食べたことのないものを想像し、社会を知る――『食文化からアフリカを知るための65章』
記事:明石書店

記事:明石書店
「アフリカでは何を食べているの?」
「アフリカの料理を食べて、おなかを壊さない?」
アフリカに通い始めてから20年以上が経つが、この間、わたしは日本の友人たちから何度この質問を投げかけられたことか。アフリカ料理といわれてもまったく想像がつかず、なんならゲテモノが出てくるのかもしれない…。残念ながらいまだに、そんなイメージを抱く人が多いのではないだろうか。
しかし、わたしはアフリカで、とびきりおいしいものをいくつも食べてきた。それは滋味深い素材の味であることもあれば、とても手間のかかった丁寧な料理であったり、親しい友人たちと大皿を囲みにぎやかに食べた一皿であったり。そうした数々の食べ物は、そのときの出来事や食事を共にした人びとの記憶とともに、わたしの脳裏に焼き付いている。「食文化からアフリカを知るための65章」は、アフリカに関わり続ける総勢39人の執筆者が、心の底から推すアフリカ飯と、それをつくり上げる人びとと豊かな材料について著した65章と13のコラムから成る。
しかし、そうはいってもアフリカは広い。広大な大陸には55の国があり、北緯37°から南緯35°まで、砂漠から熱帯雨林まで、実に多様な生態環境に、15億人を超える人びとが暮らしている。残念ながら、すべての地域の食文化を網羅するのは、1冊ではとうてい無理である。それでも、なるべく多くの国と地域をカバーしようと、本書の舞台は21か国にわたる。サハラ・オアシスのナツメヤシ(第3章)や熱帯雨林のバナナ(第24章、コラム4)、インド洋のサメの干し肉(第12章)といった食材から、アフリカの中華料理屋(コラム12)やロンドンのアフリカ料理レストラン(第65章)にいたるまで、多種多様なアフリカの食が登場する。これらはすべて、まぎれもなくわたしたちと同時代を生きる人びとが実践する食文化であり、今も現地で誰かがつくり、誰かが食べているものである。
本書の執筆者の多くは、もっぱらアフリカの食文化を研究してきた食文化研究の専門家ではない。それぞれに独自のテーマをもってアフリカに滞在するなかで、現地の食文化に出会い、関心をもつようになったという経緯が、本書の「あとがき」に記されている。わたし自身もまさにそうで、人と自然の関係について研究したいとタンザニアに行き、植物利用について調べるなかで、多くの植物が食用として頻繁に食卓に上ること、またそれらがとてもおいしいことに関心をもつようになった。野生植物であれば、採集できる季節は限定的で、いつでも食べられるわけではない。季節限定のおいしいものをいかにたくさん採るか、採ったものをどう保存し、どうおいしく加工するか。そうしたひとつひとつの工夫を知ると、食文化にはそこで生きる人びとの知恵がたくさんつまっているのだと、改めて感心させられる。
食から見えるのは、人びとの知恵や工夫だけではない。広域にわたり同じような料理が食べられていても、地域ごとに材料や食べ方が違うということはよく見られる。一方で、ほんの限られた地域でしか食べられないものも数多くある。歴史的にかなり古くから食べられているものもあれば、最近になって食べられるようになったものも少なくない。本書に出てくる現代アフリカの食文化には、多様な自然環境とその変化、アフリカで展開されてきた外部社会との接触の歴史、それらの変化に柔軟に対応してきた人びとの可塑性といったさまざまな背景がちりばめられている。練粥(粉にした原料を熱湯に溶いて練ったもの)がどうしてこれほど広域で食べられているのか。栽培されていないのにたくさん食べられているものがあるという、生態・農業と食文化が一致しない現象はなぜ起きるのか。なぜ砂漠でフレッシュなサラダが食べられるのか。そんな数々の疑問は、歴史、政治、経済、民族間関係、都市-農村関係といった、一見すると食文化に関係なさそうな背景と照らし合わせて考えてみることで、解明されていく。この本が「アフリカの食文化を学ぶ」ではなく、「食文化からアフリカを学ぶ」というタイトルである理由はそこにある。
本書にはさまざまな料理が登場するが、それらのなかで、あなたは何をおいしそうに感じ、何を思わず忌避したくなるだろうか? 焼き肉と冷えたビール(第29章)は大歓迎でも、生肉(第27章)やカメムシご飯(第34章)は、たとえ「おいしい」と書かれていても、眉をひそめてしまうかもしれない。わたしたちは誰もが、自身が生きてきた社会の食文化になじんでおり、その「色眼鏡」をとおして他者の食文化を見ている。日本でカメムシを食べることは、おそらくほとんど経験しない。一方で、タンザニアの内陸部に暮らすわたしの友人たちは、生魚を食べた経験がない。生魚を食べるというと、鱗のついた魚をぶつ切りにしてそのまま食べることを想像するようで、かなりギョッとされる。当然、「鱗はとってスライスして…」と説明するが、それでも生魚を食べたことのない人からすれば、野蛮な想像しかつかないようだ。食べ物は、自身の身体に直接摂取するものだからこそ、なじみのないものは避けたい、という意識がどうしても働きやすい。
しかし、世界にはわたしたちが「食べる」はおろか、「香りを嗅ぐ」ことも、「見る」ことすらしたことのない食べ物がまだまだたくさんあると思うと、むしろワクワクしてこないだろうか。読者のみなさんにとって、本書に登場する料理の多くは、そうした未知のものかもしれない。アフリカ研究を専門にするわたしでさえ、自身のフィールド(タンザニア)以外の地域の食文化については、初めて知ることがいくつも書かれている。だからわたしは本書を読みながら、食べたことのないものの味、訪れたことのない誰かのキッチン、聞いたことのない調理法を想像して、驚き、楽しくなってくる。
実際のところ食べ物は、いざ一口食べてみれば「意外においしい」と気付くものも多い。そう考えると食文化は、他文化へのハードルをつくる要因にもなるが、他方で、他文化とのハードルを越えるきっかけにもなりえる。本書の冒頭には6つのレシピが掲載されている。現地でなければ材料が手に入らないものもあるが、ぜひ、レシピを見て材料をそろえ、調理をして食べてみてほしい。アフリカの人びとが脈々とつくり上げてきた食文化に触れることが、アフリカにたいして無意識に築かれてきたハードルを少し低くしたり、なんなら飛び越えたりすることにつながるとしたら、とてもうれしい。おいしいアフリカは、たくさんあります。ぜひご賞味ください。