1. じんぶん堂TOP
  2. 歴史・社会
  3. テクノ封建制下の「君主論」 ジュリアーノ・ダ・エンポリ『リベラリズムの捕食者』

テクノ封建制下の「君主論」 ジュリアーノ・ダ・エンポリ『リベラリズムの捕食者』

記事:白水社

ジュリアーノ・ダ・エンポリ著『リベラリズムの捕食者──AI帝国で自由はどのように貪られるのか』(林昌宏訳、白水社刊)は、テクノ封建制下の「君主論」。マキャヴェリの名著の現代版として、カオスが常態化する世界の舞台裏を臨場感とともに明らかにする。AIの権威を信仰する時代のルポルタージュ。
ジュリアーノ・ダ・エンポリ著『リベラリズムの捕食者──AI帝国で自由はどのように貪られるのか』(林昌宏訳、白水社刊)は、テクノ封建制下の「君主論」。マキャヴェリの名著の現代版として、カオスが常態化する世界の舞台裏を臨場感とともに明らかにする。AIの権威を信仰する時代のルポルタージュ。

《タヴォラ・ドーリア》──レオナルド・ダ・ヴィンチによる《アンギアーリの戦い》の中央部分を「模写」した絵画(作者不明)。フィレンツェ共和国からの依頼を受けて、1504年に、ダ・ヴィンチは《アンギアーリの戦い》を描き始めた。その契約書は、マキャヴェリがサインしたものであった。
《タヴォラ・ドーリア》──レオナルド・ダ・ヴィンチによる《アンギアーリの戦い》の中央部分を「模写」した絵画(作者不明)。フィレンツェ共和国からの依頼を受けて、1504年に、ダ・ヴィンチは《アンギアーリの戦い》を描き始めた。その契約書は、マキャヴェリがサインしたものであった。

 マキャヴェリの生きたルネサンス時代のイタリア半島は、複数の都市国家がフランスやスペインとの戦争に明け暮れるというカオス状態だった。その一因は、大砲の近代化により、防衛よりも攻撃のほうが容易になったことだ。今日、第二次世界大戦後に築かれた核抑止力に基づく国際秩序は崩壊寸前だ。AIやバイオなどの新たなテクノロジーがさらに発展して日常生活が便利になるとしても、防衛よりも攻撃のほうが容易という危険な現状が反転するとは思えない。ドローンを使う攻撃はその典型だ。テクノロジーの発展による勢力均衡を期待するのは間違いだろう。今日のカオスおよび一触即発の状態から脱却するには、相互理解や基本的人権の尊重など、世界市民の高度な常識を養う以外に途はない。そのための枠組みの一つが国連だが、本書からもわかるとおり、頼みの綱の国連が十全に機能していないのは明白だ。それはすなわち、リベラル民主主義の失効を意味する。そのようなカオスな状況の背景が、既存のオールド・メディアで詳しく語られることはない。カオスは、かつては反乱者の武器だったが、今や、権力者が権力を築いて維持するためのまさに基盤となっている。私たちの「新しい君主」とは、いかなる人物であり、どのように付き合ってゆくべきなのか。

ジョルジョ・ヴァザーリ画、《マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い》──〈ジョルジョ・ヴァザーリがフィレンツェのヴェッキオ宮殿の大会議室(五百人大広間)の壁に描いた巨大なフレスコ画の裏には、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた《アンギアーリの戦い》が隠されているのではないかという説があった。私はその痕跡を見つけるための科学調査に参加した。〉(『リベラリズムの捕食者』39頁より)
ジョルジョ・ヴァザーリ画、《マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い》──〈ジョルジョ・ヴァザーリがフィレンツェのヴェッキオ宮殿の大会議室(五百人大広間)の壁に描いた巨大なフレスコ画の裏には、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた《アンギアーリの戦い》が隠されているのではないかという説があった。私はその痕跡を見つけるための科学調査に参加した。〉(『リベラリズムの捕食者』39頁より)

 

捕食者の時代

 ダ・エンポリの核心的な主張は、「捕食者プレデターの時代の到来だ」(本書9頁)という明確な宣言にある。これは紛争が「火と剣によって解決される」(同前)攻撃的な時代を意味し、外交的・法的枠組みからの逸脱を示す。そして、捕食者の時代の君主にチェーザレ・ボルジアの影響を見出すことが肝心だと語る。現代の「ボルジア人」は、残忍な行動をいとわず、国際的なルールを無視して、敵対者を圧倒する加速主義者でもある。

 「捕食者の時代は正常への回帰にすぎない」(本書77頁)という見解は深い含意を持つ。なぜなら、第二次世界大戦後のルールに基づく秩序の時代を著者は例外と見なし、現在の「火と剣によって解決される」無秩序な世界こそ、権力力学におけるより根源的な、おそらく周期的なものと示唆しているからだ。この視点はリベラル民主主義規範が政治的進化の必然的な終着点であるという「歴史の終わり」に異議を唱える。

 この新たな常態、、は、現在のグローバルな無秩序が一時的な危機ではなく、権力の根本的かつ永続的な再編である可能性を意味する。統治の定義自体が再構築され、従来の合意とルール遵守から、攻撃的で破壊的な強制手段へと移行したのだ。  

ジョルジョ・ヴァザーリ画、《サン・ヴィンチェンツォ塔でのピサ軍敗走》
ジョルジョ・ヴァザーリ画、《サン・ヴィンチェンツォ塔でのピサ軍敗走》
 

 捕食者の時代をリードする人物は、次のような人物たちだ。

  • 政治的な捕食者──ドナルド・トランプ(アメリカ大統領)、MBSことムハンマド・ビン・サルマン(サウジアラビア皇太子)、ハビエル・ミレイ(アルゼンチン大統領)、ナイブ・ブケレ(エルサルバドル大統領)といった独裁者

  • テクノロジーの征服者──イーロン・マスク(テスラ、スペースX)、サム・アルトマン(オープンAI)、デミス・ハサビス(AI研究者)といった寡頭支配者

 テクノロジーのプラットフォームとその基盤となるアルゴリズムは、政治的捕食者が既存のメディアを迂回し、社会の分断を利用し、従来の責任追及なしに影響力を行使するためのインフラとツールを提供する。逆に、政治的捕食者は、規制の枠組みや民主主義の規範を解体することで、テクノロジーの巨人が無制限の権力を行使できる環境を作り出し、自分たちが事実上、「準国家」として機能することを可能にする。テクノロジーの征服者たちは、もはや単にビジネスをするだけでなく、「新たな帝国」の力学を手に入れたのだ。

 

【Giuliano da Empoli : “Machiavel au temps du numérique”】

 

AI権威主義の台頭

 人工知能は、この新たな力学において特に強力で憂慮すべき手段だ。それは制御不能な道具であるにもかかわらず、準国家として振る舞う民間企業の手中に委ねられる。AIの能力は、民主的でも透明性があるわけでもない。ブラックボックスであるにもかかわらず、AIは、「一元管理する大量のデータを権力に変える、きわめて人工的で権威的な、、、、知性形態」(本書129頁)なのだ。それゆえに、権威主義的な寡頭政治が台頭し、宗教のような狂熱をともなう。AIによる統治を実現するには、「知識を信仰に置き換える必要がある」(本書137頁)からだ。

 トランプのような指導者の衝動的な決定や行動こそが、この混沌とした環境では戦略的に優位だ。確立されたルールに基づいて行動する敵対者を麻痺させて、予測不可能な行動を引き起こす。これは、安定性や予測可能な秩序をめざす、従来の地政学的戦略からの逸脱を意味する。新たな「捕食者」は、世界をわざと不安定化させ、権力を獲得・維持する。かつて弱点と見なされていた混沌カオスを強みに変える。これは、無秩序が意図的な目的となる世界の集団行動のあり方に深刻な影響をおよぼす。

 彼らによって自由はむさぼられ、私たちの自由は奪われてゆく。  

 

リベラル民主主義の危機 

 著者は、西洋の民主主義がテクノロジー革命に直面したさいの対応を、スペインのコンキスタドールに直面したアステカ帝国になぞらえて批判している。民主主義が、「インターネット、SNS、AIが巻き起こす暴風雨」(本書8頁)である現代のデジタル征服者に対して、何らかの恩恵を得ようという期待から従順に服従しているうち、結果的に徐々に圧倒され、その権威を奪われたのだと主張する。「アステカの比喩」は、幻惑的で破壊的な力への対抗策の欠如を戒める歴史的教訓だ。もはや従順な態度を示すだけでは、民主主義の存続を保つことはできない。

Blue and orange storm clouds with lightnings on white background[original photo: Uday – stock.adobe.com]
Blue and orange storm clouds with lightnings on white background[original photo: Uday – stock.adobe.com]

 本書において特に重要な批判は、アメリカの民主党に向けられている。民主党が「弁護士の党」として、特定の少数派の権利擁護に焦点を当てる一方で、多数派をないがしろにし、根本的な経済的不平等の問題に対処できていないと指摘する。この戦略的な誤りがポピュリズムの台頭を意図せず助長した。リベラル民主主義の直面する危機は、外部の「捕食者」による攻撃だけでなく、内部の戦略的な誤りや適応の失敗によっても深刻化している。社会的少数派の権利に焦点を当てすぎるあまり、広範な支持を失い、「捕食者」が利用する空白が生まれたのだ。

 リベラル民主主義がデジタル領域をしっかり規制できないと、テクノロジーの巨人が無制限の権力を蓄積することによって、民主主義の統制と個人の主体性の侵食はさらに加速する。このことは、リベラル民主主義の存続が、外部の脅威への対峙だけでなく、内部の根本的な再評価と適応にかかっていることを意味する。伝統的な政治的アプローチだけでは、もはや明らかに不充分なのだ。

 万策が尽きたのか。しかしながら著者は、「新しい君主」に跪拝きはいせよと述べているのではない。著者は、AI帝国の樹立を阻止できるのはヨーロッパしかないと力説する。今日、巨大テック企業の横暴に歯止めをかけているのはEUであり、ヨーロッパが培った文化と哲学こそが鍵になるという。

 

抵抗するヨーロッパ

 本書と同時期に刊行された雑誌『大陸』特別号(L’Empire de l’ombre. Guerre et terre au temps de l’IA, Éditions Gallimard, Paris, 2025)の監修者として、著者はインタビューに応じるかたちで、AI帝国に対するヨーロッパの知的・文化的抵抗の必要性を説いている。

Giuliano DA EMPOLI(Photo by Francesca Mantovani © Editions Gallimard)
Giuliano DA EMPOLI(Photo by Francesca Mantovani © Editions Gallimard)

 「ヴァンスやトランプ周辺の重要人物たちが、ヨーロッパに対して示すあの“激しい嫌悪”は、いったいどこから来るのだろうか」という質問に、ダ・エンポリは、「新しい帝国主義者たちは私たちがいま体現しているものを憎んでいる。欧州の諸機関は、こうした状況に正しく応答する言葉をまだ見つけていないようだが、私たちは、トランプ時代のアメリカにとっては耐えがたい“対抗モデル”なのだ」と回答している。

 同誌特別号『影の帝国──AI時代の戦争と領地』の寄稿者には、ダロン・アセモグルやサム・アルトマンをはじめ、マーク・アンドリーセン、ロレンツォ・カステラーニ、アダム・カーティス、マリオ・ドラギ、ホー・ジャイエン、ベンハミン・ラバトゥッツ、マリエッテ・シャーケ、ウラジスラフ・スルコフ、ピーター・ティール、スヴィアトラーナ・ツィカーノウスカヤ、ジャンウェイ・シュン、カーティス・ヤーヴィンなど、テクノロジー/政治/経済/文化/思想の第一人者たちが名を連ね、AI時代の地政学を俯瞰する内容だ。

 では、日本はどうするのか──。同じく雑誌『大陸』特別号刊行時のダ・エンポリによる言葉を、参考までに紹介しておこう。

この帝国的な誘惑が世界中に感染しつつあるのは明らかだが、それに対抗する抵抗の形もまた、まだ弱々しいながらも確実に存在する。おそらく、こうした抵抗の出発点として必要なのは、一見時代遅れで埃をかぶったような概念──「共和国」や「民主主義」など──を、私たちが新たな言葉で「再翻訳」することなのだ。https://legrandcontinent.eu/fr/2025/04/17/lempire-de-lombre-giuliano-da-empoli/

 

【ジュリアーノ・ダ・エンポリ著『リベラリズムの捕食者──AI帝国で自由はどのように貪られるのか』(白水社)所収「訳者あとがき」より】

 

ジュリアーノ・ダ・エンポリ著『リベラリズムの捕食者──AI帝国で自由はどのように貪られるのか』(林昌宏訳、白水社刊)目次
ジュリアーノ・ダ・エンポリ著『リベラリズムの捕食者──AI帝国で自由はどのように貪られるのか』(林昌宏訳、白水社刊)目次

ページトップに戻る

じんぶん堂は、「人文書」の魅力を伝える
出版社と朝日新聞社の共同プロジェクトです。
「じんぶん堂」とは 加盟社一覧へ