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ノンバイナリーってどういうこと? heでもsheでもない、theyたちの話

記事:明石書店

『ノンバイナリーがわかる本』(明石書店)。イエロー・ホワイト・パープル・ブラックは、ノンバイナリーを表す旗に使われる四色。
『ノンバイナリーがわかる本』(明石書店)。イエロー・ホワイト・パープル・ブラックは、ノンバイナリーを表す旗に使われる四色。

そもそもノンバイナリーとは?

 多くのアイデンティティの中で最も一般的なのは「男性」や「女性」といったアイデンティティでしょう。本書では、ノンバイナリーを多くのジェンダー・アイデンティティの中の一つとして説明しています。概して言えば(そして本書の目的に沿って言えば)、「ノンバイナリー」とは、「男・女」「彼・彼女」「男性・女性」のようなバイナリーのどちらか一方にとらわれないすべてのジェンダー・アイデンティティを指しています。(p.25)

 「ノンバイナリー(nonbinary)」は英語圏から広まった用語で、日本では、ほぼ同じ意味で「Xジェンダー」という言葉も使われています。どちらの言葉も学術用語や医学的な診断名ではなく、当事者たちの間で具体化されてきたものです。

 ノンバイナリーはジェンダー・アイデンティティ(本人がそうであると認識する自分のジェンダー。性自認、性同一性とも訳される)やジェンダー表現(ジェンダー・アイデンティティの外見、服装、言葉や身振りの特徴などによる表し方)に関する用語であり、身体的に男女どちらかに分類しにくいインターセックスとは異なります。

 出生時に割り当てられた男女いずれかのジェンダーと自認とが一致しないというと、多くの方はトランスジェンダーを思い浮かべるのではないでしょうか。トランスジェンダーの中には、男性や女性だけではなく、ノンバイナリーを自認する人もいます。広義のトランスの傘の下にノンバイナリーを含める分類方法もありますが、自分をトランスジェンダーであると捉えていないノンバイナリーの人も多くいます。

 身体的性の特徴を中和するなどの目的で、外科手術(乳房切除術など)やホルモン治療を希望するノンバイナリーの人もいます。一方で、医療的な処置を必要としない人もいます。医療の必要性には個人差があり、これはトランスジェンダーの場合も同様です。手術やホルモン治療を受けていないからといって、ノンバイナリーやトランスの度合いが低いなどということはありません。

 男性や女性が一人ひとり違っているように、ノンバイナリーの人々にも多様性があるのです。

出生時に割り当てられた性別を表す用語「AMAB/AFAB」

 本書『ノンバイナリーがわかる本』では、ノンバイナリーや多様なジェンダーについて論じる際に役立つ用語や情報が多数紹介されています。たとえば、AMAB/AFAB(assigned male at birth/assigned female at birth)という用語は、出生時に男性の性を割り当てられること/出生時に女性の性を割り当てられることを意味します。病院の診察券などで出生時にあてがわれた性別についての記載が必要となるときに「AMAB/AFAB」のような中立的な用語が使われていれば、単に「男/女」「M/F」のどちらかで表されるよりも、ノンバイナリーの人にとってはかなり抵抗が少なくなるのではないでしょうか。

 本書ではパンセクシュアル(全性愛)、アセクシュアル(他者に性的に惹かれない)といった性的指向や、時々ジェンダー・アイデンティティが変わるジェンダーフルイドやジェンダーフラックスなどのアイデンティティについても、ノンバイナリーとの関係で述べられています。ノンバイナリーを象徴するジェンダー中立の代名詞「they」や、「ey」「ze」といった「新代名詞」に関しても詳しい解説がなされています。

ジェンダーにとらわれないために、ジェンダーと向き合う

 『ノンバイナリーがわかる本』の著者エリス・ヤングは、ノンバイナリーでトランスジェンダーの作家です。米国で生まれ育ち、現在は英国を拠点に活動しています。エリスは子どもの頃から「周囲の大人から期待される振る舞い、服装、話し方、遊び方などが自分には、そぐわない」と気づいていました。成長するにつれ「他人の前で自分を男女のどちらかに見せなくてはならないこと、そしてどちらの場合であっても、じろじろ見られたり、からかわれたり、暴力にさえ耐えなくてはならないこと」にストレスを感じるようになり、うつや不眠といったメンタルヘルス不調を経験しました。エリスは、自身について次のように語っています。

 私にとって自分を単に男性として、あるいは単に女性として表現するという考えは、自分が誰であるかという本質的な部分を消し去ってしまうことです。私は他人のジェンダーを妬むことは決してありません。多くの人が考えるようにノンバイナリーの人はジェンダーを「禁止」しようとしているのではありません(そんなことは可能ではありませんし)。男か女かということではなく、私は自分を、文章や料理への愛情や、将来への恐れや野望といったことを通して理解したいのです。できることなら「ジェンダー」をすっかりやめてしまいたい。脱皮して古い肌を捨てて、ただの自分になりたいのです。
 しかし、ジェンダーを捨て去るためには、――実際そんなことが完全にできるかどうかわかりませんが――長い間、ジェンダーについてだけひたすら考えなくてはなりませんでした。(p.17)

 エリスがノンバイナリーであることを伝えると、母は「お前はママの娘なのに」と泣いたそうです。しかし、二人で話し合うことによって母はエリスを理解するようになりました。

 エリスは服装やホルモン療法による声や顔の変化のために、現在では周囲から男性と思われることも女性と思われることも同じくらいあるとのことです。

ノンバイナリーという概念に救われた

 エリスは自らもインターネットを通して当事者のコミュニティを見つけてきましたが、インターネット上の情報は玉石混淆で、誤った内容や一貫性のない場合も多いことから本書の執筆を思い立ったといいます。私(日本語版担当編集者)が本書を日本に紹介したいと考えたのも、同様の理由からです。

 日本でも、当事者が声を上げることで、アンケートなどの性別欄に男女以外の選択肢が作られるようになってきました。今後、パスポートやマイナンバーカードの性別記載のあり方も変えることができるかもしれません。私は、この本を世に出すことでノンバイナリーの認知度がさらに高まり、脱二元論の流れを後押しできるのではないかと考えました。

 「自分がLGBTQ+のどこに当てはまるのかずっと悩み続けてきたけれど、やっとノンバイナリーに行きついた」。本書の訳者である上田勢子さんによるあとがきに登場する、当事者の言葉です。私もまた、ノンバイナリーという概念に救われた一人です。ノンバイナリーは、男女どちらかを自認しなければならないという重圧から私を解放してくれました。

 本書が男女二元論に疑問を感じている方々、ジェンダーやセクシュアリティの問題に悩んでいる方々、ノンバイナリーの人を理解し共存したいと思う方々のお役に立てば望外の喜びです。

文:辛島 悠(明石書店)

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