「挑戦的」に社会の基礎を問いなおす 小熊英二 ――玉野和志著『町内会』書評
記事:筑摩書房
記事:筑摩書房
自治会・町内会は、都市部の多くの人には縁遠い。しかし例えば大阪府箕面市は「自治会に入っていないと、災害時のセーフティネットから外れてしまいます」「復旧までの情報提供や支援物資の配布などは、優先的に自治会を通して行います」と広報している(箕面市「災害に備えて自治会に入る!」)。
それはなぜか。日本は公務員が少なく、自治会・町内会なしには行政事務がこなせないためだ。日本は二〇二一年の全雇用に占める公務雇用比率がOECD平均の約四分の一である(Government at a Glance 2023)。日本は官僚の存在感は大きいが、現場で働く公務員は先進国最少レベルの国なのだ。災害時には行政が自治会に支援物資をまとめて送り、高齢の自治会長が山積みの物資配布に困憊する風景が生じやすい。
日本の自治会・町内会は非常に独特である。イギリスのパリッシュやドイツのフェアアインのように有志の任意加入団体ではなく、一定の行政区画内は全戸加入が原則だ。かといってインドネシアのRT/RWや中国の社区のような準政府組織でもない。任意団体なのに全戸加入、若干の補助があるだけのボランティアのはずなのに行政からたくさん仕事が降ってくる。あたかも「志願を命ず」とでもいうような矛盾に満ちた、行政にばかり都合のよい制度である。現代では加入率が落ち、会長が高齢化して成り手がいないのも不思議ではない。
こんな矛盾に満ちた制度が、なぜ日本にだけ存在するのか。単なる「封建遺制」だという見解もあったが、実際には近代化の過程で形成された制度である歴史もわかってきた。玉野和志氏は社会学者として、町内会の研究を重ねてきた人である。
この新書は、多くの研究をもとに自治会・町内会の歴史と現状を解説している。だがそれだけでなく、上記の矛盾に答えを出すべく、著者自身が「かなり挑戦的」な「独自の見解」を述べている本でもある。以下、著者の見解を要約する。
明治以降の日本政府は社会不安を抑えるため、全戸加入で行政の手足となる協力組織として自治会・町内会を育成した。しかし、自治会・町内会の担い手にもメリットはあった。農村から都市部に流出して低い地位にあった日本の労働者のなかから、都市部で自営開業に成功した者が出現し、行政に協力する代わりに国家から承認を得る回路として自治会・町内会を活用したのである。それが頂点に達したのが一九七〇年代で、自営商店主を中心とした自治会幹部が保守系議員と結びつき、行政の手足だったはずの彼らが逆に行政を左右する力を持ちえた。だが自由化とグローバル化による自営商店の衰退、保守系議員と結びついた閉鎖的体質への批判、担い手の高齢化などで、もはや不可逆な衰退段階にあるというのが本書の骨子である。
もっとも著者の見解には疑問も残る。自営商店主の動向を中軸にした著者の説明は、著者が調査対象としてきた都市部の町内会はともかく、農村部の自治会にはあてはまらない。著者の見解では、欧米では労働者の地位上昇と社会的承認は労働運動に求められたのに対し、日本では労働運動が弾圧されたため自治会・町内会が回路になったというが、戦前の一時期はともかく戦後日本には適用できない説明である。著者は自治会・町内会を開かれた協議の場とすることを提案しているが、それによって生じる行政事務の担い手不足は、他のOECD諸国並みに公務員を増やすしか解決策はないと思う。挑戦的で包括的な見解である分だけ、ほかにも疑問が残る個所は多い。
とはいえ二つの点で私は著者に同意する。第一は、呼応する側の同意なくして、行政にばかり都合のよい制度は定着しなかったこと。そして第二は、このような制度はもはや持続不可能だということである。問題提起の書として一読に値する。