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「韓流の伝道師」古家正亨さん、K-POPにあこがれ韓国に渡る若い世代に「歴史を知って」と説く理由(後編)

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>【前編】古家正亨さん「K-POP バックステージパス」インタビュー 韓流の伝道師として四半世紀、日韓は「絶対に理解しあえる」

政治と文化は別「これじゃいけない」

――古家さんの新著『K-POPバックステージパス』は2010年のKARA日本上陸の場面で終わりますが、その後もBTSが登場するなど、K-POPの勢いはさらに増していきますよね。

 そうですね。ただ、この本は「K-POPバックステージパス」というタイトル通り、僕を介した韓国のエンタテイメント史を振り返るという基本のコンセプトがあり、KARAや少女時代という、いわゆるK-POPアイドル「第2世代」が日本の人気を獲得して以降は、YouTubeやSNSの時代ですから、それ以降の情報はネット上にいくらでも転がっているので、僕が書く必要はないと思ったんですよ。

 逆にその2010年までが、意外と知ってるようで知らないことが多い。転換点までの間に、どういった方々がどんな努力をしてきて、こういう下地を作ってきたのか。そういう経験をした人たちが、今は芸能界のトップに立って、経験を生かして大きなビジネスに転換できていることに意味があると思ったので、ここで止めさせてもらったんです。

――それは本当に貴重な記録ですね。一方で2010年代以降は、竹島問題や歴史問題、慰安婦問題など政治・外交面で日韓関係が悪化し、韓流人気も大きく影響を受けた時期でした。朝日新聞の2017年のインタビュー記事では、古家さんが登場して「先日企画した韓国ツアーは多くの人が予約をキャンセルした。こんなことは初めて」と困惑しています。古家さんにとっても、かなり苦しい時期だったのではないでしょうか。

 うん……、僕はその当時、文化は文化、政治は政治っていう考え方でした。韓流とかK-POPが好きな方には、そう割り切って考えてくださっていた方が存在していたからこそ、いろんな苦しい状況があっても、韓流が日本でカルチャーとしての位置をしっかり確保し続けられたと思うんです。なんですが、ここ数年、それじゃダメだなって気づいたんですよね。何がダメかって言うと、本質が見えないんですよね。

 今、日本人がどんどん韓国に行って、K-POPアイドルになったり、芸能活動したりしているじゃないですか。最近は小中学生の段階で韓国に渡って、韓国の学校に通いながら練習生になる子も増えてるわけですよね。それはそれで本当に素晴らしいことだし、そういう子たちを応援したい気持ちも、ものすごくあるわけですよ。自分もそうやって韓国の魅力を日本に伝えてきたから。

 その一方で、もし日韓関係が最悪の状況に陥った時、韓国メディアから歴史や政治問題のことを聞かれた時に、きちんと答えられるのか。実際にアイドルが巻き込まれた政治・経済問題は、日韓にとどまらず中韓関係でも、中国・台湾出身のメンバーが批判の矢面に立たされ、帰国を余儀なくされるなど、頻繁に起きている。そういうのを見るにつけて、これじゃいけないって思い始めたんです。

「自分の答えを持つことが大事」

――K-POPが世界化したことで、日韓、中韓といった構図では収まらないナショナリズムの対立に巻き込まれることも増えてきました。

 BTSが世界でブレイクした時に、アメリカや世界各地のマイノリティーから支持を得て、その代弁者としての扱いを受けたことで、韓国のエンタテインメントが向き合う対象が、アジアだけではなくなった。日本人がその世界に入ろうとした時、自分たちの置かれた立場をしっかり理解していなければ、当然、韓国から見た世界を理解することができないじゃないですか。

 右か左か中道かは関係なく、知る、理解する、そして自分自身の答えを持つことがすごく大事だっていうことに気づいたんです。特にこれからアジアに出て行こうとしている若者たちは分かってほしいし、それを整える教育の充実を、日本は図るべきだと思うんです。僕らが学生の時は、現代史をほぼ習っていない。縄文時代も大事ですけど、もっと大事なものが近現代にあるっていうことを、教育の現場の人には理解してほしいですよね。

――「(政治と文化を)分けて考えることは、日韓関係の何が問題なのか、そこから目を背けることにもつながってしまう」と、本にも書いていました。ただ、無条件に相手の歴史観や考えに同調することを求められているわけでもないんですよね。

 全く違います。僕はカナダで「あなたは独島(日本名・竹島)のことをどう思う?」ってよく聞かれたんです。僕は「日本人は自分たちの領土だって勉強するよ」って答えました。それは相手も同じこと。「日本は嫌い」と言う韓国の人たちも、メディアが伝えている表面的な日本しか知らなかったりする。解決するのは政治家の仕事だから、僕らはそういう問題があって対立しているという事実を知ることが大事。

 韓国の人も、別に自分たちに同意してほしいと求めている訳じゃなくて、どう思っているのかを相手に伝えることが、相互理解だと思うんです。そこを日本人は面倒に思い、避けてきましたから、いろんな問題が起きたと思うんですよ。「自分たちはこうだ」と知ることで、初めて対等に話し合える。とにかく、向き合えばいいじゃないんでしょうか。

民間のつながりを深めることが使命

――一方で「韓流の街」だった新大久保が若者カルチャーの最先端の街として注目され、コロナ禍のトンネルの出口も徐々に見えてきて、日韓の往来が再び増えつつあります。古家さんはこの先、どんなことを伝えて、どんな橋渡しになれると考えていますか?

 最近は単純にエンタテイメントの流行を越えて、韓国そのものが流行していると思うんですよ。食べ物、ファッション、コスメ、あらゆる分野において日本のカルチャーに定着している。一方で若い人たちに「じゃあ韓国ってどんな国か知ってる?」って聞いても、明確に答えられる人は少ないんですよね。もちろん、それをきっかけに、より深く韓国を知ろうとする人がいるのは確かなんだけれど、これでは、韓国を消費して終わるだけなのではないかと。一方で韓国から来る観光客を見てると、食文化や温泉などの地域文化を、一歩深く日本を知ろうとして、その体験を持って帰って、日本の良さを広めてくれたわけじゃないですか。

 日本と韓国の人たちが、それぞれの国に対して持つ憧れや思いって、意外と共通していないということが分かったんですよね。そこをどうやって近づけていけるのか。最近は大学の外国語科目で圧倒的に人気なのは韓国語のようですね。でも韓国に行ったことがないとか、韓国の大統領の名前を知らないとか、これが果たして日韓の未来にプラスになるのか。もしかすると、韓国を消費物としてしか見ていないところがあるのかもしれない。

 だから僕はそこから一歩踏み込んで、あなたたちこそが日韓の将来を担える人たちになって欲しいと伝えて、そこから自分のやり方で手助けしていきたい。具体的には今は言えないですが、今まで蓄積してきた経験を生かして、いろんな分野において、日韓の間のプロデューサーになりたいっていう気持ちはあります。僕は韓国のエンタテイメントの専門家と名乗っているわけでもないし。肩書は常にラジオDJ、テレビVJ、MC。何かを伝えることを職業としていることは、ブレずにやっていかなきゃいけないとは思いますね。

――韓国における日本の受け入れられ方も大きく変わりましたね。最近、韓国で人気のコメディアン「タナカさん 」を見ていると、日本人を物真似したギャグが肯定的に受け入れられていることが新鮮な驚きです。

 新しい時代ですよね。僕はあれを見た時に「もっとやれ、もっとやれ」って思ったんです。今までもそういう人たちがいたように、そこから何かが変わって、政治や歴史の分野でいがみあう部分とは違ったつながりができると思うんです。先日、韓国に久々に行って感じたのが、韓国の中に日本の文化がより深く根ざし始めたこと。日本関連の商店も、本格的な日本の料理を出してくれる店も増えた。舌も肥え、本物を体験した人が帰ってきて、みんな本物を求めている。こういうことが自然にできるようになったことが、すごく幸せだと思いました。

 歴史って僕は二つあると思ってて。教科書をベースにした「国定」の歴史がある一方で、本人しか知らない歴史っていうのがある。例えば「2003年に『冬のソナタ』が日本に上陸し、日韓関係は一気に近づいた」なんてことは将来、教科書には絶対書かれないと思うんですよ。だけど確実に「冬のソナタ」というものを介して、日本と韓国の関係が大きく変わったし、KARAと少女時代が来てからK-POPに対する認識も変わった。だから僕は、表向きの記録としては残らないかもしれないけど、民間が作った人と人とのつながりを深めていくことが僕らの使命だと思っていますし、そこに集中して、できることをやっていこうと思うんです。

 今、韓国経済も中国に追われる側になった。同じように何年か後に、中国が韓流エンタテイメントを脅かす時代が来るかもしれない。ただ、政治的な体制が今の状況だと厳しいかもしれませんが。でも、タイのエンタテイメントが日本でも普通に流行していますよね。このように、K-POP・韓流一強の時代ではもう確実になくなってきつつあるわけです。でも僕は、ここまで韓国と関わった以上は、韓国に対しての自分なりのこだわりは持ち続けたいなと思っています。

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