SNSで選挙はどのように操られているか ジュリアーノ・ダ・エンポリさん(パリ政治学院)
記事:白水社

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ドナルド・トランプ、ボリス・ジョンソン、ジャイル・ボルソナロらが跋扈する世界では、毎日のように失言、論争、派手なパフォーマンスが繰り広げられる。われわれには、これらの出来事を個別に批判する時間的な余裕はない。メディアの耳目を集めるのはこの無間地獄であり、メディアは飽和状態に陥る。こうした光景を目の当たりにすると、われわれの多くは天を仰ぎ、「タガが外れている」と呟きたくなる。だが、ポピュリストたちによる野放図なカーニバルの背後には、スピンドクター〔情報を操作する者〕、理論家、そして最近では科学者、ビッグデータの専門家たちによる緻密な工作がある。ポピュリズムのリーダーたちは、彼らの貢献があったからこそ権力を掌握することができたのだ。
本書はそんな彼らに関する物語だ。
本書に登場するのは、次に掲げる人物たちだ。
一人めは、イタリアのマーケティング専門家ジャンロベルト・カサレッジオ〔1954~2016年〕だ。彼は、デジタル技術を駆使する政党が誕生するとは誰も思っていなかった2000年代初頭に、インターネットによって政治革命を起こすことができると気づいた人物だ。コメディアンのベッペ・グリッロを雇い、グリッロをアルゴリズムを駆使する政党「五つ星運動」の最初の化身に仕立て上げた。カサレッジオは、有権者のデータを収集し、イデオロギーとは関係なくただ単に有権者の要求を満たすことを目指した。独自の候補者を選ぶという直接的な権力を手に入れたカサレッジオは、ドナルド・トランプに雇われたケンブリッジ・アナリティカ社のような存在だった。
【Italy: 5-Star Movement co-founder Gianroberto Casaleggio dies at 61】
次に、イギリスのEU離脱キャンペーンを指揮したドミニク・カミングス〔1971年生まれ〕だ。彼は「政治を進化させたいのなら、政治学者や広報担当者を雇うのではなく物理学者を使え」とうそぶいた。科学チームの力を借りたカミングスは、反対陣営が存在さえ知らなかった数百万人の賛否未決定の有権者に標的を定め、EU離脱キャンペーンを支持するように絶妙のタイミングで的確なメッセージを送りつけた。
【Dominic Cummings: We have a joke PM and a joke leader of the Labour party】
次に、アメリカのポピュリズムの仕掛人スティーブ・バノン〔1953年生まれ〕だ。彼はドナルド・トランプを勝利に導いた後、国際ポピュリスト協会なるものを設立し、ダボス村の国際エリート集団に対抗しようと夢見た。
【How Steve Bannon's far-right 'Movement' stalled in Europe】
次に、イギリスのブロガーであるマイロ・ヤノプルス〔1984年生まれ〕だ。彼は、タブーの概念を変えた。1960年代、抗議者たちが挑発的な行動をとる目的は、既存の道徳と保守的な社会のタブーを打ち破ることだった。だが、ナショナリズムを訴える今日のポピュリストのやり口は、従来とは正反対の侵犯行為だ。すなわち、コミュニケーションの際に、左派やポリティカル・コレクトネスの規範をぶち壊すことである。
【Is Milo Yiannopoulos The World's Biggest Troll? (HBO)】
次に、ハンガリーの首相オルバーン・ヴィクトルの片腕になったアーサー・フィンケルスタイン〔1945~2017年〕だ。ニューヨーク出身のユダヤ系同性愛者である彼は、ヨーロッパに懐疑的であり、伝統的な価値観を守るために壮絶な戦いを繰り広げた。
【American political consultant Arthur J Finkelstein Died at 72】
カオスの仕掛人たちは、自撮りとSNSの時代に見合ったプロパガンダを再構築しながら民主主義というゲームの本質を変えようと試みる。彼らの活動はフェイスブックとグーグルの政治版だ。彼らの活動には、SNS同様、いかなる仲介役も存在しない。全員がフラットに扱われ、判断基準は「いいね!」だけだ。彼らが内容に無関心なのは、SNSと同様に目的が一つしかないからだ。すなわち、目的は「いいね!」やシェア、つまりシリコンバレーの経営者たちが「エンゲージメント」と呼ぶものであり、政治においては即時の賛同である。
SNSのアルゴリズムの場合、いかなるコンテンツであっても、利用者が少しでも頻繁かつ長時間にわたってそのサイトを閲覧するようにプログラムされている。カオスの仕掛人たちのアルゴリズムも同様だ。ありとあらゆる立場の有権者の心情を把握し、特定の候補者の支持につながるプログラムを組むのだ。有権者の願望と(とくに)不安が、理性的であろうと不条理であろうと、また現実的であろうと非現実的であろうと、構わない。
新たに登場した頭のいかれた政治屋たちは、最小公倍数を割り出して人びとを団結させるのではなく、できるだけ多くの小さな集団の情念を煽り、彼らの気づかないところでそれらを足し合わせようと画策する。彼らは多数派を中道ではなく極端に収斂させようとする。
カオスの仕掛人たちのアルゴリズムは、全体のまとまりを気にすることなく各人の怒りを醸成することにより、それまでのイデオロギーの相違を希釈し、「大衆」VS「エリート」という単純な図式に基づく政治的な対立を再定義する。イギリスのEU離脱、トランプ、イタリアの場合、ナショナリズム型ポピュリストが成功するための鍵は、右派と左派の分裂を加速させ、ファシストだけでなく怒れる有権者の票を取り込むことだ。
もちろん、新たなプロパガンダが糧にするのは、SNSと同様、大衆の否定的な感情だ。そうした否定的な感情によってこそ、大勢の人びとを囲い込むことができるからだ。そこは、フェイクニュースや陰謀論の巣窟になる。新たなプロパガンダに関しては、往々にしてポピュリストのカーニバルの暗い側面だけが注目されるが、プロパガンダにはお祭り気分という解放感を醸し出すという側面もある。いつの時代においても、嘲笑は社会秩序を覆すための最も有効な手段だ。カーニバルの期間中、解放的な笑いの渦は、権力者の威厳、規律、野望を打ち砕く。権力者にとって、自分たちを笑いものにする不遜な精神ほど恐ろしいものはない。大衆が政府の政策を退屈かつ傲慢とみなすと、トランプのような反逆的な道化師や、「黄色いベスト運動」〔2018年から始まったフランス政府に対する抗議運動〕などの激しいデモは、大衆のエネルギーを解放させる触媒になる。タブー、偽善、従来の話法は、狂乱する人びとの叫び声によって葬り去られる。
カーニバルに観客席はない。誰もが社会秩序の転覆した世界に祝杯を挙げる。支配的な秩序を打ち崩すことに寄与し、そうした秩序に代わる自由と博愛を唱える限り、どんな無礼や品のない冗談であっても許容される。集団に帰属することでカーニバルの参加者は充実感に満たされ、生まれ変わったような感覚に浸る。誰もが、観客から俳優になる。収入や学歴による差別は一切ない。最初に声を上げた人の意見は、専門家の意見と同等、いや、それ以上の価値を持つ。もっとも、仮面はインターネット上に居場所を移した。インターネット上の匿名性はカーニバルの変装と同様、非抑制効果を生み出す。カーニバルの主役であるポピュリストが焚きつける解放の炎に油を注ぎこむのは、新たな道化師である「荒らし」〔インターネット上において迷惑行為を嗜好する厄介者〕たちだ。
カーニバルが最高潮であるときに、水を差すような真似をすることほど損な役回りはない。たとえば、赤ペンを引いて間違いを指摘するファクトチェッカーや、下品な野蛮人の蛮行に眉をひそめながら正論を述べるリベラルな知識人である。マイロ・ヤノプルスは「だから左派の連中は不幸なのだ。奴らには喜劇や祭りを楽しむ素養がまったくない」と述べている。カーニバルを楽しむポピュリストの目には、進歩主義者は上品ぶった頭でっかちに映る。進歩主義者は何かにつけて諦観するが、カーニバルの王は既存の現実を吹き飛ばすと豪語する。
人びとの暮らしを構成するのは、権利と義務、遵守すべき数字、記入すべき書類だけではない。常識の枠には収まらない新たなカーニバルでは、独自の論理が働く。それは学校の教室よりも劇場の論理に近い。つまり、文章や理念よりも身体や映像に対して貪欲であり、正確な事実よりも強烈な語り口に重点が置かれる。この理屈がデカルト的な観念からかけ離れているのは確かだが、この理屈には思わぬ一貫性がある。たとえば、既存の規範とは正反対のことを主張し、規範全体をひっくり返すことだ。
フェイクニュースや陰謀論が不条理に思えるとしても、その背後にはきわめて強固な論理がある。ポピュリストのリーダーたちにとって、「もう一つの真実」はプロパガンダを流布するための単なる道具ではない。それは実際の真実よりも結束力の強化に役立つのだ。アメリカのオルタナ右翼のブロガーであるメンシウス・モールドバグは次のように述べている。
「さまざまな側面において、組織を強化するには、真実よりも不条理なことを述べるほうが効果的だ。真実を信じることは誰にでもできる。だが、不条理なことを信じるには忠誠心が必要になる。皆が同じ服を着れば、軍隊ができあがる」Jaron Lanier, Ten Arguments For Deleting Your Social Media Accounts Right Now(Londres, The Bodley Head, 2018)より
よって、自身の世界観を構築するためにフェイクニュースを熱心に流布するリーダーは、群衆において際立った存在になる。カーニバルのリーダーは、現実主義の諦観した官僚ではなく行動力のある人物だ。彼らは思いのままに「現実」を構築して自分の信奉者の期待に応える。ヨーロッパだけでなく世界中で嘘が幅を利かせるのは、極端な願望と恐怖を抱く有権者が増え、そうした有権者を魅了する政治の語り部に嘘がはびこるからだ。一方、嘘を暴いて真実を説いても、信用は得られない。実際のところ、ポピュリストの支持者にとって個別の事象の真偽はどうでもよいのだ。彼らにとっての真実とは、自分たちの経験や感情に符合するメッセージの全体像である。このような状況において、政府や従来の政党のヴィジョンが現実にそぐわないと感じる有権者の数が増えつづけるのなら、データを蓄積して嘘を暴いたとしても、説得力は得られない。
ポピュリズム旋風に打ち勝つには、まずはポピュリズムを理解することから始めるべきだ。単に断罪したり、『理不尽の時代』(デイヴィッド・キャメロン内閣の財務大臣を務めたジョージ・オズボーンの著書)と切り捨てたりするのでは解決にならない。現代のカーニバルは、理不尽とまでは言えない二つの要素から成り立つ。一つめは、社会的・経済的に見て、もっともな要因に基づく一部の社会層の怒りである。二つめは、本来は商業目的で開発された強力なコミュニケーション手段がカオスの増殖を願う人びとの理想の道具になったことだ。
本書では、この二つめの要因を取り上げる。だが、私は一つめに掲げた人びとの怒りの真の要因を否定するつもりはない。もちろん、カオスの仕掛人たちのやり口を解き明かすだけで、すべてを語ることはできないだろう。しかし、興味深いのは、カオスの仕掛人たちがいち早く変化の胎動を察知し、これを利用して政治システムの周縁から中央へと躍り出た、その手法だ。よくも悪くも、彼らの直感や矛盾に満ちた特異な言動は現代の産物と言えよう。
【ジュリアーノ・ダ・エンポリ著『ポピュリズムの仕掛人 SNSで選挙はどのように操られているか』(林昌宏訳、白水社刊)「はじめに」P.14─20より】
【Black Mirror | Waldo Trailer】
『ポピュリズムの仕掛人 SNSで選挙はどのように操られているか』の第3章「地球を征服するウォルドー」は、〈2013年2月25日、信じられないような偶然が起こった。イタリアの総選挙において「五つ星運動」が政党で最多得票(得票率25パーセント)を獲得したまさにその日の晩、イギリスのテレビ局「チャンネル4」は、この現象をどんな政治社会学者の論説よりも明快に解き明かすドラマを放映したのだ。風刺SFシリーズ『ブラック・ミラー』のその日のエピソードは、くだらないトーク番組の場面で幕を開ける。司会者の相手役を務めるのは、青い熊の「ウォルドー」。〉と語り始め、「怒り+アルゴリズム=ポピュリズム」という方程式が導かれてゆく。