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「怪虫ざんまい」小松貴さんインタビュー 虫ってやっぱり、いないと困る

小松貴さん

人間の友人がいなかった幼少期

――「自分自身、ここまで人生をかけて取り組むものがあったのか」と、思わず自問自答してしまうほど、小松先生の「虫」への情熱に圧倒される一冊です。いったい、どんな少年時代を?

 小さい頃、静岡に住んでいたんですけれども、周りがもう全部、田んぼと畑しかないようなところだったんですよ。同世代の子どもも、まったくいない状況で、虫をいじって遊ぶぐらいしかやることがなかったんですね。毎日、石を裏っ返して、そこにいるダンゴムシとか、アリとかいじっていました。畑に行くと、網を張るクモがいっぱいいて、そのクモの網にバッタを引っ掛けて、それを食べる様子を観察していました。幼稚園に上がって、自由がなくなるまではやっていましたね。

――「幼稚園に上がって自由がなくなるまで」っていう表現も独特ですね。

 友人はできませんでした。基本的に、休み時間はもう、建物の裏側の草むらに一人でいて、バッタやアリと遊んでいました。周りに人間の友人は一人もいませんでした。

――大きな転機になったのが、長野県にある信州大学に進学されたことだそうですね。

 何を思ったか、山があるし、信州大学あたりに行ってもいいんじゃないかっていう感じになって。たまたま受かっちゃって、結果としてそれが良かったっていう感じですね。受験の時、松本駅に降り立った瞬間に、駅の目の前にでっかい山があって、「これは、ヤベエ場所に来たな!」っていうのがまず第一印象でした。最初に大学に行く日、道中に「クジャクチョウ」っていう綺麗な蝶がいたんですよ。

――名前からして綺麗な名前です。

 羽根の表が全部赤くって、羽根の下に青い目ん玉模様がついている。基本的にクジャクチョウって、すごく標高の高い、高原地帯に行かないとなかなかいないチョウで、私はそれまで見たことなかったんですけど、それが家の近所にいて、すごくびっくりして大喜びしたんです。ますます「これはちゃんと調べなきゃいけない」っていうことで、近所の裏山での探索活動に傾倒していきました。高校3年の時に私、体重が65キロあったんですけれども、入学後、10キロ以上、一気に痩せました。週末、水とコーンフレークだけ持って山に登るのを繰り返していたら、しぜんと体重が落ちました。

虫で食べていく

――「虫」を研究対象として生きていこうと決めた、何か象徴的な出来事はあったのですか。

 学部4年生の時、卒業研究をやるんですけれども、この時に、アリの巣の中に住んでいる「アリヅカコオロギ」っていう小さなコオロギに関係する研究をやろうということになったんです。アリの巣に居候する生き物で、研究の専門家の協力・意見を仰ぎながらやる必要があったので、国立科学博物館の丸山宗利(まるやま・むねとし)さんっていう人に連絡を取ったんですね。実際、丸山先生の研究室に行って、いろんな虫の標本とかを見せてもらった時、「昆虫を研究としてやっていく」「虫で食べていく」っていうことが、どういうことかを、まざまざと見せつけられました。

――丸山先生の具体的にどんな姿勢に感銘を受けられたんですか。

 丸山先生は昆虫の分類を主にやっている人ですが、一見しても「どこがどう違うのか分からない」2匹の虫の標本を見せられました。丸山先生は言うんです。「よくよく見ると、触角の表面に生えている毛の長さが違う」「足の長さ、色が違う」。そういう細かな特徴を見て、細かく、虫を分けていく。昆虫の研究って、こういうことをやらないとやっていけないんだな、こういうことが分からないとできないんだな、って。私もそういう技能を身に付けてみたいって思ったんです。

――そして昆虫学者として生きる日々が始まります。九州大学の熱帯農学研究センターに勤務されたり、国立科学博物館の協力研究員になられたり。

 アリヅカコオロギの研究をしつつ、いろいろ手広くやってきました。茨城・つくばに国立科学博物館の研究施設があって、私はずっと、そちらの方にいたんですが、植物園が併設されていて、そこに結構いろんなものがいるんですね。

 珍しいものとしては、目立たないんですけれども、「アリヤドリコバチ」っていうハチがいます。アリに寄生する、2ミリぐらいしかない小さいハチです。「クロヤマアリ」っていう、ごく普通にいるアリがいっぱいいるんですけれども、これの腹に取りついて卵を産みつけて寄生するハチなんです。クロヤマアリ自体は、日本中どこにでもいるんですが、どういうわけかそれに寄生するアリヤドリコバチの方はものすごく珍しくて、めったに見られないんですよ。

 これまで、長野とか九州とかあっちこっち行って探していたんですけれど、どこからも発見できなかったんです。ところが、その科学博物館の隣の植物園に、普通にいることがわかった。ものすごく驚きました。

弾丸のようなスピードで飛翔し、獲物を狩るハナダカバチ。カッコいいのでハチの研究者の間では人気が高く、これを嫌うヤツは一人として知らないのだが……(本書より)

――「灯台下暗し」もいいところですよね。でも、なぜその筑波の植物園の中にいたんでしょうか。どんな条件が整うと、いるのでしょうか。

 それがですね、私もよくわかりません。日本中どこにでもいていいはずなんですけれど、そのハチは本当にいる場所が局所的。おそらく特殊な、我々があずかり知らない条件が必要なんでしょう。その稀有な条件を奇跡的に満たしているのが、その植物園の中だったんだと思います。

希少な昆虫の生息地の今

――本では、虫を探すために、自転車で往復8時間をかけたり、真冬に地面に土下座して観察したり、井戸の奥底からポンプを数万回漕ぎ続けて「謎の生命体」を探し当てたり。本の帯には「奇人」と記されています。研究を続ける上で、大変なことは、どんなことですか。

 大変なことっていうのは、いろいろあります。一つは、本にも書きましたけれども、「通行人に邪魔される」ってことですね。挙動不審者に思われる。場合によってはもう、こちらのあずかり知らぬところで通報されて、警察が飛んでくることもあります。もう一つは、私が観察する場所って、普通の空き地とか田んぼとか畑とか、道端だったりするわけです。その場所が開発のせいで破壊されて、なくなるんですよ。特に最近、あちこちでメガソーラーが作られている。太陽光パネルが置かれると草原などに生息する虫は、一気に駄目になっちゃいます。

 あと、わりと最近深刻なのが、河川敷がどんどんコンクリートで固められているんですよ。災害対策と称して、日本中の河川の岸や土手を固めまくっているんですね。河川敷の周りって、「河畔林」といって、木が生える森林が発達していて、そういう場所は希少な昆虫の生息地になっているんですけど、全部開発されて、なくなっちゃっている状況です。私は非常に今、危惧しています。私のみならず、昆虫や生き物を研究する多くの研究者たちもこれを危惧しています。

フタモンマルクビゴミムシは、生息のために要求する条件が非常にうるさく、そこらへんの適当な場所では生きられない。近い将来の絶滅が危ぶまれる(本書より)

――とすると、日本では現在、虫や、虫に限らずいろんな生き物が激減しているのですか。

 そうですね。

――そしてもう一つ、コロナという未曽有の事態が、先生の研究を著しく制限しました。本に詳しく記されています。改めて振り返っていかがですか。

 この2年間余り、本当に行きたい場所にまったく行けなかったし、やりたい研究、やらなきゃいけない研究も、軒並み進まなかった。ただ、その一方で、家のすぐ近所で、普段、自由に行き来できていたならば、まず見もしないような環境に、驚くような珍しいものが生息していることに気づかされることもありました。

――この本のクライマックスは、貴重な「ゴミムシ」をめぐる冒険記の章です。

 そうですね。よくあそこに、こんなもの住んでいたなって思います。従来はかなりの「稀種」と言われていた湿地性ゴミムシの幾種かは、ここ数年の間に突如として最終記録が目立ち始めています。人間にとっては不幸な台風や豪雨の災害がここ数年相次いでいますが、彼らにとっては生息に適した環境の再生になっているような気もしています。

虫嫌いの人に知ってほしいこと

――「虫、好き?」って聞いた時、首を横に振る人が多いと思うのですが、「虫嫌い」の人たちに、その魅力を伝えるとするならば、どんなことですか。

 私は別に、嫌いな虫って基本いないんですけれども、犬が嫌いなんですよね。いろんな理由があって、小さい頃に追い回されたりとか、噛まれたりとか。世間でちやほやされている感じが、いけすかない。同じ理由で猫もそんなに好きじゃない。魚のボラも嫌いです。

 私にも嫌いな生き物がいて、今更、他の人間に、「いや、犬はこれだけ素晴らしくて」とか、「ボラはこれほどかわいらしくて」みたいなことを、とうとうと語られたところで、私はこの考えは一生変わらないと思うんですよ。なので、私は虫が嫌いな人間に、無理やり虫が好きになれ、とは思いませんし、言うつもりもないんです。ただ、虫は自然界に生きているものであって、何かしらの役割が、みんなあるんですよね。花粉を運んだり、他の生き物の餌になったり、自然界において物質を循環させるっていう重要な役割を果たしていますので、いなきゃいないで、それは困るわけです。

マスゾウメクラチビゴミムシ。「上野益三」の名を受けたこの種は、福井県の山奥のある一本の沢筋の地下だけから見つかる珍奇種。生息地の開発により絶滅の危機に瀕する(本書より)

――たとえ、本に登場する酷い名前の虫「メクラチビゴミムシ」であっても。

 そうです。あと最近では、科学技術の発達によって「バイオミミクリー(生物模倣)」というんですけど、生き物が持っている性質や特性をうまいこと使って、人間に役に立つ道具や素材を開発することが盛んに行われています。「なんでこんなちっぽけな虫が」っていうような虫の持つ性質や成分が、たいへんな新薬の開発や、新素材の開発に使われる。そういう面から考えても、虫ってやっぱり、いないと困るんですよね。生態系においても困るし、人間にとっても、巡り巡って、困るんです。どんな些細な虫であっても。虫を嫌うのは自由なんですけれども、いなきゃいないで困るってことは知っておくべきじゃないかな、と私は思っています。

――とかく「害虫」「益虫」などと分類しがちですが、地球規模で考えれば、「いない方がいい虫なんかいない」ということなのですね。

 本のタイトルに「怪虫」とありますが、特に虫マニアにおいて、「怪虫」とか「珍虫」っていうと、見たことのない、すごく仰々しいカタチをしたカブトムシとか、クワガタとか、カマキリとか、そういう系のものを思い浮べると思います。でも、我々の住んでいる身近なところでも、変な寄生生活を送る「ネジレバネ」であったり、滅多に見つけられない宝石のような「ゴミムシ」だったり、不思議な虫っていっぱいいるわけです。私はむしろそういう類のものにこそ、「怪虫」という名称を、称号を与えたいなと思っています。

 私の研究を通じて、身の回りにいろんな虫が、面白い虫が生息している。そして、それらの虫は今、環境破壊やらで滅びの道を歩んでいるっていう現状を多くの人に知ってもらいたい。さっきは「嫌いなものを無理して好きになることはない」と言ったものの、もしそれで好きになってくれるんだったら、嬉しいです。私自身は、もうとにかく、見たことのない虫を見て、面白い気分になりたい (笑)。自分でさえ面白いと思ってないようなものを、人に対して面白いと思わせることなんか、まずできないと思っているので。

ムラサキツバメの幼虫に群がるアミメアリ。身近な公園でも、注意深く探すと案外見つかる、生き物たちの不思議な営み

――最後に、この梅雨時、見ると楽しくなるような虫って?

 街中でも見られて、しかも見ていて面白いものといったら、私は大体いつも「ムラサキツバメ」っていうチョウを挙げますね。ちっちゃい紫色の羽根を持っている綺麗なチョウなんですけれども、その幼虫は、街路樹とか公園の木でよく植えられている、マテバシイ(馬刀葉椎)っていうドングリがなる木の葉っぱを食べるんです。幼虫は、体から蜜を出してアリを呼び寄せる性質を持っているんです。アリを呼び寄せて、蜜をなめさせる見返りに、敵になるようなものをアリに撃退してもらう。「用心棒」としてアリを雇う性質を持っているんですよ。

――それは何と賢い!

 最近わかったんですけれど、「ムラサキツバメ」の仲間のチョウは、蜜をアリに与えるんですけど、この蜜の中に、アリの脳内物質をいじって、アリを通常よりも攻撃的な性格にさせる作用があることがわかったんです。アリをわざわざ呼び寄せて、より攻撃的な性格にして、天敵に対し攻撃させて、自分を守ってくれるように仕向けている。公園のマテバシイの木の根元近くのひこばえの葉を見てみてください。クルッと丸まっているやつがあるんですよ。それをほどくと、「ムラサキツバメ」の幼虫は、中にだいたいいます。アリと一緒に中に入っています。