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富野は世界を救いたい ――藤津亮太『富野由悠季論』書評(評者:藤田直哉)

記事:筑摩書房

新たな富野由悠季像を浮かび上がらせる画期的評論、ついに刊行!
新たな富野由悠季像を浮かび上がらせる画期的評論、ついに刊行!

 間違いなく、藤津亮太の主著であり、代表作の一冊となるであろう。1998年に記者として富野由悠季を初めてインタビューしたときに始まり、2000年には氷川竜介とともに富野由悠季『ガンダムの現場から――富野由悠季発言集』を編み、富野作品の解説やムックなどを多数執筆し、『「ガンダム」の家族論』構成などで富野と密に接し、最初の単著『「アニメ評論家」宣言』(2003、増補改訂版2022)、『アニメと戦争』(2021)などで富野論、ガンダム論を展開してきた藤津が、満を持して、一冊丸々富野由悠季を論じる。

 これほどの影響力と知名度を誇るにもかかわらず、これが最初の富野由悠季に関する単独の著者による研究・評論書なのではないだろうか。夏目漱石の研究書の数を考えれば、信じられない思いがする。

 集団で作られる商業芸術の「作家」の論じ方は、方法的難問である。藤津は、愚直に画面を見つめて分析し、絵コンテや企画書やストーリー案などを根拠に、富野の「作家性」に手探りで迫っていく。富野の「作家」としてのありかたは、商業的要請やジャンルの発展・成熟と不可分であった。『鉄腕アトム』(1963―1966)でキャリアを始め、職人的な腕を磨き、商業的な条件の中で、成熟して動画的にも物語・主題的にもより高度で複雑な表現を可能にしていくジャンルの発展と相互作用していったのが富野の「作家性」である。アニメーション「作家」がどういう存在で、小説家や画家とどう違うかが、丹念な調査で浮き彫りになる見事な仕事である。

 前半で重点的に論じられているのは、『鉄腕アトム』、『海のトリトン』(1972)、そして『機動戦士ガンダム』(1979―1980)、『伝説巨神イデオン』『The IDEON 接触篇』『発動篇』(1980―1982)、そして『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(1988)である。特に、『機動戦士ガンダム』第一話は「演出家としての」「到達点」と高く評価される。ストーリー案、脚本、絵コンテ、小説版などを丁寧に比較し分析する作業は、膨大な富野作品の教養と知識と資料に裏打ちされた比類のない仕事である。

 藤津自身も言うように、本書以上の研究のためには(文学研究と同様)中間生成物などを丹念に調査研究する段階に踏み込むべきだろうが、このアニメ大国日本ですら、残念ながらその体制は出来ておらず、整備が急務であろう。

 主題系の変化も論じられる。富野は『イデオン』を経て「自我/科学技術/世界」という主題を掴んだという。自我が科学技術を通して、何か重要な世界の真実や超越的・霊的次元に触れてしまうのだ。一方、『Vガンダム』(1993―1994)後に鬱に陥った富野は、「身体/お祭り/大地」を重視するように変化した。『∀ガンダム』(1999―2000)や『ガンダムGのレコンギスタ』(2014―2015)が典型だ。芸能や祭りを重視し、身体や性を肯定的に描き、故郷喪失ではなく戻るようになり、人間に優しいまなざしを向けるようになる。

 この変化は、「ニュータイプ」思想の変遷と相即している。藤津が踏み込まなかった方向で評者の余計な解釈を少し述べると、ニュータイプとは、ゲームや機械の操作などが得意な「オタク」たちの象徴であり、80年代頃から発展したポストモダンの時代の中で、現実や身体や物理世界から遊離したリアリティを持ち、そちらの世界に移行したい、地上や歴史や社会や生活やしがらみなどの「重力」から逃れたいと考える人々のメタファーだと感じている。そこには、60年代に富野や安彦良和が深くコミットした学生運動における政治思想への回答すらも見え隠れしている。

 ともあれ、結論部に近いところで、藤津が述べた一言は感動的であり、本書を通じて藤津がやろうとしたこととも通じるだろう。「富野は作品を通じて世界を救いたい」「戯作者・富野は(……)人に賢くなってほしいのだ」。

藤津亮太『富野由悠季論』(筑摩書房刊)
藤津亮太『富野由悠季論』(筑摩書房刊)

『富野由悠季論』目次

はじめに 「アニメーション監督」としての富野由悠季を語りたい
第1章 富野由悠季概論――「アニメーション監督」とは何か
第2章 演出家・富野由悠季の誕生――出発点としての『鉄腕アトム』
COLUMN 富野監督作品全解説1 1968〜1979
第3章 確立されていく語り口――『無敵超人ザンボット3』まで
第4章 一つの到達点――『機動戦士ガンダム』第1話
第5章 ニュータイプとは何か――戯作としての『機動戦士ガンダム』
COLUMN 富野監督作品全解説2 1980〜1988
第6章 科学技術と人間と世界――『伝説巨神イデオン』で獲得したテーマ
第7章 変奏される主題――『聖戦士ダンバイン』から『機動戦士Zガンダム』へ
第8章 演出と戯作の融合――詳解『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』
COLUMN 富野監督作品全解説3 1991〜2022
第9章 運動と人間性――『機動戦士ガンダムF91』以降の演出術
第10章 失われる言葉と繫ぎとめる身体――『海のトリトン』から『新訳Zガンダム』へ
第11章 大転換、大地へ――『Gのレコンギスタ』への道のり
おわりに
人名索引
主要監督作品メインスタッフリスト

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