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フェイクニュースと戦う世界のジャーナリストから受ける指南

記事:明石書店

『ユネスコ フェイクニュース対応ハンドブック――SNS時代のジャーナリズム教育』ユネスコ編、加納寛子監訳
『ユネスコ フェイクニュース対応ハンドブック――SNS時代のジャーナリズム教育』ユネスコ編、加納寛子監訳

民主主義社会を揺るがすフェイクニュース

 生成AIが衝撃的なデビューをし、2023年は猫も杓子もAIで持ちきりになった。「杓子を追いかける猫」と入力すれば、その絵を瞬時に産出し、「杓子を追いかける猫の話を書いて」といえば、瞬時に物語を書いてしまう生成AIは、新しいおもちゃが発売されたような興奮を持って日本では受け入れられた。経済の停滞で「失われた30年」を取り戻すチャンスと、AI技術を用いた技術開発とその市場展開にも追い風が吹いている。

 しかし景気の良い話ばかりではなく、各国元首のフェイク動画も多く作られ、実際には言っていないことが加工された動画で実しやかな動画として流通している。2024年は世界各国で選挙が多く行われる注目の年と言われており、少なくとも64の国で行われる国政選挙で世界のおよそ49%の人が選挙投票する機会があるとされている(注1)。2023年に実施されたアメリカの調査(注2)によれば、アメリカの有権者のうち、4人に3人はバイデン大統領やトランプ前大統領のディープフェイク動画を見たことがあると言っており、本当は発言していないことなのに、まるで言っているかのように加工する偽の動画を見ることで、候補者についての自分の考えを疑わされた、と81%の人が答えている。AIによるディープフェイクの動画を見て、投票する候補者を実際に変更したと答えた人も実に36%もいた。

AIで生成されたトランプ元大統領のフェイク写真 出典:https://www.thetimes.co.uk/article/ai-deepfake-avatar-donald-trump-htlxp77jl
AIで生成されたトランプ元大統領のフェイク写真 出典:https://www.thetimes.co.uk/article/ai-deepfake-avatar-donald-trump-htlxp77jl

 このようなデジタルメディアの発達は、まさに民主主義の根幹を揺るがす可能性があり、危機感を募らせている研究者も多い。SNSによって政治に関する知識の入手、政治への参画が簡単にできるようになり、民主的議論を促進するものと肯定的に捉える声がある一方、政治不信、ポピュリズムの台頭、情報流通経路の分極化、ユーザーそれぞれが傾倒する政治的言説にのみ触れるエコーチェンバー現象への懸念は、2017年の米国大統領選挙で正夢になったことは周知の事実だ。伝統的メディアとされる新聞やテレビが新興メディアの勢いに押され、人々がニュースを入手する方法が多様化し、まさに異種混淆が進んでいるメディア空間において、誤情報の見極め方を知りたい読者は多くいる。そのような人たちに役立つのが、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関、UNESCO)がウェブ上で公開しているJournalism, fake news, disinformation という手引き(注3)の日本語版である。

 ユネスコは、AIのもたらす社会的影響について、さまざまな政府機関に先駆けて積極的に発信してきた。人間の安全保障とAIとの関係性について早くから注目し、AIが持続可能な開発目標(SDGs)へどのような影響をもたらすのかと注目してきた。特に、情報セキュリティと安全性、プライバシー保護、責任あるAI、説明責任や透明性、差別や格差を助長しないために平等が担保されるAIの社会実装やガバナンスについて提言をしてきた。ユネスコの行ってきたAIに関する啓蒙活動の一環として加わったのが本書である。

SNS時代、AI時代だからこそ、誤情報・偽情報を対治するための実用書

 フェイスブックが始まったのが2004年、ツイッター(現在 “X”)が始まったのはその2年後で、2012年には毎日1億人が3.4億件のつぶやきを発信するまでに拡大した。そして、SNSで情報が拡散できるようになったことで、情報の流通経路や情報量だけでなく、発信者が大きく変化し、誰でもどこでも手軽に(チェックを受けずに)情報を発信することが可能になった。

 したがってSNSで流通する大量の情報には、誤情報や偽情報も含まれる。誤情報は、発信している本人、情報の流通に加担している本人は真実だと信じて流してしまっている誤った情報を指す。それに対して、偽情報は、誤りだと知っていながら嘘を意図的に拡散することで悪意ある情報操作の行為とされている。フェイクニュースという言葉は、この誤情報と偽情報をいっしょくたに扱うため、議論が混同する要因になると、本書は指摘する。

 本書は「ハンドブック」というだけあり、実用性を重視した仕立てになっている。「発見的教育モデル」という学修モデルを採用しており、ジャーナリズムを学びたい人たちの手引きとして役立つようなカリキュラムとして組み立てられている。各章を「モジュール」(単元)と見なし、またモジュールはいずれも同じ形をとっており、冒頭で概念や状況について説明があったあと、モジュールの目的、期待される学修成果、演習の主題とステップ、そして参考文献で構成されている。

 全部で7つのモジュールで構成されており、最初の3章が方法論で、残りの4章が実践編である。

 方法論では、真実と信頼がどうしてジャーナリズムに重要なのか、誤情報と偽情報そして悪意のある情報の産出といった「情報障害」の形態について、そして誤情報や偽情報が蔓延してしまう現在のニュース業界の状況について、整理されている。後半の実践編では、誤情報・偽情報をメディアリテラシーの涵養という武器で戦うメディアについて、ファクトチェックの方法、SNS上の情報源と映像コンテンツの検証方法について触れたあと、最後に、ジャーナリストがネット上での誹謗中傷の標的とされてしまった時のための対応策について学ぶ単元で締めくくっている。

 各モジュールは、イラン系カナダ人のライター、オーストラリア国営放送のジャーナリスト、南アフリカやレバノンのジャーナリスト、オックスフォード大学やハーバード大学のジャーナリズム研究者など、メディアの世界各国でジャーナリズムの信頼性維持に携わる専門家によって執筆されている。

 単純に誤情報、偽情報、そして事実を見極める方法を学習するだけではなく、ジャーナリズムがどうして民主主義的な社会の営みのために重要なのか、そして民主主義社会を守るためにジャーナリズムは何をすべきか、という抽象的な問いも具体例を交えて、わかりやすく示してくれているのが本書である。ジャーナリズムの世界に飛び込みたいと思っている高校生、大学生に良質の教材であるし、また誤情報偽情報に惑わされたくないニュースの受け手にも有益な示唆をふんだんに含んでいる。

参照

(1)https://time.com/6550920/world-elections-2024/ (閲覧日 2024.1.18)
(2)https://www.homesecurityheroes.com/ai-deepfakes-in-2024-election/(閲覧日 2024.1.18)
(3)https://en.unesco.org/sites/default/files/journalism_fake_news_disinformation_print_friendly_0_0.pdf

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