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韓流タウンから多国籍タウンへ 大学生による生活史調査からみる新大久保の現在

記事:明石書店

韓流タウンから多国籍タウンへ

 韓流ブームに沸いた新大久保は、いまネパールやベトナムから来た人びとでにぎわう多国籍タウンに変貌を遂げている。

 JR山手線の新大久保駅周辺は、古くから外国籍の人びとが集まるエリアとして知られてきた。2000年代に入り、日韓ワールドカップや「冬のソナタ」の放映、韓流アイドルブームといった様々な要因が重なり、新大久保は韓流ショップが増加。2010年頃には、若者の街、原宿をしのぐ勢いで、多くの人びとが大久保通りを埋め尽くした。

 しかし、2013年頃に過激化したヘイトスピーチにより新大久保のにぎわいは陰りを見せた。この時期、多くの韓国系の店舗が閉店し、街は閑散とした。新大久保はこうした苦境に直面しつつも、2015年頃から韓国や中国ばかりでなく、ベトナムやネパール出身の人びとも多く集まるようになった。街を歩けば、両国の国旗がさまざまな場所で目に入る。

 2003年以降、大久保地区(大久保1~2丁目と百人町1~2丁目)の日本人住民数はほとんど変化がないものの、外国籍住民数は2003年から2016年のあいだに約2800人も増加している(ただし、その後は減少している)。2017年には約42パーセントの住民が外国籍となった(本書第二章より)。この割合は新宿区の他の街区を圧倒しており、新大久保という街を特異なものにしている。

 本書は、このように大きく変貌を遂げる新大久保において、外国にルーツをもつ住民を対象に実施した、大学生による生活史調査実習の成果である。

新大久保のイスラム横丁(筆者撮影)
新大久保のイスラム横丁(筆者撮影)

大学生による生活史調査から見えてくるもの

 私たちは2017年から2019年の3年間で36名の人たちの来歴と日本での暮らしについて話を聞いてきた。そのうち、本書では収録許可の得られた12名の方の語りを掲載している。その多くが、韓国やベトナム、ネパール、インドネシアなど、新大久保で会社や店舗を営む外国ルーツの経営者たちだ。

 そもそも大学生が書いた生活史の記録を出版するという試みは、あまり例がないかもしれない。それは、調査の質が十分公開可能なレベルに及んでいないということも理由の一つとしてあるだろう。確かに、本書に掲載している生活史についても、もっと深く掘り下げることができると思える部分は多々あった。しかし、それでも私が出版を思い立ったのは、多文化共生の第一歩は日本に暮らす外国にルーツをもつ人びとの語りに耳を傾けることだと考えるようになったからだ。

 話を聞かせてくれた方々は、みな親切に大学生の素朴な質問に答え、自らの人生をふりかえってくださった。こういった話を聞くことで、なかには自分の生き方を見直す学生も出てきた。

 彼/彼女らの語りからは、多くの外国ルーツの人たちが共通して抱える生活上の課題が見えてくる。たとえば、日本で部屋を借りるときや仕事を探すとき、インタビュー対象者は共通して外国人であることが理由で何度も断られてしまった経験をもつ。

 また、長期間日本に住むことで生じる課題もある。子育ての問題だ。子どもを日本の学校に通わせると、母語が異なる親との意思疎通が難しくなる。家庭内では韓国語を子どもに話させようとしているけれども、日本語のほうが得意になる子どもたちと、韓国籍の両親はどのように接すればよいのか。

 本書に収録された語りを通してこれらの課題が見えてくる一方、インタビューした方々が日本社会のなかでたくましく生きている姿に感心せざるをえない。ネパール人学校を開校するために何千万円も集めた実業家。ヘイトスピーチの被害からの復興を目的に韓国人の組合をつくったレストラン経営者。外国人でも安心して部屋が借りられるようにと不動産会社を始めた起業家。ほかにも多くの人たちが、そのとき直面している課題を新たな事業の種に変えて、日本人を巻き込みながら自分たちの生きる場を整えていこうとする。こうした営みは、日本で生まれ育った私たちにも刺激となり、希望を与えてくれる。

新大久保駅ガード下の絵「天使のすむまち」(筆者撮影)
新大久保駅ガード下の絵「天使のすむまち」(筆者撮影)

実習授業運営のノウハウも収録 

 本書では外国ルーツの人たちの語りの背景となる、様々な情報も提供している。たとえば、第一章では全国紙の記事をもとに、新大久保に生きる人びとの活動の変遷を跡づけている。公的な統計資料を駆使して明らかにした外国籍住民の動向の変化(第二章)では、いつごろからネパールやベトナムの人たちが増加したのかを示した。また、学生から見た新大久保の街並みに関する記述(第三章)を通して、外国人向けの情報が街のいたるところに埋め込まれている様子が見て取れるだろう。

 さらに、本書は、学生たちが編んだこれらの語りがいかにして作られたのかを詳らかにした授業運営方法の解説(補章)も盛り込んだ。実習担当教員は年間30回という限られた授業回数のなかで、学生たちに必要な学びを提供しなくてはならない。補章ではそのためのノウハウを教員の視点から記述している。この解説は大学で調査実習を担当する教員の方々の参考になればと思い、収録した。

 新大久保は、多様な国にルーツをもつ人々が集まり、大小さまざまな事業を営む日本のなかでも特異な街である。この新大久保に生きる人びとの語りに関心をもつすべての人が、本書を手にとってくれることを願う。

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