三浦展「東京田園モダン―大正・昭和の郊外を歩く」書評 発展する下町に社会改良への志
ISBN: 9784800310255
発売⽇: 2016/09/12
サイズ: 19cm/251,4p
東京田園モダン―大正・昭和の郊外を歩く [著]三浦展
著者は都市の消費文化研究が専門。戦後の東京都市圏が西へ広がるなかで、「山の手」的生活様式も変化しつつ西遷してきた過程などを調べてきた。
本書ではそんな調査の時代と方角をがらりと変え、現在の都区部がほぼ成立する1932年以前に遡(さかのぼ)り、東京が東から北へと広がる過程で「下町」が移動し、変化してきた経緯を辿(たど)る。
たとえば「生まれは葛飾、柴又」の寅さんのおかげで全国的知名度を持つ葛飾区は帝釈天で賑(にぎ)わうイメージが強いが、1920年の人口は3万以下。田園が広がるのどかな水郷地帯だった。そんな葛飾が新興の下町として発展するのは関東大震災後にセルロイド製品工場が進出してから。寅さん以外にキユーピー、バービー、リカちゃんなどセルロイド人形も葛飾生まれだったと本書で知った。
そして著者が「下町」で注目するのは「志」の高さだ。全国から労働者が集まり、貧困問題が発生すると救貧を目的とする「セツルメント」運動が展開された。非行少年への教育や孤児、障害者の養育施設作りに着手した事例も多い。こうした社会改良への旺盛な意欲は戦後の郊外ニュータウンではあまり見られない。
日本のニュータウン開発は「都市と農村の結婚」のコンセプトの下、ロンドン郊外に田園都市レッチワースをデザインしたレイモンド・アンウィンの影響を受けている。だがアンウィンは実は東京府が最初に指定した公園のひとつ、(現在の北区)王子の飛鳥山を高く評価し、自らの都市計画の範としていたという。
こうして「山の手」のニュータウンと「下町」の時空を跨(また)いだ意外な連続性が指摘される一方で、社会意識の欠落などの断絶面も明らかになる。「社会散歩」と称して各地の郷土資料館等を訪ねる著者の足取りは軽やかだが、東京だけでなく日本の都市全般の未来のために、ノスタルジーを超えて知っておくべき内容を多く含む一冊だ。
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みうら・あつし 58年生まれ。消費社会研究家。『スカイツリー東京下町散歩』『人間の居る場所』など著書多数。