信長が人間五十年と謡ったのは400年以上も前のこと。今や日本人の平均寿命はそれより年以上も長い。平均寿命はこれからも少しずつ伸びそうだが最大寿命については115歳あたりが限界だと言われている。
不老長寿は万人の願いだが、すべての人間は死ぬ定めにある。コロナ禍のせいで死が身近になっている中ではなおいっそうのこと、この現実だけは直視しないわけにいかない。本書は、そのあたりの悲哀と諦観(ていかん)とのあいだの心の揺れに寄り添ううまいテーマ設定だ。
著者は、生物が死ぬ定めにある理由を、冒頭の「はじめに」であっさりと明かしてしまう。「進化が生き物を作った」からだというのだ。あとは、生物の死があってこそ、生物多様性が実現したという持論の解説。
その説明内容にことさら目新しい点はない。高校の生物の教科書のおさらいだ。ただし一点だけ、重要な違いがある。教科書の記述は無味乾燥だが、本書の記述は、物語を優しく説き語るデスマス調である点だ。なので、眠気を覚える間もなく、説明がすっと頭に入る。
著者には同じようなテーマをジュニア向けに語った『寿命はなぜ決まっているのか』という著書もある。本書の前半は、それよりもむしろていねいな語り口で、遺伝的仕組みの解説への深入りも避けている。さしずめ本書のターゲットはシニアなのかも。それだと、マーケティング的に読書好きの購買層とも合致している。
最後は人類の未来、AIとの共存などに関する私見が披露されている。そこで語られているのは、死を自覚できる唯一の生き物としてこの世に生を受けた個々人が果たすべき役割であり意味である。
人が死に、世代が受け継がれていくことで世界は回っている。当たり前のことにも生物学的に意味があると聞けば、少しは心安らぐはずだ。科学書だって、宗教書の代わりになるということかも。=朝日新聞2021年8月7日掲載
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講談社現代新書・990円=8刷7万部。4月刊。著者は生物学者。読者層の中心は50~70代男性、最近は学生も目立つという。