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「現代韓国」紹介の変遷を振り返る―― 『現代韓国を知るための61章【第3版】』刊行によせて

記事:明石書店

釜山の海辺を走る海雲台スカイカプセル。背景に韓国第二の都市の姿も写る(撮影:小島春恵)
釜山の海辺を走る海雲台スカイカプセル。背景に韓国第二の都市の姿も写る(撮影:小島春恵)

 現代韓国を知るための入門書である『現代韓国を知るための61章』は今回の刊行で第3版となった。「エリア・スタディーズ」という世界を網羅したシリーズの中でも、「現代韓国」は6番目で、隣国として当初から重要な地域と考えられていたのだと思う。あらためて2回の改訂をかえりみると、日韓関係と時代の変遷を感じることができる。

「ヨン様」以前の韓国から

 初版は2000年に『55章』として刊行された。この時はまだ「ヨン様」以前である。この「ヨン様」というペ・ヨンジュンをさす言葉についても、ドラマ「冬のソナタ」放送を通じて韓流の象徴的な名前になったが、すでに2020年代の若者は「ヨン様」をあまり知らない。時代の変化は早い。1990年代に話を戻すと、日本で韓国に対する関心が高まってきたとはいえ、今日のような広がりはなかった。本のモードは韓国に親しみを持ってほしいというもので、「韓国のなりたち――分断と発展」「人が暮らす、社会を動かす」「伝統世界から新世代まで」という3部構成であった。大学の授業において知っている韓国人の名前がどれくらいあるかきいてみても、日本人学生たちから出る名前はせいぜい98年に就任した金大中大統領くらいであった。「ニュージーンズ」の誰が好きか、といった質問が成立する今とは比べようがない。

韓流ブームの到来とヘイトスピーチ

 第2版が出た2014年には状況が変わっていた。2002年のサッカーW杯日韓共催を契機に、日韓の交流はこれまでになく活性化し、韓国ドラマ「冬のソナタ」の日本における放送をきっかけに、ヨン様ブームが到来、韓流の風が吹くようになる。韓国に関心を持つ人、言葉を学ぶ人が増えた。韓国を繰り返し訪問するのも普通のことになり、韓国のいろいろなドラマ、スターに関心が集まった。第二次韓流ブームと呼ばれる韓国の歌を中心とした流行では東方神起や少女時代が注目の的になった。だがその一方で、南北朝鮮や在日コリアンに対するヘイトスピーチも拡散した。朝鮮民族への差別は近代以降、久しく続いてきたものだが、それがインターネットの普及、SNSの広がりという条件の下、ありもしないことまでも、まことしやかに拡散されるあやうい水準になっていった。こうした状況下においては、より基本的で正確な情報を伝えることが求められていると考え、第2版は「政治」「社会」「経済」「文化」という構成の『60章』に組み替えた。

 その後、日韓の政府間関係は悪化したといわれたが、民間の交流はさらに活発化した。2020年からは新型コロナウイルス流行により人的往来はむずかしくなったが、家で過ごす時間が増えた条件が、逆に「愛の不時着」に代表されるような韓国ドラマを日本社会に知らしめる結果をもたらした。もちろんそれは偶然ではなく、韓国文化自体の面白さを知る機会がそれまで少なかった(あるいはヘイトスピーチによってそうした機会が委縮していた)状況が変化したのである。韓国の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でベストセラーになったのも、日韓の共通性に気づくことで、韓国の文学に共感できるものを感じる日本の人びとが増えた証であろう。

国際化する韓国文化――【第3版】の魅力

 こうして今回2024年に刊行した第3版は『61章』となり第2版と同じ4部構成でリニューアルされた。本書の特徴は、61章というタイトルからもわかるように、細かい章立てにある。例えば韓国の歌でいえば、20世紀には韓国の歌はみな演歌調だといった俗説が信じられていたが、今やK-POP第4世代といわれるグループが登場し世界の人びとを引き付ける時代になっている。そこで、韓国の近代音楽の流れを解説した第50章と近年のK-POPを紹介する第51章を置いた。もちろん、K-POPひとつとってももっと書きたいことはあるが、膨大な辞典のようになってしまうので、後は読者の皆さんの好みで調べ、楽しんでくれればうれしい限りだ。

 新しい韓国文化を伝えることについてもページを割いた。ウェブ上で楽しむ「ウェブトゥーン」というマンガは、IT大国の韓国で広く楽しまれ、日本のマンガにも大きな影響を与えている。韓国では日本のようにたくさんのマンガ雑誌がなく、多様な作品の展開にとっての制約となっていたが、今やウェブトゥーンがドラマや映画の原作にもなり海外からも注目されて、新しい時代を迎えている。韓国のミュージカルも発展が目覚ましく、海外作品のライセンス公演から創作ミュージカルまで多彩で、すでにコロナ以前の水準を回復した。韓国文学は日本でも次々に翻訳出版されているが、これは日本だけの話ではなく、ハン・ガンの『菜食主義者』がブッカー賞を受賞したのをはじめ、世界の注目を浴びているのである。韓国文化の国際性が当たり前に語られる時代が来ていることを本書で紹介した。

現代韓国の包括的理解――【第3版】の魅力

 同時に、第3版では「政治」「経済」「社会」のパートがうまくつながって、韓国の全体像を理解する上でも参考になるのではないかと思っている。韓国の経済的成長には特定の財閥への集中的支援など、その根底にある政治経済構造を見逃すことができない。また、映画〈パラサイト――半地下の家族〉で広く知られるようになった社会的格差の問題も、富の集中、人口の首都圏集中などの課題と切り離すことができない。そうした点について各章の記述を結び付けて読み取っていただければ、より面白さが増すのではないだろうか。本書では「民主化」など韓国政治史における重要事項も難しすぎない程度にきちんと定義して論を進めている。ほかのパートと合わせ、大学での教材に利用していただけるものと自負している。

 よく、日韓の政府間関係はうまくいっていないが、文化交流は盛んだという見方を聞く。だが、現象をとらえるだけでいいのだろうか。日韓で文化にたずさわる人びとは、相手のことを知り、理解しようと努めることで現在を作り上げてきたにちがいない。だが、日本の政治や社会にどのような問題があるかについては掘り下げられることが少ないのではないだろうか。政治を動かす人びと、そしてそれに意見すべき市民は、今何をなすべきだろうか。本書がそれを考える一助となることを願っている。

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