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ジェンダー・ギャップ指数16年連続1位の秘訣とは? 『ジェンダー平等世界一 アイスランドの並外れた女性たち(スプラッカル)』

記事:明石書店

『ジェンダー平等世界一 アイスランドの並外れた女性たち(スプラッカル)』(明石書店) 背景写真:© 2024 Other Noises and Krumma Films.
『ジェンダー平等世界一 アイスランドの並外れた女性たち(スプラッカル)』(明石書店) 背景写真:© 2024 Other Noises and Krumma Films.

 アイスランドはジェンダー平等先進国として名高い。世界経済フォーラムが2006年から算出するジェンダー・ギャップ指数で1位を連続16年間維持。翻って日本は2025年には118位と、ランキングが低いだけでなく、20年近く指数の改善が見られないという惨状である。

 ジェンダー・ギャップ指数1位の国の秘訣を知りたい。読者の関心もそこにあるだろう。本書は、アイスランドの傑出した女性たち(アイスランド語で「スプラッカル」と呼ばれる)へのインタビューをもとに、その秘訣に迫る。

 著者のイライザ・リードさんはアイスランド第20・21代大統領グズニ・トルラシウス・ヨハンネソン氏の配偶者だが、型にはまった「ファーストレディ」の役目を担うのではなく、その「特権」を社会に役立てようと積極的に発信をし、本書の執筆もまたその動機に由来する。カナダ出身の移民として20年以上アイスランドに住み、エッセイストや起業の経験を重ね、また4児の母として仕事と家庭責任のバランスを図ってきた。「外の目」を通じて描かれるさまざまな領域で奮闘する女性たちの姿は、アイスランドを知らない者にとって格好の手引きとなる。

本書著者 イライザ・リード © Kristín Bogadóttir
本書著者 イライザ・リード © Kristín Bogadóttir

ジェンダー平等が当たり前の社会

 ジェンダー平等の規範が根付いているアイスランドでは、ジェンダー平等が重要かどうかはもはや論争の的ではなく、人権として当然ながら実現すべき事柄として理解されているという。したがって、人びとの関心はどうすればそれを最良の形で実現できるかに寄せられていると本書は指摘する。男女が肩を並べるのが当然、というのがアイスランドの一般的な感覚と思われるが、カナダ出身の著者から見ても、アイスランドでは社会のあらゆる側面にジェンダー平等という価値が浸透していることに驚かされるという。

 それにしてもなぜ、アイスランドはジェンダー平等の価値観が深く浸透する社会となり得たのだろうか。本書によれば、そもそも誰もが対等だという意識が強く、島国特有の人目を気にせず我が道をいく風土があり、火山噴火の予測不可能性に対応した文化が形成されたという。また18世紀に人口回復のために出産が奨励され、性に開放的な文化が醸成されたという。人口の小さな国(現在約40万人)で、お互いが遠い親戚であるというコミュニティ感覚の強さが閉塞感を生んでいない点は興味深い。自然災害や島国、人口減少という与件は日本と共通するが、女性の性的表現や性的自己決定に対する抑圧が日本では強く、その点では対照的だ。

 長期的な文化風土の要因もさることながら、アイスランドの女性たちがそれぞれの持ち場で周りに働きかけ、時には連帯して行動してきたことの積み重ねによって、現在のジェンダー平等な社会を形成したように思われる。

 アイスランドの政治の変化は早い。1975年10月24日に「女性の休日」と呼ばれるストが決行された。90%の女性が参加したことで、経済はストップし、家庭内で男性たちは家事・育児に追われた。それから1年も経たずして国会では男女平等を保障する法律が可決され、5年後にはヴィグディス・フィンボガドッティルが世界で初めて民主的に選出された女性の国家元首(大統領)となった。彼女はその後16年間職務に就き、女性国家元首としては最長である。1980年の最初の選挙の際には、彼女の離婚歴や養女を持つシングルマザーであることは問題にならなかったという。

映画『女性の休日』(2024年、パメラ・ホーガン監督作品。日本では2025年10月25日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー)
© 2024 Other Noises and Krumma Films.
映画『女性の休日』(2024年、パメラ・ホーガン監督作品。日本では2025年10月25日(土)より、シアター・イメージフォーラム他全国順次ロードショー) © 2024 Other Noises and Krumma Films.

 ヴィグディスの当選に勇気づけられ、82年には女性リスト党が結成され、地方政治に女性たちを送り込むと同時に、国政では女性同盟党の誕生につながった。翌年には国会の女性割合は5%から15%へと急増。1回の選挙で、クオータ制がないにもかかわらず、ここまでの変化を起こしたことに驚きを禁じ得ない。女性たちがいかに連帯し、行動を起こしたのかが、この数字だけでも伝わってくる。現在ではほぼ男女同数を達成している。

 ヴィグディスをはじめとする女性リーダーの存在がロールモデルとなり、次に続く女性たちの背中を押したのは間違いない。2009年にはヨハンナ・シグルザルドッティルが世界で初めてレズビアンであることを公表している女性として首相の座に就いた。国会での発言中に授乳したウンヌル・ブラウ・コンラウズドッティルのニュースも、世界では驚きをもって受け止められたが、アイスランドではそういうこともあるといった程度の小さな、そして重要な、変化の一幕だった。

ロールモデルに出会いたい

 本書が描くロールモデルは政治の場における傑出した女性たちに限らない。むしろ、身近な場所にさまざまなスプラッカルが存在することを余すことなく示す。本書の面白さは、スポーツ、芸術、漁業、メディア、ビジネス、地域活動などのさまざまな分野で変革をもたらした女性たちを登場させていることだ。自分の持ち場で限界に挑戦し、時には助けを求め他者から学ぶことを弱さとは受け止めず、情熱に従い運命を切り拓いてきた。そんな彼女たちの言葉はインスピレーションに満ちている。彼女たちの語りに出会えることが、本書を読み進める楽しみになる。

 どの言葉が響くかは人によってさまざまだと思うが、私にとって印象に残ったのは、次のようなメッセージだ。女性に向けられる周囲の期待に抗うこと、罪悪感を持たずに自分の時間を優先すること、あらゆるメディアを通じて女性である自分の存在を示す場を要求すること、女性にも公の場で失敗するチャンスが男性と同じだけ与えられなくてはいけない。これらを実践するのは簡単ではないが、イライザさん自身が実行してきたからこそ、説得力を持つ。

 本書の意義は、アイスランドの好事例を知り、勇気づけられる言葉に出会えるだけではない。私たち自身が身近なスプラッカルを発見し、また歴史を紐解き、女性たちの歩みを記憶していく重要性を示していることにある。本書を読み終え、私自身もまたそうした活動を行わなくてはと、背中を押された気持ちだ。

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