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教育のジェンダー研究の逆襲 ――『東南アジアのリバース・ジェンダー・ギャップ――進む女性の高学歴化は何を意味するのか』

記事:明石書店

『東南アジアのリバース・ジェンダー・ギャップ』(鴨川明子・
服部美奈 編著、明石書店)
『東南アジアのリバース・ジェンダー・ギャップ』(鴨川明子・ 服部美奈 編著、明石書店)

進む、広がる、女性の高学歴化――その光と影

 「世界の多くの国々で男性よりも女性の方が高学歴化している」と聞いて、驚かれる方も多いのではないでしょうか。統計を見ても、大学をはじめとする高等教育段階において、男性よりも女性の数が上回る「リバース・ジェンダー・ギャップ(Reverse Gender Gap: RGG)」現象が進んでいます。

 本書はこの新しい現象に着目し、執筆者の多くが長年フィールドとしてきた東南アジア5か国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、カンボジア)を主たる対象とする国際比較研究にチャレンジしています。

 特に、本書では、長年東南アジアのフィールドで自然と身についてきた「肌感覚」を大切にしながら、「女性の高学歴化」という切り口だけではなく、これまで光が当たりにくかった「男子の教育不振」と呼ばれる新しい現象にも着目しています。と同時に、ジェンダーの二元論を批判的にとらえるセクシュアリティに関する事例も取り上げています。

 こうした点が、本書の推しポイントと言えます。

教育のジェンダー研究の逆襲

 編者の一人(鴨川)が「リバース・ジェンダー・ギャップ」という言葉に出会ったのは、早稲田大学のとある講演会に参加した時のことでした。この言葉の響きに久しぶりにわくわくしたことを、今でも覚えています。早速、「リバース・ジェンダー・ギャップ」をキーワードにあれこれ検索してみましたが、一部の先駆的な研究を除いて、多くの研究をみつけることはできませんでした。

 思い返せば1990年代後半、学部生だった時に初めて「ジェンダー論」が講義科目に登場し、ジェンダーという新しい分析枠組みに魅了されました。幼いころから、「女の子は地元の大学の教育学部に行って、先生になるとええんよ」と呪文のように唱えられてきた「地方」出身者の編者にとって、世界が広がるような気すらしました。

 その頃より、四半世紀以上が過ぎ、出版される書籍の数や、大学で開講されるジェンダー関連の講義数をみる限りは、今や第二、第三のジェンダー研究ブームが起こっているようにもみえます。しかし、そうしたブームとは裏腹に、私自身は、なかなかわくわくすることが少なくなったようにも感じていました。

 でも、こういう時こそチャンスなのではないかとも思っています。ある学問分野や専門領域が新しい展開をみせるチャンスだ、と。この本をきっかけに、まだまだ「教育のジェンダー研究」には研究する余地があるということを、わくわくするようなテーマがあるということを、「教育のジェンダー研究の逆襲」を、本書を通じて読者の皆さんにも味わっていただけると嬉しく思います。

男性が学ぶことを前提とした近代学校教育システム!?

 こうしたわくわくを共有すべく、本書の執筆者の方々にお願いして、リバース・ジェンダー・ギャップの国際比較にチャレンジしてみることにしました。最初にお声がけしたのが、共編者(服部)でした。服部は「終章」冒頭で、当時を回想しながら次のようにつづっています。

 「リバース・ジェンダー・ギャップ」。ジェンダー・ギャップがリバースするとはいったい、どのような状況なのか。そして、それをリバースと表現することの意味は何か。編者(服部)も、よくわからないながらも、この言葉の響きと、新たな視点で教育のジェンダー問題を語ることを可能にする問いかけに満ちたネーミングをとても魅力的に感じた。
 現代世界に普及している近代学校教育システムは、もともとは男性が学ぶことを前提とした教育モデルであった。そのことはヨーロッパをはじめ、世界で近代学校教育システムが普及していく際に、当初は女性が除外され、あるいは女性が入ることが「許された」としても、社会からの反発を受けた歴史をふりかえってみれば明らかであろう。初等教育段階はまだしも、高等教育段階に女性が参入することは大変な困難をきわめた。

 こうした説明からも、リバース・ジェンダー・ギャップを研究し、その成果を読者の方々に広く知っていただく意味があるかもしれないと思い、本書を編みました。本書が、主たる読者として想定している大学学部生・大学院生・研究者の方々には、リバース・ジェンダー・ギャップという比較的新しい現象から、あらためてジェンダー・ギャップについて考えていただきたいとも思っています。

総勢13人の執筆陣による、リバース・ジェンダー・ギャップの現在地

 さて、『東南アジアのリバース・ジェンダー・ギャップ』は、総勢13人の執筆者が、教育におけるジェンダー問題の新たなトレンドである、リバース・ジェンダー・ギャップ現象の現状とその現象を生じさせる背景や要因の解明を試みる14章、そして3つのコラムから成ります。

 序章ではリバース・ジェンダー・ギャップ現象の概念と全体像を説明することにより、その現在地を示すとともに、本書の問題意識と研究枠組みを説明しています。第1章では、高等教育のリバース・ジェンダー・ギャップ現象をグローバルな観点から考察するため、高等教育・国際教育開発の専門家により、教育のジェンダー格差に関する国際的な研究動向と研究枠組みが提示されています。

 次に、第Ⅰ部では、リバース・ジェンダー・ギャップ現象の一側面をなす「女性の高学歴化」について、主として統計をもとに各国の現状を示すとともに、先行研究や政策文書をレビューしながら、女性の高学歴化を引き起こす要因をできる限りわかりやすく整理しています(第2章〜第6章)。

 さらに、第Ⅱ部と第Ⅲ部では、東南アジアをフィールドに 20 年以上調査研究してきた比較教育学研究者が、各国の事例を紹介しています。

「男子はどこへ問題」

 第Ⅱ部では、インドネシアとマレーシアの事例から、第Ⅰ部でみた「女性の高学歴化」がコインの表側とすれば、コインの裏側には「男性の非高学歴化」があるのか、あるいは非高学歴化というよりも高学歴化はしているけれども女性の勢いがそれ以上なのか、それとも男性はどこか別の場所に移動しているのか、さらには高学歴化する女性の傍らで従来とは異なるふるまいを演じるようになっているのか、といった男性の教育をめぐる様相を「男子はどこへ問題」と表現し、それぞれの社会構造や歴史的背景にも目配りしつつ、仮説的・冒険的に考察しています。

 たとえば、インドネシアでは、特に高学歴女性が従来のジェンダー規範とは異なる自由を主張し、自立した女性としての人生を歩もうとする傍らで、高学歴男性が女性の高学歴化やキャリア形成をどのようにとらえ、またパートナーとしてどのように支えるのかを考察しています(第7章)。つづくマレーシアに関する2つの章では、職業技術教育を受ける「ポリテクニク男子」(第8章)と公立大学における「かわいい男子」(第9章)という対照的にみえる事例を提示しています。インドネシアやマレーシアの事例から男子の「問題」に着目すると、不思議と女性がもつ教育の意味が鮮明にみえてくるかもしれません。

ジェンダー二元論を懐疑し、超える

 第Ⅰ部と第Ⅱ部が男性と女性という単純な二元論にもとづいて論じているのに対し、第Ⅲ部は単純な二元論から意図的に視点をずらし、それを疑い、乗り越えようとする地平から、リバース・ジェンダー・ギャップ現象をとらえなおす内容となっています。

 具体的には、ジェンダー多様性に寛容なイメージが強く、ジェンダーが「問題」になりにくいタイ社会における若者の生き方と(第10章)、政府が教育のジェンダー平等を目標に掲げ、大規模な女子向け奨学金政策を実施するカンボジアで並行して展開する、伝統芸能を通しての女性に対する性規範の強化とそれに抗するLGBTQの声を考察しています(第11章)。さらには、世界経済フォーラムが発表するグローバル・ジェンダー・ギャップ指数(Global Gender Gap Index: GGGI)で常にアジアトップを走るフィリピンについて、フェミニスト神学という別の視点から考察しています(第12章)。

 カンボジアとタイの事例は、ジェンダーの二元論からはこぼれ落ちてしまう側面に光を当て、ジェンダーの二元論を乗り越えようとする事例であると言えます。また、フィリピンの事例は、ジェンダー平等指数の世界的なトップランナーのアナザーストーリーを通じて、世界標準において表向きに提示されるものと現実との乖離や、平等指標そのものの意味を問うこととなるでしょう(終章)。アナザーストーリーという意味では、第Ⅰ部と第Ⅱ部に、中国、フィリピン、アメリカにおけるリバース・ジェンダー・ギャップ現象の最新事例をコラムとして掲載しています。

 このように多様で複雑な、それゆえに魅力的な東南アジアの事例を提示することにより、比較教育学だけでなく、近接領域における「ジェンダーと教育」研究に対する新たな視座の提供を目指す本書を、願わくは広く一般の読者、大学学部生、大学院生、研究者の方々に手に取っていただき、読者の皆さんにもこの挑戦的な本書の議論に積極的に参加していただきたいと思っております。

(「はしがき」および「あとがき」を一部変更・再構成のうえ掲載)

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