小林武彦先生× 壇蜜さん対談「なぜ「老い」、なぜ「死ぬ」のか」【前編】 ――『壇蜜的人間学。』より
記事:平凡社
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壇蜜:小林先生のご著書『生物はなぜ死ぬのか』はタイトル通りの深いテーマについて書かれてるのですが、「長寿のコツを他の生物から学ぶことはできないでしょうか?」という内容のところで、私も個人的に以前から目が離せなかったハダカデバネズミが登場してきてくれて、なんだかすごく嬉しくなりました。ハダカデバネズミって名前自体がちょっと悪口じゃん、とは思っているんですけど……。
小林武彦(以下、小林):毛がほとんどなくて、「はだか」なのがユニークですよね。それに、出っ歯。まったく見た目通りの名前ですよね。
壇蜜:どれをとってもインパクトよ……、みたいな。でもデバ(ハダカデバネズミ)って完全なる役割分担をしていて、生きること、繁殖することにすべてを捧げるすごい生き物だと私は感じています。デバの社会には部署のようなものがあって、代々その役割を担うデバたちは変わらないんですよね。食べものを供給する係、育児係、壁を修復する係、それから外部の敵に食べられる係まで……。たしか目は、ほとんど見えてないんですよね?
小林:土のなかで穴を掘って暮らしているので、視力はモグラくらいに弱っていると思います。彼らが生きてこられたのは、変わらない地中という環境で競争がなかったからだと思います。おっしゃる通りデバの社会はすごい分業がされていて、驚くほど効率がいい。生物のなかでは、ひとつの究極の形だろうと私も思っています。ただ遺伝的な多様性は、少ないです。みんな血縁関係なんですよね。めったなことでは他の家族と交わらない。何十年かに一回くらいは、洪水が起こったりして遺伝子が混ざることもあるみたいなんですけど。
壇蜜:弱くても変わらない世界をつくって生きてきて、それを極めたということですよね。
小林:人間も、少し似たような状態にあると思います。ヒトという動物は、環境を自分たちの思うままに変えて生きているじゃないですか。家をつくり、暑かったらエアコンつけたり、寒かったら暖房をつけたり。そういう意味では、デバとあまり変わらないんですよね。
壇蜜:私たち、デバ化してますよね。そういえばミーアキャットも社会性の強い動物で、やはり似たような点があると聞きました。ただ、ミーアはそれほど寿命が長くはないですね。
小林:外敵がいる小型の生き物は通常長寿化は難しいです。社会性の強い生き物たちには「集団知(集団的知性)」があり、それが私たちに理解できないくらい高等なところまで発達しているのでしょうね。魚の群れなども、すごく統制されているように見えます。お互いにぶつからず、さっと同じ方向へみんな行くわけですよね。人の同調圧力も元を辿れば似たようなものかもしれません。
壇蜜:かといって、先頭の魚が偉いリーダーというわけでもない。すごくバランスがとれていますよね。
小林:先頭も融通無碍に変わりますからね。集団心理が強く、1匹か数匹かがある方向に行くと、みんなそちらを向く。それが全体としては正しい方向に向かっているというような。不思議ですよね。石狩川を下った鮭の群れのなかには、遠くベーリング海まで行って戻ってきたのがいるでしょう? 群れのなかに1匹くらい飛び抜けて記憶力のいいやつがいて、帰り道はあっちだと覚えているわけじゃないとは思うのですが。
壇蜜:あ、もしかしてそれが「幻の魚」と呼ばれている「鮭児」だったりして。なんか群れのなかに未成熟の個体が混ざっていて、なかなかお目にかかれないし、すごく美味しいらしいんです。「鮭児に任せて、俺たちはあいつについていこう」みたいな感じで……。
小林:だとしたら面白いですね。でも単独でも帰ってくることができるのか、興味がありますよね。
壇蜜:集団で動く生き物は、やっぱり個になると弱い気がします。
小林:だめですね。アリなんかも丈夫そうだけど、1匹飼いするとすぐに死んじゃいますね。ネズミにも、同じ傾向があります。
壇蜜:私も家で動物を飼っていますが、ペットの場合はそのペットの家族が種類の違う動物ということもあるじゃないですか。それで長生きする種もいるし、それだとだめな種というのもあるかと思います。飼育された生き物の寿命というのも、気になるところです。
小林:ペットとしての歴史がすごく長いイヌのような生き物は、飼い主であるヒトを仲間だと思っていますよね。むしろ自分と同じイヌに対し、「何だコイツ?」というような態度をとっていたりして。
壇蜜:人間も、コミュニティのなかで暮らす生き物ですよね。ただ、今はそのコミュニティの形が、どんどん変わってきていると思います。リアルコミュニティが弱くなって、ネットコミュニティがたくさんできたり……。ご著書にも少し書かれていましたが、リアルとネットで人格を使いわけるような方もいらっしゃいますし。
小林:今はもう驚かなくなりましたが、研究者でも、会うとすごくジェントルマンなのに、ネットでは過激という方がいらっしゃいます。
壇蜜:たぶん私はネットの世界にいるときが一番、「よそゆき」の格好です。でも、なかには自分の部屋にいるときみたいにスウェットでくつろぐようなムードの人もいます。そういう人は、集団に属さなくても生きていける、という自信があったりするのかなと想像します。
小林:それでも、やはり人間にとって「一匹狼」はすごく難しいと思いますよ。オオカミだって、本当は1匹じゃ生きていけないと思うのですけれど……。哺乳類は、特にグループをつくる種が圧倒的に多い。そもそも交尾をしなくてはならないので、1匹で生きるという発想はありません。少なくとも、人生というかライフのある時期には集団内で暮らし、そこでいろんなことを学んだりしています。人間もひとりでは、とてもじゃないけど生きていけない。
壇蜜:それは、心も身体もということですよね。
小林:ワンオペとか自給自足は、生きるために多くのエネルギーを使います。いわば朝から晩まで、今日は何を食べるかということを考えないといけない生活ですよね。私たちは分業をしているおかげで、それをしなくてもいい。
壇蜜:デバもそうですが、分業ってすごく効率がいいですよね。人間もワンオペや自給自足を続けていると、早く命を終えることになりそうですね。
小林:身を守るのも、自分ひとりでしょう? 先ほどの魚なんかでも、群れることで相手に威圧感を与えられます。だから群れから離れてひとりぼっちになると、食べられる可能性は大きくなります。
壇蜜:人間も動物も、その意味では同じということですね。
小林:はい。人間の場合も、つい最近までは家族や学校、コミュニティに所属していないと生きられないというのは当たり前だったでしょう。
壇蜜:互助会みたいなところで、生きていくイメージですね。
小林:そこにいないと必要な情報も得られないし、お金も入ってこない。でも今はなんとなく、ひとりでもバイトはできるし、ネットにはひとり同士の仲間がいたりして、コミュニティを脱しても生きていけるような「錯覚」に陥るんです。社会がこれからどうなっていくのか、少し心配です。
壇蜜:人間は長いあいだコミュニティのなかで役割分担をし、協力し、共感しあって生きてきたんですものね。それが、コロナの影響もあると思うんですけど、すごく変わりました。
小林:コロナで、だめ押しされた感じはありますね。とにかく「閉じこもっとけ」だったでしょ。特に若者は、移動したり群れたりするのが「仕事」です。社会性の生き物として成長していく大事な過程にある。他人とたくさんの関わりを経験し、付き合い方、身のかわし方を身につけていかなきゃいけない年代が、すごく大きな影響を受けていると思いますね。
壇蜜:読み書きを学べる年齢があるのと同じで、それってある程度のリミットがありますよね。今回の感染症拡大はそういう意味で、すごいインパクトがあったと思います。ただ、さまざまな危機は人間同士を結びつける機会にもなるとも思うのですが、コロナとの戦いは一人ひとりの孤独を強める力が強く、たぶん老いも、生命が尽きるのも、早くなったような気がしてしまうんです。
小林:やっぱり人と会わないとか、好きなことができないっていうのは、すごいストレスですよね。ストレスは、体にも心にもよくない。人間はもともと、べたべたと群れる生き物です。それができないのは極端にいえば、食べるなとか寝るなと言うのにも近い。
壇蜜:たとえば、病気の予防ばかり考えて生きていると老ける。そんな気がしてならないんです。極端な言い方ですけど、不要不急を禁じられると人は老けるなという私なりの答えが出ているんです。だんだん、生きる力やガッツがなくなる。
小林:強くストレスがかかっている状態ですよね。好きなことができないと、小さなことに過剰反応を示したり。自律神経というのはかなり精神とリンクしていて、やはりハッピーなときには免疫機能も高い傾向にあると思います。
壇蜜:これは聞いた話ですが、忍者って老けるのが早いらしいですよ。
小林:いつもハイプレッシャー状態ですからね。現代でいうと外科医とか、飛行機のパイロットみたいな感じかなあ。
壇蜜:これも完全に偏見ですけど、お坊さんには老けた人が少ない気がします。心が豊かになる修行をしているからでしょうか。
壇蜜:早く老ける人となかなか老けない人がいる。それもストレスとすごい関係していると感じます。
小林:動物でも、そうですよ。生物学ではよくネズミを実験で使いますが、仲の悪い2匹を一緒に入れておくと、ストレスでどんどん毛が抜けちゃいます。もちろん、死ぬのも早い。ヒトもそうですが、もともと仲間と暮らすのが自然という動物は、何匹か飼わないと「虐待」みたいになってしまう場合もあります。
壇蜜:そう考えると、コロナ禍で学生たちは本当に気の毒でしたね。
小林:大学生はひとり暮らしが多いですからね。ひとりっきりの部屋でオンラインの授業を受け続ける……。
壇蜜:だとすると、今の学生は将来的に老けるのが早いなんてこともあるのでしょうか。
小林:それはわかりませんが、ただ壇蜜さんがおっしゃったことはすごく重要で、人生の喜びがなければ、生きる元気が出ないですよね。私もこの歳になって、つまらないことばかりが続くと食べる元気すらなくなります。ただ幸い趣味は多いので、そのおかげで生きていると感じます。特に海で泳ぐのが好きで、それができているうちは生きていけるかなと感じています。
壇蜜:いいですね、スキューバダイビングですか?
小林:シュノーケリングです。多少寒くても海に行っちゃって、妻から「馬鹿じゃないの?」とか言われるほどです。ずっと泳いでいたいのではなく、ざぶんと海に飛び込んだときの爽快感がいい。「とりあえずビール」と同じですね。
壇蜜:のどごしが最高、というような感じでしょうか。
小林:すべてのストレスが海に溶けだす感じですね。ああ、ここ(海)は違う世界。仕事も追ってこない。誰に邪魔されることもなく、自由に泳ぐ魚だけ見ていればいい。
壇蜜:そうやって自分だけの趣味や楽しみを見つけ、自分が喜ぶ方法を把握しながら、うまく時間を使える人は、自分の命をガードできる人だと思うんです。でも、それができない人も多い。趣味が見つからない、みたいな人も意欲的にガッツをもって生きていける薬みたいなのってあるんですかね。
小林:んー。もちろん抗鬱薬みたいなものはあって、心が弱くなったときには心療内科で処方してくれるかもしれません。飲めば、うまく効けばちょっとは気分が楽になる。でも、それは常用するようなものではありません。
やはり薬ではなく、これもコミュニティとか他人が重要だと私は思っているんです。たとえば誰かと一緒に海へいく。海が合わなければ、山登りが好きな人のグループに入ってもいい。壇蜜さんは、一瞬でストレスから解放されるような趣味みたいなものって何かもっていますか?
壇蜜:私も水泳が好き、プールで泳ぎます。水のなかって、やることが少ないのもいいですよね。あとは、何だろう? ちょっと説明が難しいんですけど、お得に感じることがあって、それを感じるのが好きなんです。
小林:どういうことでしょうか?
壇蜜:たとえば、ちょっと前に街で撮ってブログにあげた写真は、工事現場などで見かける「頭上注意」のサインです。上のほうに赤いぎざぎざのものが描かれていて、それは落ちてくる危険な何かにも見えるし、季節柄注意すべき太陽にも見えました。
小林:ああ、なるほど。自分だけは、わかっちゃったみたいな感じかなあ。
壇蜜:そういうダブルミーニングとか、小さな意外性やズレみたいなもの。それを発見することで、すっきりするというか、喜びを感じるんです。この私の「嬉しさ」を見つけるのが難しすぎて、今までの歴代彼氏とは、よく喧嘩してきました。
小林:そうか、壇蜜さんは「発見する人」なんですね。もしかしたら、すごく研究者に向いていたかもしれません。
壇蜜:本当ですか! 嬉しいなあ。
小林:研究者は、発見のためだけに仕事しているようなものですからね。「ああ、こうだったんだ!」という一瞬のために、何年も努力しています。それで、「少なくとも明日誰かに話すまでは、自分しかこのことを知らないぞ」などと思ってほくそ笑んだりしてね。
壇蜜:そこが嬉しいのは、すごく同じです。ただ質が違いすぎるというか……。何語か知らないけどオペラを聴いて、外国語なのに「ポンタカードない」と聴こえるフレーズが何度も聞こえてすごい嬉しかったりするんですよ。
小林:そうか、「空耳アワー」の世界ですね。
はじめに——もう一度授業に出たくなった
「病気」になるってどういうこと? 仲野 徹
「セックス」について考えてみた。 奥野克巳
なぜ「老い」、なぜ「死ぬ」のか 小林武彦
「アート」は難しい!? 南條史生
「占い」って何だろう 鏡リュウジ
「歴史」を知る醍醐味 本郷和人
「科学技術」は何のためにある? 佐倉 統
「宗教」について考えてみた。 島薗 進
おわりに—— 学ぶということは暮らしの中に溢れている