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『宗教2世』『射精責任』…夢中でつくった本 「人文書の編集にはしばしば奇跡が起こる」

記事:じんぶん堂企画室

担当した『射精責任』の中面。装丁家の水戸部功さんに原書のレイアウトを再現してもらいつつ、日本語版のためにブラッシュアップを加えた。装丁家との協働も人文書を制作する上での楽しみのひとつ。
担当した『射精責任』の中面。装丁家の水戸部功さんに原書のレイアウトを再現してもらいつつ、日本語版のためにブラッシュアップを加えた。装丁家との協働も人文書を制作する上での楽しみのひとつ。

 じんぶん堂で人文書の魅力を綴る編集者のリレーエッセイ連載を立ち上げます、ということで、なんと栄えある第1回のご依頼を頂いた。なぜ私のような、会社員経験=編集者経験2年の若輩者が、という驚きと戸惑いをこらえきれないが、なんとか筆を取ってみようと思う。

 そもそも人文書とは何か。秋口になるとデスクで「紀伊國屋じんぶん大賞とか取ってみてぇ〜」などと軽々しくぼやいているわりに定義をよくわかっていなかったことに気が付いたので、改めて確認しておきたい。

 当企画における「人文書」とは、「哲学・思想、心理、宗教、歴史、社会、教育学、批評・評論」のジャンルに該当する書籍(文庫・新書も可)としております。

――「紀伊國屋じんぶん大賞2023 読者と選ぶ人文書ベスト30」より https://store.kinokuniya.co.jp/event/jinbun2024/

 なるほど。「人文書」とは、いわゆる人文科学あるいは社会科学に属する種類の本を指す、ということだろうか。

 私が初めて手掛けた「人文書」は、『宗教2世』(荻上チキさん編著、太田出版、2022年)だった。この本は書店では「社会」あるいは「宗教」の棚に置かれることが多い。

 安倍元首相銃撃事件において、被疑者が、母親が統一教会に入信して家庭が困窮しており、教団に祝電などを送っていた安倍氏に恨みを抱いていたと供述している、ということが報道によって明らかになった。親から宗教的虐待を受けてきた「宗教2世」の存在が脚光を浴びることになったのだ。

 そこで、入社1年目だった私は、これまで「宗教問題は家庭内で解決すべき」ということを理由に、行政からも社会からも看過され続けてきた子どもの宗教被害の実態を明らかにし、社会的認知を向上させることを目指して書籍の企画を立てた。チキさんの拡散力を活用して宗教2世の当事者アンケート調査を実施し、1131人から回答を得た。その結果と分析に加え、専門家の論考を収録した調査研究書を刊行した。

 私自身も5、6歳で裸足で焚き火を渡るなどの宗教行事を親から強制されていた「宗教2世」であったため、絶対に他社に先を越されたくない、という気持ちが強く、制作期間は約2ヵ月ほどだった。結果的に、本書の調査を取り仕切った「社会調査支援機構チキラボ」所長のチキさんは「宗教2世」という言葉を人口に膾炙した立役者として、「現代用語の基礎知識」選 2022ユーキャン新語・流行語大賞にも登壇した。

 企画の当初は無我夢中だった。とにかく一冊にまとめなければ、という思いばかりが先行していた。ただ、いまの私が当時の私の先輩だったとしたら、編集者自身の問題に近いシリアスなテーマを扱うことは、あまりおすすめはしない。実際に、本書の編集中の私は、親からの体罰や暴言、学校での差別、結婚や就職の困難など、過酷な体験をした当事者の記録を大量に読み込むことで、代理受傷や虐待の記憶のフラッシュバックに悩まされ、何度も悪夢で飛び起きる日々を送った。予防的にカウンセリングやメンタルクリニックに通っていたからまだよかったものの、やや精神的・体力的負荷が高かったように思う。

 そして、こうした自分にとってアイデンティティの根幹に結びつく大事なテーマを扱った書籍も、商業出版の市場に出てしまえば、日に200冊出る新刊のうちの一冊にすぎなくなってしまう。初版は何冊で、実売は何冊か、粗利はいくらか、すべて数字に還元される。これもなかなか応える。

自宅でゲラをチェックしていると、飼い猫が構ってほしがってゲラの上に座り込んでくる。赤入れのためのペンは、最近はぺんてるのエナージェルの0.5mmがお気に入り。
自宅でゲラをチェックしていると、飼い猫が構ってほしがってゲラの上に座り込んでくる。赤入れのためのペンは、最近はぺんてるのエナージェルの0.5mmがお気に入り。

 書籍が広まれば、ありがたいことに取材のご依頼なども増える。ところが、担当編集の私が宗教2世であることが記された本書のあとがきの謝辞をお読みでないちょっと大雑把な記者さんから「『宗教2世』ってもうニュースバリューないんですよね~……あの、鈴木エイトさんの連絡先、教えてもらますか?」と言われて、笑顔が凍り付くこともある(鈴木エイトさんは素晴らしい希代のジャーナリストで、何の罪もありません。『宗教2世』の共著者としても、ご尽力いただきました)。

 そして当然、社会問題を取り扱う際には大きな責任が伴う。当事者のコミュニティに利益を還元する書籍を、今まさに必要としている読者に届けるため、スピード感をもって刊行しなければならない。

 編集者は必ずしもその分野の専門家ではない。それでもある程度正確にその分野の土地勘を把握し、資料を集め、整理し、原稿に懸念があれば赤入れをして共著者と議論する必要がある。データや引用に間違いはないか。神経をすり減らす。莫大な労力がかかる。

「コスパ」という言葉とは無縁の仕事だった。しかし、このような緊急出版の過程において、荻上チキさんや「社会調査支援機構チキラボ」のみなさんをはじめ、共著者のみなさん、アンケートに参加してくださった当事者の方々が、苛烈な進行に最後まで付き合ってくださった。彼らが記者会見やロビイングに駆けずり回り、厚労省のガイドラインの策定などを実現する場面に間近で立ち会うことができた。その姿を通じて、他者のために、こんなにも頑張ってくれる人、頑張れる人がいるんだと知ること自体が、私にとって大きなエンパワメントになった。世界は地獄ばかりではない。改善のため努力する人がいて、少しずつよくなるという希望を抱くことができた。それは宗教2世当事者である私にとっては、ある種の「回復」の過程でもあったように思う。

 似たような奇跡は「人文書」の編集ではしばしば起こる。

 翌年の2023年の夏には『射精責任』という翻訳書を編集した。タイトルこそ過激と思われがちだが、本書は、アメリカで女性が中絶する権利を保障したとされているロー対ウェイド判決が破棄されたことをきっかけに、女性の権利と責任、胎児の命ばかりに焦点が当たることの理不尽を指摘し、「望まない妊娠の責任は、男性の無責任な射精にある」と言われてみれば当然の主張を改めて強調して、生殖における男性の当事者性を喝破している。小学校高学年以上なら理解できるような簡潔な言葉で、「排卵はコントロールできないが、射精は違う」「男性用避妊具は、驚くほど簡単に手に入る」「セックスの最優先事項と目的は男性の喜びだ、と社会が教えている」「望まない妊娠は、すべて男性に責任がある」などの28章からなる、力強い性教育のハンドブックだ。

『射精責任』の刊行後、滋賀を訪れて村井理子さんの愛犬・ハリーと琵琶湖で泳いだ。大きくて、頼もしくて、気の良いスター犬。残念ながら3月に亡くなった。『射精責任』がもたらしてくれた大切な出会いのひとつ。
『射精責任』の刊行後、滋賀を訪れて村井理子さんの愛犬・ハリーと琵琶湖で泳いだ。大きくて、頼もしくて、気の良いスター犬。残念ながら3月に亡くなった。『射精責任』がもたらしてくれた大切な出会いのひとつ。

 本書の制作中には、訳者の村井理子さんとたくさんの長文の感想メールのやりとりをした。何度も何度も、女性である我々の痛みや苦労をないがしろにされてきた怒りと悲しみを交換した。このような因習は後の世代の女性たちに残すべきではない、渡すべきではないバトンだと確認した。また、解説者の齋藤圭介さんからの的確なフィードバック、齋藤さんを紹介してくださった上野千鶴子さん、さらにタイトルから呼び寄せられた直情的なバッシングに対してわざわざリスクを犯して介入して助けてくれたたくさんの人たちがいた。「妊娠したくなかったら股を閉じておけw」「受精責任もあるだろw」などの紋切型で大量に送られる下品なリプライ(繰り返すが、受精は女性一人ではできない)、「あなた、共産党員なの?」という会社へのお電話、弊社の社長宛てに「下品な編集者雇ってきめぇ~」と書かれた怪文書、長文のお怒りメールを頂戴するなど様々なすったもんだがあり、その度に顔を青くして早退して同僚に心配をかけてしまったが、それ以上に得た友人や仲間が多かった。

「こういったことに対して、女性が腹を立てていると考える男性がいるかもしれません。しかし、多くのケースで女性は腹を立てていません。女性は男性と同じ文化のなかで育てられてきました。男性の喜びや利便性が最優先だと教えられてきました。自分たちの痛みをないがしろにすることを教えられてきました。そしてその教えは消え去ることがないのです。私たちは、同じ教えを別の人たちにも伝えてきてしまいました」

――『射精責任』(ガブリエル・ブレア著、村井理子訳、太田出版、2023年)

 人文書は、「哲学・思想、心理、宗教、歴史、社会、教育学、批評・評論」などそれぞれの分野の専門的な内容が含まれる。だから読者にとって若干とっつきにくいと感じてしまう部分もあるかもしれない。一方で、そのテーマが日常慣れ親しんだ言語では語られえない事情もある。誰もが知り、誰もが簡単に理解していることなら、そこで提起された問題はとっくに解決されているはずだ。そうではないからこそ、独特の用語や言い回し、慣れない言葉づかいが必要とされる。

 もしあなたがこの世界で、少しでも生きにくいとか、なにか上手くいっていないとか、挫折したといった経験があれば、そうした問題に詳しい専門家たちの力強い言葉と経験、研究の成果が集まっている。それが人文書だ。だからあなたが何かしらのマイノリティだと感じる場面があったら、ぜひ書店の「人文書」の棚を覗いてほしい。そしてその棚を覗いて、自分の欲しい本がない、と感じた人は、人文書を作る人――編集者や著者になる道もあるかもしれない。上述したような苦労があるから、私からその道を強くおすすめすることはできない。しかし私と同様、そのようにしか生きられない人というのは一定数いるだろう、とも思っている。

次回の編集者は

 次のバトンは東洋館出版社の河合麻衣さんに渡したいと思います。

 河合さんは私が出版社に就職して初めて友人になってくれた編集者です。人見知りで出不精な私に気さくに声をかけてくれました。

 のちに様々な編集者に出会うようになりましたが、最も誠実に本作りに向き合っている編集者は彼女だと思うに至りました。彼女ほどまっすぐな人を、私は知りません。こういう人が本の世界には絶対に必要です。

 仕事や人生に迷ったら河合さんに相談して、きちんと「正論」や「本質」を突き付けてもらうようにしています。河合さんに見せられないような仕事はしない、というのが、私が編集の仕事をするにあたって大事な指針のひとつです。

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