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「テクノ封建制」書評 クラウド漬けのあなたへの警告

評者: 有田哲文 / 朝⽇新聞掲載:2025年04月26日
テクノ封建制 デジタル空間の領主たちが私たち農奴を支配する とんでもなく醜くて、不公平な経済の話。 著者:ヤニス・バルファキス 出版社:集英社 ジャンル:経済学

ISBN: 9784087370089
発売⽇: 2025/02/26
サイズ: 13.1×18.8cm/320p

「テクノ封建制」 [著]ヤニス・バルファキス

 詩人萩原朔太郎に「猫町」という小説がある。散歩中の詩人は道に迷い、見たこともない町に行き着いてしまう。しかしやがて気付くのだ。そこはよく知っている町で、いつもとは違う方角から入っただけなのだと。見る角度を変えるだけで、風景はまったく別のものになる。
 人気の経済学者による本書も、なじみの風景をがらりと変えてくれる。ネット通販のアマゾンのサイトに入るとき、私たちは便利に買い物ができる市場にいるつもりになっている。しかし著者の見方によれば、そこはむしろ封建時代の領地に近いものだ。なぜなら買い物をするあなたも、アマゾンの倉庫で働く人も、出品する業者も、アマゾンという領地に縛り付けられ、領主に奉仕する存在だからだ。
 アマゾンだけではない。フェイスブックなどSNSの経営者たちも領主だと著者は言う。ネット上の情報網をクラウド(雲)と呼ぶのにちなみ、「クラウド領主」と命名した。SNSに写真や動画をあげ、つぶやくことで領主に収益源を提供しているあなたは、さしずめ「クラウド農奴」である。現代は資本主義を離れ「テクノ封建制」と化したという。
 ギリシャの左派政権で財務相を務めたこともある著者は、大胆な発言で耳目を引いてきた人だ。本書も大胆すぎる、強引すぎる面がなきにしもあらず。それでも書店が消えゆく今、アマゾンなしに読書生活が難しいのは確かだ。SNSにあげた写真やデータが人質になり、「領地」から簡単に離れられないのも事実。トランプ米大統領の就任式にIT企業のトップが並んだ図は、王と領主の関係に見えなくもない。
 クラウドにどっぷり漬かる現代人への警告の書である。加えて、そこから抜け出す道を示そうとするのは著者の真面目さなのだろう。熱く訴える「クラウドへの反乱」を希望と見るか、道化と見るかは、読者にまかせられている。
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Yanis Varoufakis 1961年生まれ。アテネ大教授。著書に『クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界』など。