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ノンバイナリーは、すぐそばにいる――「男」「女」の枠に収まらない、30人の人生に出会う

記事:明石書店

『ノンバイナリー――30人が語るジェンダーとアイデンティティ』(マイカ・ラジャノフ/スコット・ドウェイン編、山本晶子訳、明石書店)
『ノンバイナリー――30人が語るジェンダーとアイデンティティ』(マイカ・ラジャノフ/スコット・ドウェイン編、山本晶子訳、明石書店)

 近年、企業などのアンケートで回答者の性別を問う際に、「男」「女」のほかに、「その他」や「どちらでもない」「答えたくない」などの選択肢が設けられるようになってきた。男女以外の選択肢がなんのためにあるのか、疑問に思う人もいるかもしれない。しかし、男女どちらかを選ばなければならないことに違和感や苦痛を覚える人たちもいる。自らを「男」「女」の二枠に当てはまらないものと捉えているノンバイナリーの人々である。

 自分は女性とも男性とも異なると感じていた人は昔からいたはずであるが、可視化されるようになったのは最近のことだ。男女どちらかに属さなければ生きていけないと思い込まされていた人たちも、インターネットなどの通信網の発達により情報を得て、相互につながることができるようになった。

ジェンダーとは何か、そしてノンバイナリーとは?

 本書のイントロダクションは、犬の性別を飼い主に問う人の例を挙げ、ジェンダーとは何かを考えるところから始まっている。

私たちが知るかぎり、犬にはジェンダー・アイデンティティはない。ご褒美がもらえるなら、彼と呼ばれても彼女と呼ばれても気にしない。「男の子」か「女の子」か、という問いかけは、単にもっとも身近で基本的なジェンダーの図式である外性器を表現しているにすぎないのだ。その一方で、私たち人間にはジェンダーという「私たちの深い部分にひそむ自分は誰なのかという、身体のパーツを超越した感覚」がそなわっている。(p.17)

 この感覚に基づく認識をジェンダー・アイデンティティ(性自認)と捉えれば、「性自認」という言葉を不純な目的で異なる性別を自称するための手段とみなすような、一部での誤解もなくなるのではないか。

 では、ノンバイナリーとは何であろうか。

「ノンバイナリー」とは、バイナリー〔二元論〕ではないという意味で、ジェンダーに当てはめれば、男性と女性の枠に収まらないことを指している。ノンバイナリーはバイナリーではないと表明して、その立場を明らかにしているのである。(p.20)

 とはいっても、抽象的な説明だけではノンバイナリーとはどんな人たちなのか、イメージできないだろう。本書を開けば、同時代を生きる多くのノンバイナリーたちに出会うことができる。

多種多様なノンバイナリーたち

 本書はノンバイナリーたち30人のエッセイを集めたアンソロジーである。身辺雑記風の読みやすいエッセイ、メッセージ性の強い歯ごたえのある文章、幻想小説のような少し不思議な味わいの自伝など、多彩な作品を収める。ほとんどが当事者によるエッセイだが、ノンバイナリーの子をもつ母親も寄稿している。

 登場するノンバイナリーたちは、10代から50代までと幅広く、人種や職業もさまざまだ。生まれたときに男性あるいは女性という性別を割り当てられたのち、それぞれの過程を経てノンバイナリーにたどり着いた。ホルモン療法や外科手術を受けている人もいれば、そうでない人もいる。服装や髪形や立ち居振る舞いも、女性的な人、男性的な人、いろいろな要素を組み合わせている人など、実に個性豊かだ。

ノンバイナリーは人間の可能性を広げる

 長年当たり前だとされてきた男女二元論からの脱却が進む中で、足元が崩れるような不安を感じる人もいるかもしれない。しかし、ノンバイナリーの存在は男性や女性のアイデンティティを否定するものではなく、むしろその可能性を広げるものである。

 第11章の筆者で、ペンギン・ランダムハウス社からノンバイナリーと公表して本を出した初めての作家であるジェフリー・マーシュは次のように記している。

私はあなたからあなたのジェンダーを奪いたいのではない。ジェンダーの役割を廃止したいとも思っていないし、ジェンダーのルールだってあっていいと思っている。私がどうしてもなくしたいのは、現在のジェンダーの考え方を証拠もなしに正しいと決めてかかることだ。そしてそれをやめさせようとするときに、私のアイデンティティが最大にわくわくするのだ。(中略)もしあなたが男性で、男性という言葉が大好きで聞いて心地よいなら、あなたがあなたであることを楽しんでほしい。私はそれを願っている。(p.149)

 ノンバイナリーたちが求めるのはジェンダーを撲滅することではなく、選択肢を広げ、解放することなのだ。なにより、ノンバイナリーたちの率直な言葉に触れることで、かれらが他者に脅威を与える存在ではなく、悩み苦しみながら幸せを求めて日々を生きている人々であると理解できるだろう。

 本書の編者のひとりであり、研究者やライターとして活動するマイカ・ラジャノフが日本の読者にあてたメッセージに、以下のような一節がある。

日本のみなさんに個性豊かなこれらのストーリーが届けば、大きな変化が訪れるでしょう。より多くのノンバイナリーたちがこの本を読むようになれば、かれらは存在が認められていると感じ、自分のジェンダーを表現するのを恐れなくなるでしょう。そして周囲の人たちは気づくのです。LGBTQ、トランスジェンダー、ノンバイナリー、ジェンダークィアとして生きているのは、「むこう」――どこかよその国――の人々ではなく、まさしくここ、自分たちの地域社会に住む、隣人、同僚、友人、家族、愛する人なのだと。親愛なる読者のみなさん、大きな変化は、まさしく「ここ」で、あなたから始まるのです。(p.403)

 訳者の山本晶子さんは、身近なトランスジェンダーたちを励ましたいという思いで、英米で刊行された関連書籍を探す中で本書の原著に出会ったという。自身もノンバイナリーである担当編集者の私も、山本さんの翻訳に伴走することで大いに勇気づけられた。本書をきっかけに日本でも多くのノンバイナリーたちが語り始め、世の中を変えていくことを願ってやまない。

文:辛島 悠(明石書店)

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