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ブルシット・ジョブから脱却する3つの約束 ラトゥーシュ『脱成長がもたらす働き方の改革』

記事:白水社

ブルシット・ジョブから脱却するためには……より少なく働くか、働き方を変えるか、あるいはまったく働かない! セルジュ・ラトゥーシュ著『脱成長がもたらす働き方の改革』(白水社刊)は、気候変動やリモートワークの時代の「働き方改革」を唱え、労働の在り方を問う。
ブルシット・ジョブから脱却するためには……より少なく働くか、働き方を変えるか、あるいはまったく働かない! セルジュ・ラトゥーシュ著『脱成長がもたらす働き方の改革』(白水社刊)は、気候変動やリモートワークの時代の「働き方改革」を唱え、労働の在り方を問う。

セルジュ・ラトゥーシュ(Serge Latouche、1940年生)[original photo: Niccolò Caranti – CC BY-SA 3.0]
セルジュ・ラトゥーシュ(Serge Latouche、1940年生)[original photo: Niccolò Caranti – CC BY-SA 3.0]

 ピエール・カルルの映画『危険な労働に気をつけろ』のチラシには、1968年のシチュアシオニストのスローガン「若者よ、働くな!」が再び採用されている。

 

【Attention Danger Travail - BANDE ANNONCE】

 

このスローガンは、カール・マルクスの娘婿ポール・ラファルグの代表作『怠ける権利』の諸々のテーマを想起させもする。「退却せよ! 労働の世界を唯一の希望……定年退職と同一視してはならない。定年退職を勝ち取るためにあなたの人生を失ってはならない。あなたの人生を夢見る代わりに、あなたの夢を今すぐ生きなさい。賃労働という奴隷制度はくそくらえ! オルタナティブなライフスタイルを生きるのだ!」という贅沢な言葉とともに。

 

【PAUL LAFARGUE : LE DROIT À LA PARESSE】

 

討論への参加に招待された私は、この問題に関する議論が賃労働制度の支持者とその敵との間で大きく意見を分かつことを確認することができた。多くの人々にとって、「働き方を変える」とは撞着語法であり、矛盾、すなわち鯉とウサギを結婚させるようなものに映るのだ。他方で、ある人々にとっては労働の放棄は常軌を逸した行為に思われるのである。

 後期近代の3つの約束、すなわち「豊かな社会のおかげでより多く稼ぎながらより少なく働く」「余暇文明の恩恵を受けてより快適に働く」「新技術の恩恵を受けてまったく働かない」は、資本主義経済のなかで暮らす限りは完全に幻想だ。だが反対に脱成長は、これら裏切られた約束を実現することができるかもしれない。脱成長は、労働の量的削減と質的転換を同時に意味し、賃労働関係の廃止を達成する。

 

【Serge Latouche explique la décroissance】

 

 我々が暮らす経済成長社会は生産力至上主義と消費主義的経済に支配されている。この社会では、労働時間の短縮、もしくはより少なく働くことは、週35時間労働法案が示すように社会的闘争によって獲得されうる。しかしこの事例は、労働時間短縮が労働の集中度に対するより強い圧力(単位時間当たり生産性の増加)へと転換することを示している。すなわち労働時間短縮は一時的かつ不安定なものであり、結局のところ、解放された時間がイヴァン・イリイチの言う「シャドウ・ワーク」(通勤時間の増加、事務仕事の外部化)に回収されるか、気晴らしのためのエンターテイメント市場(テレビ、商品化されたレジャー)の餌食になってしまう。労働時間の大胆かつ必要な短縮は、経済を動かす「オペレーション・システム(OS)」と経済競争への執着、すなわち経済成長社会の論理との決別によってのみ実現可能となる。

イヴァン・イリイチ(Ivan Illich、1926─2002年)[original photo: Adrift Animal – CC BY-SA 4.0]
イヴァン・イリイチ(Ivan Illich、1926─2002年)[original photo: Adrift Animal – CC BY-SA 4.0]

 経済成長社会のなかで労働の中身、すなわち働き方を変えることは決して不可能ではない。リモートワークや独立起業家など、一見すると革新的に見えるが間違ったモデルが存在する。また、南側諸国のインフォーマル経済や北側諸国の社会的連帯経済など離反的な経済活動を受け入れる傾向もある。大なり小なりやむをえない状況から生じているそのような状況のなか、アソシエーション、共済組合、協同組合などのオルタナティブな経済活動が増加している。だが市場経済と併存するこの限定的な経済活動は、有機農業やケアサービスなど、一時的に発生するニッチでしか存続できない。しかも、信用共済組合・保険共済組合、シェアリング・エコノミーのように、消滅の危機に瀕するか、市場経済に回収されてしまう脅威に常に晒されている。ここでもまた、支配的な経済システムとの決別なしに真のオルタナティブは実現しない。

 第三のフロンティアである賃労働の廃止、まったく働かないことについて考えてみよう。賃労働の廃止は、活動的連帯所得手当(RSA)が働かなくても生存できるベーシック・インカムの先駆けになると考えない限り、生産力至上主義的な社会での実現はありえない。約束は存在するものの、我々が前進すればするほどその実現は常に遠ざかる。機械時代の始まり以来、労働から解放された世界というユートピア、さらには余暇文明の到来というユートピアが絶えず予言されてきた。ロボット化やAIの進化にともない、その声は一層高まっている。だが我々が目の当たりにしているのは、人類学者デヴィッド・グレーバーが「ブルシット・ジョブ」と非難した類いの労働の拡大である。トランスヒューマニズムの予言者たちは、普通の人間である大多数の人々の隷属状態が強化されると予想している。つまり多くの人々は、トランスヒューマニズムの教祖の一人の巧みな表現によると、低水準のベーシック・インカムによって生存する「未来のチンパンジー」となる宿命にある。他方で、多額の収入を得る「サイバー人間」のエリートたちは、最善世界の管理のために働くだろう。ここでもまた、経済成長社会との決別なくして真の解放は存在しない。

デヴィッド・グレーバー(David Graeber、1961─2020年)[original photo: David Graeber – CC BY-SA 4.0]
デヴィッド・グレーバー(David Graeber、1961─2020年)[original photo: David Graeber – CC BY-SA 4.0]

 賃労働に基づかない社会活動を自主的に選択することで人類が成熟する道は、脱成長の企図によって予見されている。その道は、経済パラダイムの外部で発明されるべきだ。

【『脱成長がもたらす働き方の改革』所収「序章」より】

『脱成長がもたらす働き方の改革』(白水社)目次より 巻末には、訳者による「解説 労働と脱成長──気候変動・パンデミック・戦争の狭間で」を収録。
『脱成長がもたらす働き方の改革』(白水社)目次より 巻末には、訳者による「解説 労働と脱成長──気候変動・パンデミック・戦争の狭間で」を収録。

 

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