「その他」の側から世界を見る9つの方法! 『「その他の外国文学」の翻訳者』
記事:白水社
記事:白水社
書店で外国語の参考書のコーナーにいくと、まず目に入るのはもちろん英語だ。その次は、中国語かと思いきや、韓国語の本のほうが広い場所をとっている、という書店もいまは多い。
外国文学のコーナーに移ると、韓国文学の本がベストセラーとして並んでいる。もはや韓国語も韓国文学も、メジャーな存在なのだ。
その一方で、韓国文学翻訳の第一人者、斎藤真理子さんはこうも記している。
「その他の外国文学」とは、最大手のインターネット書店が外国文学のカテゴライズに使っている言葉だ。私もときどき、そのカテゴリのランキングをチェックすることがある。私が訳している韓国文学も「その他」だからだ。
だが、同じネット書店で韓国・朝鮮文学は「アジア文学」にも入っている。日本十進分類では、「その他の東洋文学」に分けられる。一方、日本で最も長い歴史を持つ文庫シリーズでは「東洋文学」のジャンルだ。要は、アジアであり東洋であり、中国ではないので「その他」に入ることもある、ということらしい。
(『「その他の外国文学」の翻訳者』P.3より)
これだけポピュラーになっても、「その他」とカテゴライズされる。なにを基準として分類するかに過ぎないのかもしれない。ひとつ言えることは、「その他」とひとくくりにされる言語であっても、実際にはそれぞれの言語に歴史があり、そのことばを使って暮らし、文化を生み出してきたひとたちがいるということである。そこには豊かな世界が広がっている。
出版社の協賛を得ない、インディペンデントな文学賞に「日本翻訳大賞」がある。審査員には名だたる翻訳者が名を連ね、多くの読者が候補作を推薦する人気の賞だ。その記念すべき第1回の大賞受賞作は、パク・ミンギュ『カステラ』(斎藤真理子訳、クレイン)とパトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ 二〇世紀史概説』(阿部賢一、篠原琢訳、白水社)の2作品だった。前者は韓国の作品、後者はチェコ文学と、いずれも「その他」に分類される。その後も、バスク語、ポルトガル語などのマイナー言語の受賞作品が続いた。いまや文学を楽しむのに「その他」の存在は欠かせないと言えそうだ。
もちろん、日本の多くの人にとって馴染みが薄い言語、文化ではある。どのようなきっかけでその言語に出合い、のめりこんでいったのかは興味をひかれる。
青木順子さんは、オーロラを見たいと参加した観光ツアーでノルウェーのとりこになった。実は、旅行会社がパンフレットに記載する金額を一桁間違えたために格安で参加できた、というまさに運命のいたずらがきっかけだった。
星泉さんはチベット語研究者の母をもつが、チベット語に興味をもったのは、大学生になり、インドに旅行してからだった。サラブレッドのはずが、はじめは文字の勉強はないがしろにする劣等生だった。
阿部賢一さんは、高校生の時、ドイツ語の先生が「壊れない」と断言した翌週にベルリンの壁が崩れるのを見て、東欧に興味をもち、世界一難しいと言われたチェコ語を学んでみようと決めた。
それぞれの言語の馴れ初めからだけでも、そのことばにまつわるエピソードとなっていて面白い。
学習者が少ないので、学習環境も乏しい。再び、斎藤真理子さんのことばを引く。
自分も「その他」の苦労を知っている気でいたのだが、本書を読んで考えを改めた。この方々の経験では、辞書がないのは普通。教材がないのも普通。日本で勉強できないので、学べる場を世界で探す。そして翻訳を始めてからも、先達や仲間が少ない。私が韓国語を学びはじめたのは一九八〇年とかなり前だが、少なくとも辞書は複数あったし、学習書もそうだ。(『「その他の外国文学」の翻訳者』P. 4より)
学習に関して興味深いのは、いちばん効果があった学習方法として本書に登場する複数のひとが「作文をすること」によって、書く力だけでなく会話も上達した、と証言していることだ。作文とは、テーマを決めて文章を書くほか、手紙やメールでネイティブとやりとりすることも含む。書くためにはあいまいなつづりや文法を確認することになるし、単語や表現のストックが増えるということのようだ。語学学習の肝と銘じておきたい。
本書は、9名の翻訳者へのインタビューによるオムニバスの形式をとっている。それはただ単にバリエーションを出そう、ということではない。
世界の歴史の中で、言語が消えることは特に珍しくない。それを思うと、「その他」も揃えておけば多様性が確保されるから良いというのではなく、「その他」の側から世界を見ること自体が重要なのだ。他のことで代替できない体験だから。
冷蔵庫に左右両方から開け閉めできるものがあるように、世界もさまざまな方向から開けることができるはずだ。ただ、複数のドアノブが見えにくいだけなのだ。ここに集まった九人の翻訳者はドアノブを握っている。世界を新たに九方向からひもとくことができると思うだけで、少し息をつく隙間ができたと感じないだろうか? 「マイノリティのひとたち自身が語ることを聞いたり読んだりすることがすごく重要」(金子さん)、「いろいろな物語、世界のとらえ方が増えるのは非常に好ましいこと」(阿部さん)という言葉は心強い。(『「その他の外国文学」の翻訳者』P. 6─7より)
雑多なものをひとつにまとめようとすることに対して、9つの言語、そして9名それぞれの物語があることが、伝わればうれしい。
そしてもちろん、言語を問わず、翻訳に携わるひと、これから翻訳の道を目指そうとするひとたちの刺激になればと思う。
【白水社 西川恭兵・中沢佑次】