1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. SNS依存社会で数値化される「個性」とは? ダニエル・コーエン『AI時代の感性 デジタル消費社会の「人類学」』

SNS依存社会で数値化される「個性」とは? ダニエル・コーエン『AI時代の感性 デジタル消費社会の「人類学」』

記事:白水社

より創造的に、対話するために! ダニエル・コーエン著『AI時代の感性 デジタル消費社会の「人類学」』(白水社刊)は、DXとともに「自己同一性」の揺らぎが認められる時代、デジタルには生成しえない感情の重要性を説く。
より創造的に、対話するために! ダニエル・コーエン著『AI時代の感性 デジタル消費社会の「人類学」』(白水社刊)は、DXとともに「自己同一性」の揺らぎが認められる時代、デジタルには生成しえない感情の重要性を説く。

イントロダクション

 大ヒットしたイギリスのテレビドラマ・シリーズ『ブラック・ミラー』に次のようなエピソードがある。ある若い女性が妊娠したと知った日、夫が交通事故で死亡した。AI(人工知能)は、死んだ夫の電話の会話、動画、電子メールを詳細に調べ上げ、デジタル技術によって死んだ夫を完璧に蘇らせる。こうして蘇った夫は、彼女の投げかける質問によどみなく答える……。想像しうる近未来を描き出すこのシリーズでは、新たな技術の限界を見出すのではなく、そうした技術を受け入れるわれわれの許容度を探る。つまり今後、障害となるは技術的な問題ではなく、社会的、心理的な問題になるという想定だ。

 

【Black Mirror「Be Right Back」Teaser - Channel 4 Entertainment】

 

 死者の「歴史」を調べ上げて蘇らせるというアイデアは、不気味であると同時に信憑性がある。AIを搭載するソフトウェアは、利用者の人格に潜入し、利用者の声質、表情、言葉遣いの特徴、そして気質や願望を把握する。今日、多くの企業や大学がオンラインで採用活動や出願受付を行なっており、志望者の人数は数万人にもおよぶことがあるため、志望者はAIによって絞りこまれる。最終段階である人間の面接官に会えるのは、ごく一握りの志望者だ。

 恋愛にもこうした仕組みが活用されている。社会学者エヴァ・イルーズ〔1961-〕が詳述するように、恋愛関係はティンダーのような出会い系サービスを提供するソフトウェアによって産業化された。相手を口説く時間は短縮され、愛は「一発やる!ジャスト・ファック」ことに成り下がった。

original photo: Tumisu – Pixabay
original photo: Tumisu – Pixabay

 新たなアルゴリズムは、われわれの感情、欲望、不安を操り、人間関係を一変させる。こうして、新たな経済、新たな感性、新たなイデオロギーが登場する。産業革命時と同様、社会とその表象は、デジタル革命によって根底から見直されている。

 新たな社会では、掃除機や洗濯機などのモノを購入するのではなく、個人であれ集団であれ、自身の幻想を消費することが目的になる。経済学風に言えば、デジタル革命は「ポスト工業化社会の産業化」だ。すなわち、土地を耕したりモノを製造したりするのではなく、人間の身体や想像力、つまり、人間そのものを相手にすることが活動の本質になる。その証拠に、オンライン上では、娯楽、教育、医療、求愛などが、低コストで利用できるようになった……。

 この大変革の触媒になったのがコロナ危機の拡大だった。コロナ危機の勝者は、アマゾン、アップル、ネットフリックスなどの企業だった。外出禁止期間中、これらの企業の時価総額は急増した。これらの企業により、テレワークが可能になり、店に行かなくても買い物ができるようになり、劇場やコンサート会場に出向かなくても気晴らしができるようになった。

 デジタル資本主義の狙いは、身体的な相互作用コストの削減であることが明らかになった。デジタル資本主義は、収益を生み出すために人間関係から肉体を奪い、人間関係を非物質化する。

 アルゴリズムが社会で担う役割は、過去に労働組織において組み立てラインが果たした役割と同じだ。最適化されるのは身体の管理だけでなく、人間の魂や心も「テーラー化」される。検索エンジンは、気に入ってもらえるだろう出会い系サイトやオピニオンサイトへとネット利用者を誘導し、彼らを新たに誕生したデジタル・ゲットーに幽閉する。新たな資本主義は人間関係の「効率的な管理」に固執する一方で、非合理的で直情的なホモ・ヌメリクス〔デジタル人間〕をつくり出す。

Artificial Intelligence Big Data Analysis processing. Hitech Digital Technology Neural Network concept. People working with charts analyzing Business Statistics Analytics Computing Center 3D rendering[original photo: Sentavio – stock.adobe.com]
Artificial Intelligence Big Data Analysis processing. Hitech Digital Technology Neural Network concept. People working with charts analyzing Business Statistics Analytics Computing Center 3D rendering[original photo: Sentavio – stock.adobe.com]

 認知神経科学者ミシェル・デミュルジェ〔1965-〕は『デジタル馬鹿』〔鳥取絹子訳、花伝社、2021年〕において、「画像、音、誘惑の洪水は、集中力の欠如、多動性障害、中毒症状を引き起こす」と論じている。ソーシャル・ネットワークは新たなアゴラ、つまり、アイデアの流通および交換といった議論の場になるどころか、人々の論争を過激化させている。こうした新たな「会話」では、敵に対するヘイトスピーチが横行する。ネットで検索するのは情報ではなく信念だ。信念は一般的なモノと同じように消費される。劇作家ルイジ・ピランデルロ〔1867-1936〕の戯曲のように、誰もがデジタル百貨店で自分に都合のよい「真実」を見つけ出すのだ。

 テクノロジーだけが文明の鍵を握っているという決定論を妄信してはいけない。現在進行中の変革を理解するには、この変革に至るまでの歴史的な推移に目を向ける必要がある。デジタル革命により、企業、労働組合、政党、メディアなど、工業社会を構築していた組織制度は崩壊寸前だ。この過程自体は1980年代のリベラル化がもたらした直接的な産物であり、あらゆる分野において、市場拡大、競争原理の導入、仲介組織の排除が試みられた。

 製造業に従事する企業は組織を再編成する過程において、作業の外部委託と報酬の個別化を検討している。コロナ危機が残した遺物のなかでも最も続くと思われるテレワークも、そうした再編成の過程の一部だ。

 デジタル社会は奇妙なことに、1960年代のカウンターカルチャー、そして権力や制度といった垂直方向の社会構造に対する批判を糧にしている。自由主義革命に敗れた60年代の精神は、ソーシャル・ネットワーク内を亡霊のようにさまよい、ソーシャル・ネットワークが体制側となったにもかかわらず、これらのネットワークに反体制的な空気を醸しだそうとしている。

ダニエル・コーエン『AI時代の感性 デジタル消費社会の「人類学」』(白水社)目次より
ダニエル・コーエン『AI時代の感性 デジタル消費社会の「人類学」』(白水社)目次より

 アメリカの思想家フレドリック・ジェイムソン〔1934-〕がポストモダンについて語ったように、現在進行中の移行は、文化革命時の言葉を用いながらその革命の政治的な失敗を「取り繕っている」。年老いたイサクなら「それはボブ・ディラン〔1941-〕の声だが、マーガレット・サッチャー〔1925-2013〕の手だ」と呟いたに違いない。

 このような奇妙な親を持つデジタル人間は、孤独とノスタルジー、そしてリベラルで反体制的な精神をあわせ持つ。デジタル人間は、架空の共同体をつくり出して孤立から逃れようとする個人の集合体となった社会の罠に嵌った。

 「一人の人間がさまざまな会話に並行して参加できる社会」というのは神話に過ぎない。「黄色いベスト運動」〔2018年に起きたフランス政府への抗議運動〕の参加者たちは、社会的な孤独は最も深刻な悪だと声高に主張した。フランス社会学の創始者デュルケーム〔1858-1917〕によると、社会的な孤独こそが自殺の原因だという。参加者たちはバーチャルな絆では人間同士の生身の欲求を癒すことができないと訴えた。

 フランスの精神分析家ピエール・ルジャンドル〔1930-2023〕は、「人間は精神的な才覚を超えて暮らしている」と評した。この寸言は次のように言い直すことができる。「人間は精神的なものであれ環境的なものであれ、自分たちの才覚を超えて暮らしている」。

 今世紀初頭から勃発する数々の大災害からは、「現実の世界」が変調をきたしていることがわかる。コロナ危機やウクライナ戦争といった大惨事が続発すると、われわれは現実の暮らしがビデオゲームではないと思い知った。

Social network concept[original photo: inspiring.team – stock.adobe.com]
Social network concept[original photo: inspiring.team – stock.adobe.com]

 よいニュースとしては、われわれが暮らしているのはテレビドラマ・シリーズのSFの世界ではないということだ。われわれの暮らしはテクノロジーの支配下にあるわけではない。テクノロジーの役割は社会的な傾向を増幅させることだ。つまり、テクノロジーは、われわれの潜在的な欲動を具体化するが、そうした欲動を生み出しはしない。

 デジタル革命は、胸躍る道筋を標榜しているとも言える。それはあらゆる意見が聞き入れられる世界に向かうという道筋だ。デジタル革命が探求するのは文明史上前例のない新たな暮らしであり、それは水平的かつ世俗的であろうとする社会だ。つまり、それは工業社会のような垂直構造型の社会や農耕社会のような宗教社会ではなく、迷信は別としても狩猟採集民の社会に近いのかもしれない。

 こうしたユートピアが意味することを理解するだけでも長い道のりだ。ソーシャル・ネットワークは、ユートピアを実現するためのツールになるが、われわれはこれらのツールの使い方を根本的に変えなければならない。すなわち、この挑戦に取り組む際には、自分たちが抜け出したい社会が提供する手段を用いて望ましい社会を構想するという、途方もない想像力が必要なのだ。

 

【ダニエル・コーエン『AI時代の感性 デジタル消費社会の「人類学」』イントロダクションより全文紹介】

 

*日本語版刊行直前の2023年8月20日、ダニエル・コーエンさんはパリにて永眠されました。その大いなる功績を偲び、ここに謹んで哀悼の意を表します。

 

【著者動画(2022年):"Homo Numericus, la "civilisation" qui vient" - Daniel Cohen】

 

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ