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クォン・ナミ×藤田麗子トークイベント「翻訳家ってどんなお仕事ですか?」(後編)

記事:平凡社

『翻訳に生きて死んで』著者のクォン・ナミさん(右)と、訳者の藤田麗子さん(左)。普段は韓国に住むお二人。クォンさんの長年の夢だったという、1カ月の東京滞在中にイベントが開催された。
『翻訳に生きて死んで』著者のクォン・ナミさん(右)と、訳者の藤田麗子さん(左)。普段は韓国に住むお二人。クォンさんの長年の夢だったという、1カ月の東京滞在中にイベントが開催された。

《前編はこちらから》

翻訳家になるには何が必要?

――では、事前に参加者の皆さんからいただいた質問をご紹介します。「学歴はないけれど、翻訳家になりたい夢ができました。そんな人が翻訳家を目指すためにはどうしたらいいでしょうか」。

クォン・ナミ:『翻訳に生きて死んで』の初版が10年前に韓国で出版されたときも、同じように「大学も出ていないけど、この本を読んで翻訳家になりたいと思った」という読者が多かったんです。高卒や専門学校卒の方もいました。私が翻訳家として活動し始めた頃は、「翻訳家」というと大学教授の方ばかりでしたが、いまは絶対に学歴よりも実力が大切だと思います。出版社から翻訳を依頼される時も「どこの大学を出ましたか」なんて質問はされないですよ。全く聞かれないですね。翻訳家がプロフィールに出身大学を書かないことが多いのは、重要なことじゃないからだと思います。もちろん学歴がある方が実力も高いことが多いですけれど、人より何倍も努力したらなれると思います。

――ナミさんはこれまで日本語の作品をたくさん翻訳されていますが、ご自身のエッセイが日本語に翻訳されたのは『ひとりだから楽しい仕事──日本と韓国、ふたつの言語を生きる翻訳家の生活』(2023年、平凡社)が初めてで、今回は2冊目ですね。日本語版が出るのはどんなお気持ちでしたか?

クォン:まさか日本語に翻訳されるとは思ってもみなかったので、反応がとても怖かったです。でも日本の本屋さんで置いてくださっているのを見られたことは嬉しかったですね。昨日、私の著書を出している韓国のマウムサンチェクという出版社の社長さんもちょうど東京にいらしていたので、大手町の丸善でお会したんです。ナミさんがいらっしゃるところへ行きますよ、とカカオトークが送られてきたので、「じゃあ丸善の『ひとりだから楽しい仕事』が置いてある棚の前で会いましょう」と待ち合わせしました。

――なかなかない待ち合わせ場所ですね(笑)。いっぽう藤田さんにとっては、日本文学の翻訳をされている方の著書を訳すのは、非常にプレッシャーあったのではないかと思います。

藤田麗子:最初に平凡社さんから依頼をいただいた時は、「どうしよう、引き受けて大丈夫かな」とビビっていたんです。でも、こういうチャンスが次いついただけるかわからないし、頑張ってやってみようと思ってお引き受けしました。後から知ったんですが、先生はご自分で書かれたエッセイを絶対に読み直さないんです。昨日もこのイベントの打ち合わせで「このエピソードについて話そうと思うんですが……」と本を見せようとすると、「いい、いいです!」って、見ようとしないんですよ(笑)。

クォン:麗子さんに「こういうことが書いてあるんですけど」って言われて、そうですか、私とても上手に書いていたんですねと勉強になりました(笑)。

――ご自身も翻訳家だからこそ、訳者の藤田さんの気持ちがわかる側面もあったのではないでしょうか。

クォン:そうですね。だから日本で『翻訳に生きて死んで』出版されることが決まった際に、心配で「あの部分は訳しにくいんじゃないですか?」と藤田さんへメールをしました。

藤田:その時も私はちょっと怖くて。体育館の裏に呼び出されるみたいなイメージで、一冊目の『ひとりだから楽しい仕事』の翻訳について怒られるんじゃないだろうかと心配していました。でも全くそんなことはなく。

クォン:私の文章を日本語にするのは大変じゃないかな、と思っていたんですが、とても上手に、いい翻訳をされていて。

藤田:ナミ先生はすごく優しいんですよ。メールでたくさん褒めて励ましてくださって。「麗子さん、天才です!」とか(笑)。

クォン・ナミさんの著書たち。左から、『翻訳に生きて死んで 日本文学翻訳家の波乱万丈ライフ』(2024)/『翻訳に生きて死んで』韓国語版(マウムサンチェク刊、2021)/『ひとりだから楽しい仕事 日本と韓国、ふたつの言語を生きる翻訳家の生活』(2023)。日本語版はいずれも藤田麗子訳、平凡社刊。
クォン・ナミさんの著書たち。左から、『翻訳に生きて死んで 日本文学翻訳家の波乱万丈ライフ』(2024)/『翻訳に生きて死んで』韓国語版(マウムサンチェク刊、2021)/『ひとりだから楽しい仕事 日本と韓国、ふたつの言語を生きる翻訳家の生活』(2023)。日本語版はいずれも藤田麗子訳、平凡社刊。

翻訳家という仕事の魅力

――ここからは、おふたりにとっての翻訳という仕事の魅力、やりがいについてうかがってみたいと思います。

クォン:今日いらした方で、翻訳に関わっている方はどのくらいいらっしゃいますか?(会場挙手)ありがとうございます。翻訳されている方なら皆さん同じだと思いますが、翻訳することそれ自体が楽しくて、魅力ではないかと思います。

 あとは私の場合は、外に出かけずにできる仕事だという点もよかったですね。私は娘が小学1年生の時から翻訳の仕事をしていますが、このあいだ娘が「学校から帰った時に、ママが家にいなかった日がなかった。それがとてもありがたかった」と言ってくれて、嬉しかったです。子どもを育てるのに、翻訳はとてもいい職業だったと思っています。私は翻訳を始めてから今まで一度も「翻訳が嫌い」とか「やりたくない」とか思ったことがないんですね。「自分の仕事をあんなに好きな人は初めて見た」と言われたこともあります。

――まさに天職ということですね。藤田さんはいかがですか?

藤田:やりがいは、やっぱりこうして自分の仕事が本の形になることですね。本屋さんに訳書が並んでいるのを見ると嬉しいですし、マニアックな部分では、自分の腑に落ちる気に入った訳ができた時はすごく嬉しいです。ダジャレがうまくはまった、とか。自己満足ですけど、「ここはうまくできたな」という訳は何度も読み返します。逆に、うまくいかなくてずっと悩み続けることもありますが。

――では次の質問です。「翻訳の仕事を続けていく上で、最も大切なことは何だと思いますか」。

クォン:日本語でもこういう表現をするかわかりませんが、「お尻が重い(腰を据えて取り組める)」人。あんまり動かず、じっとしているのが苦ではない人が向いていると思いますね。私も実際に、朝から晩までずっと座っています。もちろん身体には悪いですが……。もう座っていることが癖になっていて、朝起きたらまず机の前に座ります。すぐに仕事をするわけじゃなくて、遊んでいますけど。

藤田:私も結構、外に出なくても平気なほうですね。ただ、それがずーっと続くとだんだん心が荒んでくるというか、気持ちがいじけてくる。ユーモアがあるエッセイや、癒し系のエッセイのお仕事をいただくことも多いので、自分がそんな気持ちで訳していたら、やっぱり嫌じゃないですか。いい翻訳も出てこない気もするので、「この仕事が終わったら、マッサージ3時間予約しよう」とか決めて、ニンジンをぶら下げる感じでやっています。

クォン:その方法はいいですね。やったことなかったです。翻訳の仕事がごほうびみたいなものだと思っていたので……。

藤田:ええっ、凄いですね。

クォン:いま困っているのは、日本文学の翻訳の仕事がどんどんなくなっていることですね。以前よりも韓国の出版社から日本文学が出版されなくなってきていると感じます。もちろん本自体が売れなくなってきているという状況もありますが。一方で、日本文学の翻訳者は増えていると感じます。

――翻訳をやりたい人と、出版社の刊行数の不均衡があるんですね。「翻訳する上で、言語のレベルを維持するために何か心がけていることはありますか?」という質問もありました。

藤田:翻訳の仕事に必死だと、あまり他のものに割く時間がないんです。でもなるべく本に限らず、映像などにも触れるようにしています。私の場合は、日本のTV番組をTVerやNetflixでよく観ています。字幕が出せる時は出しますね。「おお、なるほど。こういう表現があったのか」みたいな発見があったりするので。

クォン:私は娘とよく日本のドラマをよく見ています。それ以外だと毎日Yahoo!にアクセスしています。やっぱり日本のことを知るにはYahoo!がすごく役に立ちます。

AIは人間の翻訳を超えるのか?

――「AI翻訳について思うことがあればお聞きしたいです」という質問もいただいています。

クォン:以前、韓国を代表する5人の翻訳家に「AI翻訳は人間の翻訳に勝てるか?」と質問する企画があったんです。2人は「人間はこれからAIに負ける」と答えました。でも、私を含めた3人は「AIは人間には勝てない」と答えたのですが、3人の共通点は、みなさん文学を翻訳してる人だったんですね。やっぱり文学には心が込められていなければいけませんから、AIにそこまでできるのか、とは思います。でも私が死んだ後にはできるかもしれません。私も日本語の文章を書く際には、Papago(韓国のネイバーが提供する翻訳アプリ)はよく使っています。私は日本語の会話やメールを書くのが苦手なので、韓国語でまず書いて、Papagoで日本語に訳してから自分で手直しする、という風に使っています。

藤田:私も、いまのところAIに抜かされて仕事を奪われるというよりは、まだあと数年はこちらがAIを利用する感じではないかと思うんですけど、10年後はわからないですね。ただ『翻訳に生きて死んで』で書かれていて驚いたんですが、ナミ先生がある本を訳していて「あまりにも面白くない本だから、この本は出さない方がいいと思う」と出版社に提案したというエピソードがあります。それはやっぱりAIにはできないことだと思いますし、「こうした方がいい」と意見を言うことや、単純な作業ではない部分で、人間ができることはまだまだたくさんあると思います。

――最後に、最近お二人が翻訳された、あるいは翻訳中の本について紹介をお願いします。

クォン:最近は小川糸さんの「ツバキ文具店」シリーズの最新作である『椿ノ恋文』を訳しています。鎌倉を舞台にしている小説で、先日、鎌倉に行って実際に本に登場する場所を周って来ました。方向音痴で随分迷いましたが。

――韓国語を勉強されている方だと、日本の小説の韓国語版はとても勉強にもなるかと思いますので、皆さんぜひお手にとってみてください。藤田さんはいかがですか。

藤田:『マリーゴールド町 心の洗濯屋さん』という小説が3月末に刊行されました。著者のユン・ジョンウンさんはもともとエッセイストの方なのですが、とても癒されるヒーリング小説です。5月にはジャチョンさんの『逆行者 お金 時間 運命から解放される、人生戦略』という韓国で50万部売れた自己啓発書の翻訳書も出ます。よかったらぜひ読んでいただけると嬉しいです。

(2024年4月6日、神保町チェッコリにて。構成=平凡社 野﨑真鳥)

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