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翻訳家の仕事のリアルな裏側を大公開――クォン・ナミ著『翻訳に生きて死んで 日本文学翻訳家の波乱万丈ライフ』

記事:平凡社

Photo by Nick Morrison on Unsplash
Photo by Nick Morrison on Unsplash

初めての翻訳料金はどんなふうに決める?

 お金の話をするのは本当に大変だ。本に関してお金の話をするなんて俗物的に見えるのではないかと思い、翻訳料金も確認しないまま最初の訳書を出したことはすでに書いたとおりだ。今でも新しい仕事を始めるときに「恐れ入りますが、翻訳料金はおいくらぐらいで……?」と編集者が遠慮がちに言い出すと、つられて冷や汗が流れる。だから「御社ではおいくらぐらいですか?」と聞き返す。思っていた金額とそれほど違わなければ、「あ、ではそれでお願いします」と答える。10秒で話がつくからハッピーだ。しかし、ときには駆け引きが続くこともある。やっぱり“翻訳料金=プライド”だから、500ウォン[1ウォン=約0.1円]に命……いや、プライドをかけることになる。

 でも、もしあなたが翻訳の仕事を始めて間もないとしたら、翻訳料金とプライドを同一視しないほうがいい。私には100ウォン、200ウォンと翻訳料金を上げるために積み重ねてきた年月があるからこそ守りたいプライドもあるが、始めたばかりの段階でプライドを守っていたら食べていけなくなる。勉強になる、修練になる、経験になると思って努力していればキャリアは築かれていく。翻訳料金の交渉をするのはそれからでも遅くない。適正な翻訳料金を支払ってくれる良心的な出版社や翻訳会社のほうが多いが、ときには法外に安い翻訳料金を提示してくる悪徳企業も存在する。翻訳業の人々が集まるインターネットコミュニティに加入すれば、こうした情報を入手できる。痛い目に遭わないように、しっかりリサーチしておこう。プライドを手放すことと、やりがい搾取の被害に遭うのはまた別の問題だ。一般的な相場と比べて、あまりにも安すぎるときは考え直したほうがいい。授業料を払ってでもやりたいという覚悟があるならそれでもいいけれど。

翻訳料の相場はどれくらい?

 では、適正な翻訳料金とはどれぐらいなのか。一般的に新人の場合、英語は原稿用紙1枚[韓国では文学賞などの応募規定枚数も200字詰め原稿用紙換算が一般的]あたり2500〜3000ウォン、日本語は2000〜2500ウォン程度だ。しかし、これは良心的な出版社の金額で、一部の出版社や翻訳会社はおそらくこれより少ないだろう。ただし、出版翻訳の場合は、安いなと思っても、チャンスが訪れたときにありがたく仕事を引き受けたほうがいい。自分名義の翻訳書が何冊か出て、翻訳にも少し自信がついてきたら、500ウォンずつ上げていこう。ただし、毎年500ウォンずつアップできるわけではない。一度値上げした料金がおそらく3、4年、あるいはそれ以上続くことになるだろう。他の物価はどんどん上がるのに、翻訳料金を100ウォン上げるのは本当に難しい。

 どの分野でもそうだが、経験が資本となり、経歴が財産となる。1冊でも2冊でも、翻訳書を出したという実績はお金では買えない大きな財産だ。料金の交渉をして、安いからという理由で突っぱねるような愚かなことはしないでほしい。そんな“まね‟をするのは数年後でもいい。新人だけでなく、数年間ある程度の経験を積んで自信がついてきた人にも気をつけてほしいポイントだ。[中略]

『翻訳に生きて死んで――日本文学翻訳家の波乱万丈ライフ』クォン・ナミ著、藤田麗子訳、平凡社
『翻訳に生きて死んで――日本文学翻訳家の波乱万丈ライフ』クォン・ナミ著、藤田麗子訳、平凡社

難しい作品のオファーが入ってきた!

 実にさまざまなオファーが入ってくるが、どんなレベルの作品でも翻訳料金は同じだ。いつだったか、ある後輩が「難しい本のときはもっとギャラを上げてほしいですよね。作業時間が何倍もかかるじゃないですか」と言うので、「じゃあ、簡単な本だったら割り引きしてあげるの?」と言ったらアハハハと笑っていた。

 難解な作品の翻訳にはいつもより時間がかかるが、やりがいも大きい。そのやりがいはお金には代えられない。知らない言葉がたくさん出てきて、ひたすら検索と調べものを続けることになるから時間は倍かかるが、とても勉強になる。「こんな本を翻訳したんだ」という達成感が味わえて、もっと難しい本にも挑戦できそうだという自信も芽生える。もちろん、できれば辞書を引かなくてもすらすら訳せる本のほうがうれしい。でも、自分の成長のためには、1年に高・中・低と幅広い難易度の作品を訳したほうがいい。私はこの高・中・低を、勉強のための翻訳・お金を稼ぐための翻訳・ひと休みする翻訳と位置づけている。あまりにも楽な翻訳ばかりしていると、緊張感が薄れていい訳文が出てこなくなるような気がする。だから、難しい本の依頼が入ってきてもひるまずに、限界に挑戦するつもりでじっくり取り組んでみてほしい。こなせる自信がまったくないなら断るのが正解だ。でも、すでに引き受けた仕事ならがんばってみよう。

 さあ、難しい作品の翻訳作業が始まった。理解できない文章、知らない単語だらけだ。人それぞれ作業の進め方は違うが、翻訳者仲間Aの場合はその日に終わらせる範囲を決めて、知らない単語や表現をすべてピックアップしてから翻訳に取りかかるという。私はと言うと、とりあえず翻訳を始めて、わからない部分は原語のまま書き込んでおき、1冊の翻訳をすべて終えてから見直しのときに原語の部分を訳す。文脈によって解釈が変わってくることもあるので、私は全体的な流れをつかんでからのほうがやりやすい。ただしこの進め方の場合、一次翻訳は早く終わるけれど、見直しに時間がかかる。Aの方法のメリットは、見直す時間が短縮できるという点だ。最終的にかかる合計時間はどちらも同じなのではないかと思う人もいるかもしれないが、一次翻訳を念入りにやっておいたほうが、作業時間は短くなる。

写真中央は『翻訳に生きて死んで』韓国語版(マウムサンチェク刊、2021)。クォン・ナミ氏のエッセイの邦訳は『ひとりだから楽しい仕事――日本と韓国、ふたつの言語を生きる翻訳家の生活』(藤田麗子訳、平凡社、2023)に続き、本書が2冊目となる。
写真中央は『翻訳に生きて死んで』韓国語版(マウムサンチェク刊、2021)。クォン・ナミ氏のエッセイの邦訳は『ひとりだから楽しい仕事――日本と韓国、ふたつの言語を生きる翻訳家の生活』(藤田麗子訳、平凡社、2023)に続き、本書が2冊目となる。

辞書を引いてもわからない言葉があるときは?

 では、わからない言葉が出てきたときはどうやって調べればいいのか? まずはインターネット検索だ。しかし、ネットで検索すればすべて解決するというわけではない。知りたいことの半分も見つからないときのほうが多い。そんなとき、私は主に日本の知識検索サービス「Yahoo! 知恵袋」を利用する。ごくまれに韓国サイトの知識検索を利用することもあるが、満足な回答を得られないことが多い。単純な解釈ではなく、日本人だけにわかる単語の意味などは、やはりネイティブに尋ねたほうがいい。

 それでも解決しないこと(ネット検索でも見つからず、質問を投稿しても回答がないとき)は、その方面の専門家のサイトにアクセスして質問することもある。たとえば合気道や空手、柔道などの競技用語は韓国語に訳すのが本当に難しいので、専門家にこのような動作は韓国語で何と呼ばれているのか教えてほしいとお願いする。競馬用語を検索していて発見したネットコミュニティやブログのオーナーに問い合わせをしたこともあった。経済に関連した内容であれば、ツテをたどって知人の知人の知人の経済ツウを探し出して質問する。

 訳者は外国語を訳すだけではなく、その外国語で語られる政治・経済・社会・文化を理解しなくてはならない。韓国語で読んでも、政治・経済に関する内容は難しいのに……。私は政治・経済や歴史・哲学・科学に弱いので、主に小説を翻訳している。しかし、小説の中にも政治・経済・歴史・哲学・科学に関する内容が出てくることがある。そんなときはとにかく勉強するしかない。そしてときどき「若い頃にこれだけ熱心に勉強していたら、司法試験に合格できたかも」と独り笑いする。奇妙なのは、そこまで一生懸命調べものをして勉強したにもかかわらず、原稿を納品した瞬間、頭の中はまるで噓のように空っぽになってしまうということだ。

*本書「新人翻訳家へのアドバイス」より抜粋。ウェブ掲載用に一部編集を行いました。

『翻訳に生きて死んで』目次

はじめに――私の翻訳人生の8割は“運”
改訂版に寄せて――いつまでもこの場所で翻訳をする人でいたい
第1章 翻訳の海に足を浸す
第2章 夜型翻訳家の孤軍奮闘
第3章 翻訳の実際
第4章 書くことの幸せ

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