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難解な「ベストセラー」、フーコー『言葉と物』がわかる!

記事:明石書店

フィリップ・サボ著『フーコー『言葉と物』を読む―言語の回帰と人間の消滅』(坂本尚志訳、明石書店)
フィリップ・サボ著『フーコー『言葉と物』を読む―言語の回帰と人間の消滅』(坂本尚志訳、明石書店)

『フーコー『言葉と物』を読む―言語の回帰と人間の消滅』について

 本書『フーコー『言葉と物』を読む―言語の回帰と人間の消滅』は「本を読むための本」である。世の中には、多くの人が完読を断念したいわゆる「名著」が多くある。ミシェル・フーコーの1966年の著作『言葉と物―人文科学の考古学』も、そのうちの一冊だろう。フーコー研究を代表する研究者の1人であるフィリップ・サボが、難解をもって知られるこの著作を「読む」ことを目指したのが本書である。

 その難解さにもかかわらず、『言葉と物』は、刊行と同時に評判を呼び、この種の人文書としては異例の売れ行きとなった。アルゼンチンの作家ボルヘスの謎めいたテクストとスペインの画家ベラスケスの絵画《侍女たち》の華麗な読解に始まり、「人間の死」というセンセーショナルな言葉でその最後のテーゼが要約されたこの著作は、マルクス主義的ヒューマニズム、実存主義、そしてその代表者としてのサルトルに対する痛烈な批判として受け止められた。当時のフランスの思想界において、『言葉と物』は構造主義のマニフェストとして受け取られた。

 こうした熱狂的な受容によって、ルネサンス期から近代までの西洋の知の変容を描くという、ある意味では「地味な企図」が覆い隠されることになってしまった。しかも、『言葉と物』以降のフーコーが、権力論の探究へと軸足を移すことになると、この著作はフーコー自身もあまり顧みることのない仕事になってしまった。

 

フーコーが教えたコレージュ・ド・フランス前にあるミシェル・フーコー広場(写真は筆者による)
フーコーが教えたコレージュ・ド・フランス前にあるミシェル・フーコー広場(写真は筆者による)

 フィリップ・サボが本書で試みたのは、その絶大な知名度にもかかわらず真に理解されることのなかったこの著作を読解し、フーコーによる試みの可能性と限界を正当に評価することである。サボ曰く『言葉と物』には2つの大きなテーマがある。それは「言語」と「人間」である。「人間」が近代の西洋思想に突如現れ、消えつつある徒花であるとするなら、「言語」はルネサンスから古典主義時代の知を支配し、そして「人間」の消滅の後にふたたび知の原理となろうとする。「人間の死」は「言語の回帰」の前座にすぎない。

 サボは、フーコーが描き出す西洋の知のダイナミズムを、『言葉と物』の後半(第7章~第10章)を読み解くことによって明らかにしようとする。この後半こそが、『言葉と物』の議論の根幹である、「言語」から「人間」へ、そして「人間」からふたたび「言語」へと回帰する西洋の知の大変動を鮮やかに描き出しているからである。つまり、本書は『言葉と物』の一番重要なところに焦点を当てながら理解しようとする試みである。

なぜ本書を翻訳したのか? 

 著者のフィリップ・サボは、リール大学教授であり、ミシェル・フーコーセンター所長を務めている。『言葉と物』の校訂版や、近年続々と刊行されているフーコーの草稿に関する編集者の1人でもある。まぎれもなく彼は、フランスのフーコー研究をリードする研究者である。

 本書の翻訳には、訳者である私の個人的な事情が大きく関係している。2001年から私はフランス南西部のボルドー第三大学の哲学科に留学していた。私の指導教員がサボの学生時代からの親友であり、その縁で学内のセミナーなどにサボが講演者として来てくれることがあった。フランスの大学の哲学教員は、原稿を用意してそれを読み上げる形式で講義を行うことが普通であった。学生はそれを一字一句忠実にノートに取る。これは勉強にはなったが、フランス語の聴き取り能力と集中力を限界まで酷使する試練でもあった。

 

留学先のボルドー第三大学があるフランス南西部ボルドーの街並み(①)。ボルドーで最も有名な「ブルス広場」(②)。旧市街に残る「路地」は、『言葉と物』でも重要な時代区分となる18世紀古典主義時代に作られたもので、当時の面影を残す(③)。(写真は全て筆者による)
留学先のボルドー第三大学があるフランス南西部ボルドーの街並み(①)。ボルドーで最も有名な「ブルス広場」(②)。旧市街に残る「路地」は、『言葉と物』でも重要な時代区分となる18世紀古典主義時代に作られたもので、当時の面影を残す(③)。(写真は全て筆者による)

 しかし、サボの講演は非常に簡潔で明快な語り口で話してくれるので、議論の要点を容易に把握できた。題材は哲学と文学の関係など、決して単純ではないものだったと記憶しているが、フランスの哲学教員らしからぬわかりやすさに感銘を受けた。

 そんなサボが2006年に刊行したのが本書の原著Lire les mots et les choses de Michel Foucaultである。その頃、私はフーコーについての博士論文を準備中だった。1961年の『狂気の歴史』から1984年の死に至るまでフーコーの思想を、歴史の問題を中心に扱うという計画だった。

 論文の準備に際して、フーコーの著作の中では屈指の難解さである『言葉と物』は大きな障害になった。絵画や文学作品の分析は面白いものの、延々と続く古典主義時代の知の概説や、近代における人間の形象の誕生に関する重厚な議論は、個々の文の文法的構造を追うだけでも精一杯で、毎日途方に暮れていた。『言葉と物』一冊を読むのに何か月かかるのか、この調子でフーコーの他の著作も読まなければならないのなら、博士論文の完成は一体いつになることか、と絶望するしかなかった。

 その絶望の淵から私を引き上げてくれたのが、他ならぬサボの著作であった。『言葉と物』が一体どのような著作なのかを、サボの筆致は明確に示してくれた。もちろん、それ以前にも多くのフーコーの研究書が『言葉と物』について扱い、その議論の骨格を明らかにしていた。しかし、そうした研究と比べてサボの著作の優れているところは、『言葉と物』を「読む」ことに徹しているところである。

『言葉と物』を「読む」とは?

 フランス語の「読むlire」と「読解lecture」は似ているようで異なる作業である。「読む」が対象の著作をその流れに沿って理解することを目指す一方、「読解」は対象の議論の組み立てから一定の距離を置き、それが扱っている問題やその解答、その長所や短所、残された課題などを明らかにすることを目指す。「読む」ことが著作の全容を見せようとするとすれば、「読解」は著作を一旦分解し、各々の問題関心に従ってその一部あるいは全体を再構成することで成り立っている。つまり、サボの著作は、『言葉と物』の複雑な議論の流れを損なうことなく、それがどのような要素で構成されており、それらの間の関係がいかなるものかを明示しつつ、その重要性をわれわれ読者に示すという「読む」行為を実践している。

 そして、先に触れたように、本書は『言葉と物』の後半4章に焦点を当てている。この4章で記述されている出来事こそ、本書の日本語の副題である「言語の回帰と人間の消滅」(この副題はサボ自身の提案である)であり、『言葉と物』が刊行当時に熱狂と論争を巻き起こした理由であるからだ。とはいえ、決して最初の6章が無視されているわけではない。本書はまず、前半の6章の概略をコンパクトに要約した上で、後半部を「読む」ことに取りかかる。読者は『言葉と物』という複雑で長大な著作の全体像を、その核心とも言える後半部に焦点を当てながら、把握することができるということである。

 

いまだ版を重ねている日本語版のミシェル・フーコー『言葉と物―人文科学の考古学』(渡辺一民・佐々木明訳、新潮社)と並べて
いまだ版を重ねている日本語版のミシェル・フーコー『言葉と物―人文科学の考古学』(渡辺一民・佐々木明訳、新潮社)と並べて

 2006年の刊行直後に本書を読んだ時にまず思ったのは、『言葉と物』が「わかる!」ということだった。2011年に博士論文を提出した際には、サボには博士論文の報告者(博士論文を事前に読み、審査すべきかを報告する役割を担う審査員)の1人となっていただいた。その後も彼の住むリールを訪れフーコー研究について議論する機会を幾度か持った。さらには、2020年初めには京都にて2度の講演を行っていただくことができた。

 つまり私はサボから多くの学恩を受けているのだが、本書の翻訳はその恩返しにとどまらず、日本におけるフーコーの思想の理解の深化のためにも大きな意義を持つと信じている。なぜなら、1940年代から60年代にかけてのフーコーの思想を理解するためのリソースは、2010年代に入ってから急速に増加しており、それに伴い研究者の関心は、『言葉と物』も含まれる初期のフーコー思想へと向けられつつあるからである。

 これまで、著作以外にフーコーの思想を理解する主要資料としては、1994年刊行の『ミシェル・フーコー思考集成』(邦題)、1997年から2015年まで順次刊行された『コレージュ・ド・フランス講義』があった。2013年にフーコーの草稿群がフランス国立図書館で公開されると、そこに含まれている膨大な資料群から、これまでまったく、あるいはほとんど知られていなかった講義原稿や多種多様な草稿が発見されることとなった。

 フーコーが公開を意図していなかった草稿群まで公刊することには、フーコーのものなら何でも出版して金に換える「フーコー産業」の行き過ぎを批判する声もあるだろうが、その一方で、フーコーの思想の生成と変容をより丹念に追うことができるようになったのも事実である。

 『言葉と物』をめぐっても、その読書ノートや、1965年にサンパウロ大学で行われた講義(フランス語版が2025年刊行予定)、あるいは刊行後の反響を受けて書かれたと思われる哲学的言説に関する論考(フランス語版は2023年刊行)など、関連する多くの草稿が発見された。サボも編集に関わっているこれらの草稿を通じて、『言葉と物』にも今まさに新たな光が投げかけられようとしているのだ。

『言葉と物』を「読み通す」

 『言葉と物』は、その「最初」と「最後」でよく知られた著作である。しかし、邦訳で500ページを超えるこの大作を読み通すのは簡単なことではない。

 ボルヘスの「中国の百科事典」をめぐって言葉と事物の関係が考察される序文、ベラスケスの《侍女たち》が古典主義時代の知の構造を表象したものとして読み解かれる第1章は、それ自体が独立した魅力を持っている。第2章「世界という散文」ではルネサンスの知が扱われる。この章も独立して雑誌に発表された。ここまでは比較的容易に読めるだろう。

 

ベラスケス《侍女たち》 『言葉と物』の原著表紙にも使用されている(写真はパブリックドメイン)
ベラスケス《侍女たち》 『言葉と物』の原著表紙にも使用されている(写真はパブリックドメイン)

 しかし、第3章から第6章までで展開される古典主義時代の知に関しての議論では、知の原理である表象と、それが具現化された知の領域である一般文法、博物学、富の分析の詳細な解説が延々と続き、様相が一変する。この4章には、確かに興味深い論点が多いものの、その濃密な記述にどのような意味があり、どこへ連れていかれるのかを読者が見通すことは難しい。第7章に到達するまでに通読をあきらめる読者は少なくないだろう。

 『フーコー『言葉と物』を読む』は、第6章までの議論をコンパクトに要約した上で、近代の知を分析する第7章から第10章を、その議論の背景にも言及しつつまとめている。フーコー自身の議論が非常に圧縮されているため、サボの解説も一読してすんなりと理解できない部分があるかもしれないが、それでも『言葉と物』後半の解説としては非常に明快である。巻末には第7章から第10章までの要約、用語集、文献解説が付されており、『言葉と物』の多角的な理解と発展的な読解のための手がかりが配置されている。

 本書を傍らに『言葉と物』の最後のページまでたどり着いたら、ふたたび前半部にチャレンジすることもできるだろう。あるいは、フーコーの他の著作やフーコーの思想全体を理解するための優れた入門書を手に取ることもできるだろう。

フーコー生誕100周年に向けて

 さて、来年2026年はフーコー生誕100周年であり、『言葉と物』刊行から60周年である。この節目の年を前にして、本書が刊行された意義は大きい。『言葉と物』という、フーコーの思想の歩みの中でも重要でありつつ、ある意味忘れられた著作にふたたび注目することは、彼がこの著作で展開した思想の可能性と限界を問い直すことでもある。

 知の構成原理としての「人間」は、彼が予言したようには消滅しなかった。むしろ、「人間」を扱う諸科学は、20世紀後半から現代に至るまで隆盛を極めているようにも思える。しかしそのことは、フーコーの予言が的外れだったことを意味しないだろう。超越論的であり、かつ経験的であるという人間の二重性を、フーコーはたゆまず批判してきた。そうした不安的な構造を持つ人間がいまだ生き残っているのはなぜなのだろうか。1970年代以降のフーコーにとって、それは権力と知の相互関係の所産であったからだ。しかし、『言葉と物』には、権力論はまだその片鱗さえも姿を現していない。

 『言葉と物』に立ち戻り、忠実に「読む」ことは、いまだ汲み尽くされないこの時期のフーコーの思想の可能性を探る1つのステップとなるだろう。サボの著作は、こうした新たな思索のための貴重なガイドブックである。と同時に、その難解さゆえに真に理解されなかった1966年のフランスの「ベストセラー」に出会うための入口でもある。

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