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「世界文化賞」建築家、坂茂が提唱する新時代の首都機能移転構想「動都」とは

記事:平凡社

『動都』のカバー図版に利用した、坂茂建築設計による欧州議会議事堂国際デザインコンペティション出品作 European Parliament - Paul-Henri SPAAK Building Brussels (Competition Proposal,2022)©Shigeru Ban Architects Europe
『動都』のカバー図版に利用した、坂茂建築設計による欧州議会議事堂国際デザインコンペティション出品作 European Parliament - Paul-Henri SPAAK Building Brussels (Competition Proposal,2022)©Shigeru Ban Architects Europe

『動都 移動し続ける首都』(坂茂 編著、光多長温/三宅理一著、平凡社)
『動都 移動し続ける首都』(坂茂 編著、光多長温/三宅理一著、平凡社)

 東京一極集中を是正し、地方創生を進め、災害対応の強化を図ることは、日本の将来のため最優先される課題である。

 1960年頃から、その問題は国会でも議論されるようになり、その対策として分都、展都、拡都、重都などさまざまな形で首都機能を移転して東京の過密を解消する方法が展開していった。その後、バブル景気時に東京の地価が暴騰したことも重なり、遷都と違い皇居は移さない「首都機能移転」の議論が再浮上し、1990年に衆参両院で国会等の移転を決議するに至った。そして1996年には移転先候補2ヶ所、“栃木・福島地域”と“岐阜・愛知地域”、準候補として“三重・畿央地域”が明記された「国会等移転法」が成立した。

 しかし、首都移転絶対反対を公約とした石原慎太郎都知事の誕生などもあり、この問題は国政では話し合われなくなり、2003年に議論は凍結された。さらに、2006年に首都機能移転担当大臣のポストが道州制担当大臣となり、財政問題もあり首都機能移転から道州制へ政策転換が行われた。道州制は都道府県を再編して道と州を設け、国から道州へ分権をすることである。それは、巨額の費用が必要な首都移転よりは現実性があるように響くが、首都移転の方法論の誤りが、最初に移転する場所を選ぶ不動産業者(デベロッパー)的発想で、利権と縄張りを政治家同士が争うことに始終したように、道州制をいくつの道州に分けるのか(実際、9,11,13州案)そして、それぞれの州都をどこにするのかで、首都移転と同様の政治家同士の争いが始まることは明らかである。

 私は、幸運なことに堺屋太一氏に長年懇意にしていただき、多くの事を学ばせていただいた。氏が1990年に出版した『「新都」建設』は、「遷都」そして「首都機能移転」を、より具体的にスリムに実現するための素晴らしい指南であった。しかしながら、現在我々は環境問題という地球の危機に直面し、新しい都市を作るため、巨費を投じて森や田畑を潰すことは、特に日本ではあまりに非現実的であることは明白である。そこで堺屋氏は2019年に亡くなる直前「三度目の日本」という、日本の将来のためには「新都建設」でなく、2020年代に日本の危機を乗り越えるための大転換をしなければならないという遺言的論文を残された。今、日本人は三度目の敗戦状態にある。

 一度目は、外圧により幕藩体制が崩壊した江戸時代末期、そして二度目は太平洋戦争の敗戦である。そして今我々日本人はもう日本は先進国でなくなったと薄々感じ始めているのではないだろうか。堺屋氏はそれを日本は三度目の「敗戦」を迎えていると言っている。つまり、今日本に大きな大転換「グレート・リセット」が必要だと言っているのである。そのために堺屋氏が期待するのが「第四次産業革命」である。しかし堺屋氏がそのチャンスとして考えた2025年の大阪万博も東京オリンピックのように負の遺産になりつつありそうである。そんな日本に必要な「グレート・リセット」とは何であろうか。

本書p.188-189より。静岡県浜松市への「動都」を行なった場合のケーススタディ(坂茂建築設計提供)
本書p.188-189より。静岡県浜松市への「動都」を行なった場合のケーススタディ(坂茂建築設計提供)

 そこで私は、東京一極集中是正と地方創生を進めるため「動都」を提案する。「動都」とは、国会を中心とした首都機能の一部を定期的(4〜5年ごと)に全国の中枢中核都市に移転し、移動していく「仮設首都機能移転」計画である。あたかもオリンピックが4年ごとに世界中の都市を移動するように、日本中の地方都市が誘致合戦をして、その時代(時期)に適した都市に仮設国会議事堂とそれを運営するに必要な一部官公庁を移転させる。それにより、オリンピックのように誘致した都市にはインフラが整い、周辺地域まで経済効果を得ることができる。この場合、インフラといっても土木的なインフラではなく、デジタル・インフラで、政府の懸案でもなかなか進まない「スーパーシティ」構想を各都市に実現・展開することができる。「動都」では選ばれなかった都市にも次のチャンスがあるため、「遷都」のようなデベロッパーや政治家の争いは起こりにくく、移設費用・工期を大幅に抑えることができる。仮設国会議事堂は、現在環境問題のため世界的に推奨されている木造建築としても良い。実際、過去日本で現在の国会議事堂が建設されるまでの23 年間で、3回木造仮設国会議事堂が建設された例もある。また、都市によっては多機能空間にホテルが隣接する、既存巨大なコンベンションセンターを改装して利用することも可能である。

 最後に、今「動都」を実現し仮説首都をつくるべき現実的な理由がある。1936年に建設された現在の国会議事堂は、現況の建築基準法の耐震基準と、消防法の基準が全く適っていない危険な建物である。そこでそれを改善すべく2020年9月に某大手設計会社によって耐震診断の業務が2億8217万8700円で落札され、その結果が2023年3月末に提出された。この結果を基に耐震補強設計が現在検討されているはずである。この重要な歴史的建造物の意匠を変えることなく、耐震補強を設計することは大変難儀で、それを施工するのは困難な大工事であり、その期間中、数年は仮設国会議事堂が現実的に必要となる。国会議事堂を使いながらの工事では、工期や工程を大幅に増やすため、現実的ではない。今こそ仮説首都移転「動都」の議論が急務であり、このチャンスを日本の“グレート・リセット”とするべきではないだろうか。

本書p.192より 坂茂建築設計による欧州議会議事堂国際デザインコンペティション出品作 European Parliament - Paul-Henri SPAAK Building Brussels (Competition Proposal,2022)©Shigeru Ban Architects Europe
本書p.192より 坂茂建築設計による欧州議会議事堂国際デザインコンペティション出品作 European Parliament - Paul-Henri SPAAK Building Brussels (Competition Proposal,2022)©Shigeru Ban Architects Europe

『動都 移動し続ける首都』目次

はじめに
序――首都の時代は終わった
第一章 世界の首都の歴史
 コラム 首都機能移転議論から人口減少への歯止めへ(大西隆)
第二章 何が問題なのか
 コラム 日本の「州構想」は“動都”で動く!(佐々木信夫)
第三章 新しい都市のかたち
 コラム デジタルが駆動する「日本再起動装置」としての〝動都〞(石丸希)
第四章 動都の提案
 コメント 動都構想と浜松市(鈴木康友)
鼎談 動都から日本の未来を考える 坂 茂+大西隆+林千晶 司会:三宅理一
参考文献

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