でもそうだ。家族が聴いていた1980年代のシティポップのLPがネットで売れば2万円以上になるかもしれないのだ。

 第6は自分でつくること。今までは買っていた梅酒でも、ふと隣の家の庭を見ると梅の実がなっている。それをもらって梅酒を自分でつくれば楽しい。梅干しでもいい。かりん酒でもいいし、ゆずのジャムでもいい。大豆を買って味噌をつくる人も増えた。もちろん家庭菜園や市民農園で野菜をつくる人も増えている。シェア畑も人気だ。

 第7に物をあげたりもらったり、交換したりすることが増えた。昔は醬油や味噌の貸し借りを隣同士でしたそうだが、今は自分でつくった味噌(手前味噌)を知人にあげる人がいる。味は売っている物にかなわないかもしれないが、自分でつくった味噌だといえば話題にもなる。昔で言うお裾分けである。そういうことをする人が増えた。

 つまり私たちは近年、単に物を消費するのではない、物との新しい関わり方を通じて、いわば愛やよろこびを感じられ、しばしば利益にもなることを知ったのだ。

多様化する趣味的消費

 また最近は特定のタレントをひいきにする「推し」という行動が定着した。たとえば坂道系やジャニーズ系のアイドルのうち誰か一人を特に「一推し」して応援する消費である。推しの対象は、俳優、お笑い、スポーツ選手、地下アイドルなどなどに及び、あるいはアニメキャラクター、ゆるキャラのぬいぐるみでもよい。

 推し活は、自分が誰かを推す(愛する・応援する)とともに、推しているタレントからの愛を求めるところがある。推し活や応援消費は自分が応援すると同時に相手から応援されるという相互感覚が大事なのではないかと思われる。

 昔からある歌舞伎役者や宝塚のスターに対するファンの活動は、今なら推し活と言えるものだが、今はもっと多くの世代に多様な推し活が生まれているとも言える。

 本書のもう一つの大きなテーマは昭和レトロである。レトロというと、以前は中年男性が自分の少年時代の昭和30年代サブカルを懐かしむものが多かったが、今は平成生まれの女子が未知の文化として昭和を楽しんでいる。

 聞いた話では、こうしたレトロ志向はすでに親から子に継承されているらしく、つまり昭和30年代、40年代を懐かしんだ世代の子どもが、親からの影響もあって、幼少期から昭和文化に慣れ親しみ、長じても自ら昭和文化を探訪するようになっているという。

 実際、私がある集まりで出会った女性も、22歳なのに10年前から旅館・料亭などの昭和建築探訪をしているというのでびっくりした。よく聞くと親の影響だという。またマンガやYouTubeなどの影響も多大であり、彼女もマンガで遊廓を知り、遊廓建築への関心を強めたらしい(第4章)。

 またソーシャルメディア、ネット通販、フリマアプリなどの普及により多様で大量な情報が即座に入るようになり、若者でもかなりディープな情報を映像や動画で体験でき、現物を入手できるようになったので、従来ならマニア・おたく的と言われた行動がまったく一般的に行われるようになり、かなりニッチな趣味関心までもが多くの人々に広がりを見せるようになったのだろう。

 このように現代の消費の対象は、従来のように自動車、ファッションなどの分野に向かわず、向かったとしても古着など中古製品の消費が増え、最新の商品への関心が薄らいでいる。YouTubeで見るのも40年前のシティポップや50 年前のロックや70年前のジャズかもしれない。中古なのだ。そしてストリーミングでダウンロードした音楽をカセットテープにダビングして、おじいちゃんの遺品の会議用モノラルカセットテープレコーダーで、わざわざ悪い音で聴くのが楽しいという若者もいる。そういう中古消費も今回の調査の対象であるが、本書ではその中から古着消費をクローズアップした(第5章)。

孤独であるほど消費が増える!

 また今回アンケート調査をしてみると推し活心理やレトロ志向の深層にはしばしば孤独感があることがわかる。三菱総合研究所が毎年全国3万人を対象に行っている「生活者市場予測システム」によると、全体の21%が「孤独を感じる」と回答している(「とても感じる」5.2%と「感じる」15.6%の合計。以下同)。特に20歳から39歳の女性では孤独を感じる人が多い(図表0‐1)。人口の5人に1人、若い女性では4人に1人くらいが孤独を感じているわけである。これは後述するように、孤独感が未婚や一人暮らしという状態によって大きく規定されるからである。逆に男性は40代になっても未婚や一人暮らしが女性より減らないので、孤独を感じる人も減りにくい。そしてこの孤独感を軸にして消費を分析すると、孤独であるほど消費が増える分野が数多くあることがわかった。

 孤独が消費を増やすのだ! 孤独というのは人間心理の地下部分にあるとも言えるので、そういう意味でも消費が地下化していると言うことができよう。

 「推し活」「昭和レトロ」などの消費についても孤独との相関がある。1980年代までであれば男女ともに異性にモテるために消費をした面が大きかったのが、今ではモテるための消費は縮小し、孤独を解消する・紛らわすための消費が拡大していると言えそうなのだ。

 また今回のアンケートの調査内容にはなかったが、最近じわじわ増えてきている若者の地方移住についても本書で触れた(第5章)。この移住についても孤独との相関がある。

地下化する消費

 趣味的消費も脱消費的消費も、個人的かつ不要不急の消費である。だから消費社会の前面には出にくい。そもそも消費かどうかも怪しい面もある。たしかにいくばくかのお金はかけているのだが、いわゆる消費行動に見えない。

 また、かつてのようにクルマや家や家電やファッションを買った消費、しかもできるだけ高級なものを買おうとした消費とは異なり、趣味的消費も脱消費的消費も、誰もが目で見て知っているような消費ではない。タワーマンションやBMWやルイ・ヴィトンのように目立たないのである。スマホの中でほぼ完結する消費もあるので、ますます目立たない。だがたしかに消費はされていて、すでにそれぞれがそれなりに大きな市場を形成している。

 それはいわば「地下消費」である。流行が細分化し地下化しているとも言える(「現代の闇市」かもしれない)。なにしろ暗渠やマンホールの蓋を見るために全国を旅する人がいるのである。まさに地下的だ! このように地下消費が同時多発的に流行するのが現代の消費社会であると言える。

『孤独とつながりの消費論』目次

序 消費は今、地下で拡大する
第1章 推し活は孤独者の宗教である
第2章 お笑いと美容も孤独が消費を増やす
第3章 一億総応援社会
第4章 昭和レトロは孤独な中年男性の癒し
第5章 古着が消費を変え、地方を再生する
事例レポート1 古着屋が街を変える
事例レポート2 地方移住──定年後に真鶴に住んだ男性は何を感じたか
あとがき

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