人類学と社会学の交点を探る試みについて ──宮台真司/奥野克巳『宮台式人類学』序論
記事:筑摩書房
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2018年に、東京都立大学(当時の名称は首都大学東京)の宮台ゼミに参加させていただいたり、トークショーで宮台真司先生とご一緒させていただいたりする機会がありました。それらの機会に、宮台先生は、折に触れて、「社会学はもう終わった、今は人類学の時代だ」と述べられていました。人類学の中では特に、エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロらによって盛んになった「人類学の存在論的転回」に注目し、評価されているのが印象的でした。私はその都度、宮台先生は、今は人類学の時代とおっしゃいますが、そんなことはありません、人類学は人類学で問題が多いですよ、と返していました。
その後、コロナの時期を挟むことになりましたが、人類学への関心に関して、宮台先生から、より詳しいことを聞いてみたいとずっと思っていました。2022年に、勤務先の大学構内での襲撃事件に見舞われ、生命の危機に直面されるという大変な時期を過ごされたこともあって、ようやく再びお会いする機会が訪れたのは、宮台先生が東京都立大学を定年退官された2024年春以降のことでした。
2024年の年初に、有志で開設したYouTube番組「聞き流す、人類学。」のキックオフ・イベントを開催したことがありました。宮台先生にもお越しいただいたのですが、その席で、先史時代から初期ギリシアへ、近世のケネーやアダム・スミス、近代のマックス・ヴェーバーを経て、現代のデヴィッド・グレーバーやリチャード・ローティだけでなく、先住民の思考に至るまで、短い時間でしたが、テンポよく、今日の社会学や人類学に連なる学知の系譜を話されたのです。
私にはこれまで、性愛、サブカルチャー、日本の政治や社会などに積極的な発言をしてこられた印象が強かったのですが、その時の話は、その裏側にある宮台真司の一貫した思想の体系を聞くようで、その後まで強く印象に残るものでした。同時に私には、その話の中に、宮台先生の人類学への関心の尻尾をつかんだように思えたのです。
時間を少し巻き戻します。2023年に刊行した『はじめての人類学』(講談社現代新書)の中で私は、20世紀の初頭に、現代の人類学の祖とされるブロニスワフ・マリノフスキ以降に、長期の現地でのフィールドワークに基づく人類学が始められたことの背景には、ヨーロッパの行き詰まりや人々の生きづらさの感覚があったという見方を示しました。
1914年に勃発した第一次世界大戦は、人類にとって初の総力戦であり、初の国家総動員体制が取られた、未曽有の大規模戦争でした。4年3か月に及ぶ中で、ヨーロッパ全体で855万人もの死者を出しています。それは、ヨーロッパに、想像以上に大きな精神的な打撃を与えたようです。詩人ポール・ヴァレリーは、1919〜22年にかけて、「精神の危機」と題する評論の中で、「ヨーロッパ文化という幻想がはじけ、知識では何も救えないという知識の無力が証明された」と述べて、第一次世界大戦を引き起こしたヨーロッパの精神の危機に言及しています。
科学と合理主義が進展したその時代、人々は神の不在によって居場所を失い、ニヒリズムに陥り、機械製大工業の発達に置き去りにされ、総力戦を戦った果てに、ヨーロッパ文化の幻滅に直面することになったのです。私は、拙著『はじめての人類学』の中で、そのような戦争の時代に生み落とされたのが、人類学だったのだと説明したのです。
20世紀前半は、科学技術が進展し、交通網が発達し、個人の海外渡航が可能になった時代でもありました。そんな時期に、人類学はヨーロッパの「外部」へと本格的に進出するようになりました。ヨーロッパから遠く離れた場所に出かけて、そこに長期滞在して、人間性の探究を進めていったのです。
私の知る限りでは、人類学が誕生したのは、ヨーロッパの精神的土壌が荒廃したことを問い直し、人間であるとはいかなることかを探るためであったとする見解を示した人は、これまでいなかったように思います。その仮説は、今から100年ほど前の戦間期には、人類学と社会学がとても近しい関係を築いていたという事実にも関わっているように思えました。
社会学は、フランス革命後の社会づくりがうまくいかない中で立ち上がってきた学問であり、第二次産業革命前後から、人間の実存に関わる様々な問題の検討に乗り出そうとしていたのです。そして、社会学と深く連携していたのが、戦間期までの人類学だったのです。
そのような経緯を踏まえて私は、言い換えれば、人類史の曙まで遡って、古代、近世、近代を経て醸成されたひとつの知の伝統としての社会学、さらには人類学のことを、宮台先生を通じて、もっとよく知りたいと考えたのです。そうすることで、先に少し述べたような、人類学が抱える学問上の歪みに対しても、何らかの光が与えられるのではないかと思ったのです。
宮台先生に、どこかで現在の宮台思想を一冊の本にしてほしいということをお伝えする機会があればいいのにと思っていたところ、2024年の秋になると、宮台先生が、私たちの運営するYouTube番組「聞き流す、人類学。」のチームの仲間に加わってくださいました。その過程で、本を書いていただきたいという願いをお伝えするよりも、私自身が共著者として、本を作ってしまったほうがいいのではないかと考えるに至ったのです。それは、これまでに薄々感じられてきたのだけれども、取り組まれたことがない、高い価値のある学術的な試みであるように思えました。
私自身は、人類学者の端くれとして、ヨーロッパの人間性の危機を乗り越えるために、特に、ヨーロッパの思想の流れの果てに、どのように人類学が立ち上がってきたのかということに大きな関心があります。宮台先生を通じて、その点をより深く掘り下げたいというのが、本書の大きな目的のひとつです。それは、先史から古代、近世、近代の思想を経て生まれた社会学との交点から人類学を捉え直し、「人類学の存在論的転回」を含め、21世紀の人類学の流れを捉え直したいという、個人的な知的な欲求によるものにほかなりません。
でも、本書で次第に明らかになるように、宮台思想は、単にそうした過去から現在に至る特定の学問領域の課題にとどまっているだけではありません。タルコット・パーソンズ以降のアメリカ社会学への批判を踏まえて、ローティ以降の流れ、とりわけ、テック革命を加速させるテクノ・リバタリアニズムという現在から未来に至る課題に至るまで、その射程において、宮台思想は果てしなく広大かつ深遠です。私たちは、宮台思想からもっと多くのことを学ぶべきでしょう。
しかし本書を読み進めるうちに、否応なく思い知らされるのは、宮台先生の深い洞察と思想が、単に過去から現在に至る特定の学問領域の課題に収まるようなものでは、全くないという事実です。動物と人間の心の問題を扱う比較認知科学から、初期ギリシア思想、キリスト教神学、西洋形而上学を経て、本書全体の核として論じられる産業革命以降の哲学・社会学・人類学に至るまで、さらにはプラグマティズムや政治哲学、トランピズム、テック革命にまで及ぶ思想的地平が、縦横無尽に語られます。その射程の長さと深さにおいて、宮台思想は、文字通り、途方もなく広大だと言わざるをえません。
本書で展開される議論を追う中で、私は、宮台先生の語りの内部に、何十人もの知性が幾層にも折り重なって住み着いているかのような感覚にとらわれました。おそらく本書を手に取る読者も、同じ驚きと興奮を味わうことになるでしょう。その意味で、私たちは、宮台思想から、これまで想像していた以上に、はるかに多くのことを学びうるのだと思います。
宮台先生が、さまざまなメディアやSNSで発信されてきた言説や、それに対する応答を追いながら、私がずっと感じてきたのは、「アンチ宮台派」は言うまでもなく、やや粗暴な言い方を許していただけるなら、「宮台ファン」もまた、宮台思想の核心と射程を、本当の意味では摑みきれていないのではないか、という違和感でした。そうした状況を踏まえれば、本書を通して宮台思想の全貌をあらためて整理し、その用語や思考の構造と運動を可視化するスタート地点に立つことには、特大の意義があると言ってよいのではないかと思います。
本書は、3部11構で構成されます。「講」と銘打ってあるように、一種の講義形式になっています。宮台先生と私の「対談」というよりは、まずは現在の宮台思想についての講義であり、そして私がそれを受けるという形式です。要は、私自身は一種のシャーマンとして、もっぱら宮台思想を読者の目の前に降ろしてくる役割を担うようつとめました。そして最小限の司会を宮台先生の私塾である界隈塾の世話人・加藤志異さんにお願いしています。そのため「会話」としては読みにくい部分が多少あるかもしれませんがご容赦ください。
それぞれの部と講の内容を簡単に紹介します。
第I部では社会学と人類学の等根源性と差異について焦点があてられます。
第1講「社会学と人類学のオリジネータたちの時代」では、社会学と人類学が近接していた20世紀初頭から、その後の研究展開が辿られます。ロナルド・D・レインという精神科医との出会いを通じて、宮台先生が社会学の問いをいかに把握していったのかが語られます。また、「文明論」的な視点を持つことの重要性が強調され、法生活をベースにする「社会」という概念の説明がなされます。
第2講「交差する社会学と人類学」ではまず、今福龍太の『ブラジルのホモ・ルーデンス』が取り上げられ、法生活以前の掟を重視する集団生活の重要性が述べられます。その上で、近代社会から外に出ていくという人類学の特徴が指摘されます。外部を参照して近代社会を見る社会学と、近代社会の内側を参照しながら「外部」を見る人類学は、学問の初期段階では交差していたのです。
第3講「アメリカ社会学が忘却した「前提」への問い」では、近代社会の「内部」へと向かっていった社会学固有の関心がたどられていきます。特に、近代社会の近代以前の前提を検討することを忘却してしまったアメリカ社会学が批判的に検討され、ローティ以降にアメリカで展開したプラグマティックな思想とテック革命を推進する資本主義の展望が語られます。
第4講「原的贈与を忘失した近代ヨーロッパ」では、社会学と人類学が立ち上がってくる前の近代ヨーロッパの思想史に焦点があてられます。フランソワ・ケネーのフィジオクラシーの思想が俎上に載せられ、ピュシス(万物)からの贈与が人間の社会経済活動の出発点にあった点を忘れずに考察することの重要性が示唆されます。
第Ⅱ部では、宮台先生のこれまでの思考の軌跡がたどられた上で、存在論や人類学的思考への接近が語られます。
第5講「宮台思想の前提にある人類学的視座」では、宮台先生の学問修養の時代から現在の思考と実践に至るまでの個人史が語られます。数理社会学をベースにして権力の問題を論じることからキャリアを始め、ナンパのフィールドワークに乗り出し、やがて近代社会の近代以前的な前提を等閑視するアメリカ社会学化による社会学の衰退を感じるようになるまでが語られます。
第6講「前提を探る思考から宮台式存在論へ」では、エコロジーとは「前提を遡る思考」のことであるという観点から、持続可能な暮らしに迫っていった思想の系譜が語られます。その流れの中に存在論が位置づけられるのです。
第7講「認識論を超えて前提を問う存在論的思考」では、「人類学の存在論的転回」に先立つ言語論的転回が取り上げられた後に、イヴァン・イリッチの思想を介して、ヴィヴェイロス・デ・カストロの存在論に焦点があてられます。多視座主義を孕むアニミズムが、文化相対主義との対比で言えば、「文化絶対主義」と名づけうるとされ、人類史における文化絶対主義の存続可能性が説かれます。
第Ⅲ部では、人類史を起点に人間社会をどう語るのかに焦点があてられます。
第8講「社会の誕生から劣化まで」では、過去300年の近代社会だけでなく、人類史を遡りながら、社会の起源を考えます。近代社会学の前提を疑い、人類学と並ぶ視点から、狩猟採集の掟が農耕定住で法へ移り、文明化で宗教も変わり、近代では法化と没人格化が進むと捉えます。
第9講「法生活の開始と没人格化の進行」では、人類史を視野に入れて考えてみることの重要性が取り上げられます。古代の人類をふりかえってみることから、私たちが法生活をベースとする社会を生きていることが相対化されるのです。その後、ヴェーバーの唱えた「没人格化」という近代を考える上での重要な概念装置が、様々に形を変えながら、私たちが暮らす社会を論じるための基礎概念になったことに触れられます。
第10講「古代ギリシア思想でとらえる社会と自然」では、古代ギリシアの万物学に立ち返って、人間について考察することの大切さが説かれます。法生活が営まれている社会の外側にある万物(ピュシス)は未規定なものであり、コントロールできないものであるという点から人類が出発したという点へと立ち戻ることの重要性が示唆されます。
そして最後の第11講「これからの平等と自由を考える」では、本書議論が、【文化絶対主義、アニミズム、存在論vs資本主義の激化、加速主義、テック革命】という図式によって整理されうるという見通しが語られます。その上で、平等を重んじて自由を軽視する前者と、自由を重んじて平等を蔑ないがしろにする後者の間の根源的矛盾をこれからの未来でどう乗り越えていけばいいのかが語られます。
なお本書は、2024年末から1月にかけて、「聞き流す、人類学。」にて公開した「宮台式人類学」シリーズの動画11本を元に再構成したものです。丁寧かつ精緻に文章を整えることで、社会学と人類学の再統合の可能性を存分に語ってくださった宮台真司先生に心より御礼を申し上げます。膨大な作業に一貫して熱意を持って取り組んでくださった筑摩書房の甲斐いづみさんにもこの場を借りて謝意を表します。
Ⅰ 「等根源」であった社会学と人類学
第1講 社会学と人類学のオリジネータたちの時代
第2講 交差する社会学と人類学
第3講 アメリカ社会学が忘却した「前提」への問い
第4講 原的贈与を忘失した近代ヨーロッパ
Ⅱ 生態学的思考へ回帰する人類学的存在論
第5講 宮台思想の前提にある人類学的視座
第6講 前提を探る思考から宮台式存在論へ
第7講 認識論を超えて前提を問う存在論的思考
Ⅲ 人類史の根本まで遡ると見えてくる〈世界〉
第8講 社会の誕生から劣化まで
第9講 法生活の開始と没人格化の進行
第10講 古代ギリシア思想でとらえる社会と自然
第11講 これからの平等と自由を考える