1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. 「停戦」後のガザとイスラエルはどうなるのか――早尾貴紀さんに聞きました①

「停戦」後のガザとイスラエルはどうなるのか――早尾貴紀さんに聞きました①

記事:平凡社

イスラエルの建国前から現在までパレスチナ/イスラエル問題を思想・歴史の両面からていねいに論じた早尾貴紀さんの『イスラエルについて知っておきたい30のこと』(平凡社)には、パレスチナの地で行われてきた暴力がまざまざと描かれている。
イスラエルの建国前から現在までパレスチナ/イスラエル問題を思想・歴史の両面からていねいに論じた早尾貴紀さんの『イスラエルについて知っておきたい30のこと』(平凡社)には、パレスチナの地で行われてきた暴力がまざまざと描かれている。

なぜこのタイミングで停戦が「合意」されたのか

 停戦交渉は当初からありました。23年11月24日からの休戦期間中には今回同様に「人質交換」も行われましたが、結局休戦は短い期間で終わり、その後の24年5月末に米国のバイデン大統領(当時)が強く停戦を打ち出しました。そのときの内容は今回の合意内容(後述)と大筋は同じでしたが、イスラエルが「ハマース壊滅」という目標が十分に達成されていないという理由で拒絶しました。

 今回の停戦は、カタールと米国が仲介して、イスラエルとハマースが「合意」しました。昨年12月から今年1月に急速に停戦に向けた動きが本格化したことの背景には、次の3つの要素を指摘できます。

①イスラエルがレバノンに拠点を置くヒズブッラー(ヒズボラ)への攻撃を強め停戦が合意され 、その直後にシリアのアサド政権への攻撃にも参加し同政権を崩壊させたことで、ハマースをサポートする組織や政府がほぼなくなったこと。

②1年3ヶ月におよぶ攻撃でガザ地区を相当に破壊したこと。

③11月のアメリカ合衆国の大統領選挙で第1期政権で極端なイスラエル寄りの政策を実施したトランプが当選し、就任前から中東特使を送って停戦を促したこと。

 イスラエルとしては、トランプ政権とともにガザをどのように制圧、コントロールしていくかを具体的に描きやすくなった、ガザの徹底的な破壊をひと区切りして次のステップに移って良い段階に達したと判断したと見ていいでしょう。

停戦合意はどこかで破綻する

 今回の「合意」は3段階に分かれています。ただし、3段階のうち合意されているのは第1段階だけで、第2、第3段階については方向性だけが示され、詳細は第1段階の停戦期間中(3月1日まで)に交渉するとされています。

 第1段階の6週間の間に、①パレスチナ側がイスラエル人などの「人質」33人を解放し、イスラエルは収監中のパレスチナ人数百人を釈放する。②イスラエル軍はガザの人口密集地域から撤収し、住民がガザへ帰還する。③イスラエルは援助物資を運ぶ車両の通行を許可する。

 第2段階では恒久的停戦を宣言して、パレスチナ側が残りの人質を解放し、イスラエル軍は一部を除いて撤退、第3段階でガザ地区の復興を目指す、とされています。   

 ところが、停戦合意した後も、イスラエルはハマースがガザ復興に関わることは認めていません。停戦に向けて第2、第3段階についてもハマースと交渉をしなければならないのに、ハマースを排除する方針を掲げているということは、完全に矛盾しています。イスラエルがこのような立場である以上、ハマースとの間で第3段階に達することはありえません。どこかで交渉が破綻して、実力行使でハマースを排除する可能性もあります。実際、イスラエルは「我々はいつでも戦闘再開できる。それはハマース次第だ。ハマースがどこまで停戦を守るかだ」と言っています。

停戦合意がガザに平和をもたらすことはない

 第1段階の合意に基づいて「人質交換」が行われていますが、パレスチナ側が「人質hostage」を「解放」するのに対して、イスラエル側は、「囚人prisoner」を「釈放」するという言い方で  、不当に捕らえられた被害者である「人質」と、犯罪を犯して収監されている「囚人」を交換するかのような構図で報じられていることには注意が必要です。イスラエル側の「人質」の中には、ガザ封鎖の任務に当たっていたイスラエル軍兵士も含まれます。民間人も兵士もみな同じ「人質」と呼ぶのは、印象操作だと思います。

 一方パレスチナ人の「囚人」は、デモに参加したり、SNSにイスラエルを批判する投稿をしたりシェアをしたという程度で拘束されていたり、理由も告げられず、また一切の司法手続きも経ずに拘束、収監されている場合もあり、常時数千人が収監されています。イスラエルは人質交換が進行している最中にも、連日数十人レベルでパレスチナ人を逮捕・拘束しつづけています。何人釈放しようが、代わりの「囚人」を捕らえられるのです。

 また、イスラエル側の「人質」1人に対してパレスチナ人の「囚人」30~50人を交換するという取り決めになっています(人質が兵士か民間人か、男性か女性かで交換割合が変わります)。イスラエル人の命はパレスチナ人の30倍の重さがある、パレスチナ人の命の重さは30分の1しかないような印象を与えかねません。

 さらに、「停戦」とは、通常は戦闘している双方が戦闘を止めることを意味しますが、イスラエルとパレスチナの場合はこれに当てはまりません。なぜなら、「停戦」によって、イスラエルによるガザ地区の占領や封鎖が終わるわけではないからです。同じく占領下にあるヨルダン川西岸地区でのイスラエル軍の侵攻と入植者による襲撃・収奪も止まることがなく、ガザでの「停戦」以後、よりいっそう激しさを増しているという状況にあります。

 そもそも、1948年にパレスチナに入植してイスラエルを建国したために、難民となったパレスチナ人たちがガザ地区、西岸地区に追いやられたのであり、67年以降イスラエルは両地域を軍事占領下に置き、04年からはガザ地区を封鎖してきたという経緯があります。そしてパレスチナ側がイスラエルの軍事占領と封鎖に抵抗すれば、イスラエルは停戦合意違反を理由にいつでも攻撃を再開できます。 

 このような内実の「停戦合意」によって、ガザに平和が訪れることはあり得ません。

《②へ続く》

(構成:市川はるみ)

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ

じんぶん堂とは? 好書好日