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避難所であり、砂漠のオアシスであり、灯台としての本屋で――『世界の果ての本屋さん』(ルース・ショー著、清水由貴子訳) 評者:田尻久子

記事:晶文社

最果ての本屋が贈る、勇敢で、ユーモラスで、そして、あまりに切ない<真実>の物語
最果ての本屋が贈る、勇敢で、ユーモラスで、そして、あまりに切ない<真実>の物語

 ニュージーランドの最南端にある小さな本屋の物語、と聞いたときに想像するような話ではないかもしれない。

 本屋の主人ルース・ショーは、いまでこそ腰を落ち着けて本屋を営んでいるが、「波乱万丈」という言葉がこんなに似合う人もなかなかいない。逮捕歴2度、結婚歴4度。ひとところに落ち着くことはなく、海上さえも住処にする。ニュージーランド、パプアニューギニア、オーストラリア、太平洋や南シナ海、彼女の居場所が変わるたびに巻頭に置かれた地図を見返した。

 はじめて手がけた商売はペット用のネズミの飼育と販売。なんと子どもの頃の話で、学校で売り買いするのはふさわしくないと途中で止められたそうだが、儲けは出ていたというからすごい。海軍兵(脱走兵でもある)、料理人、船員、賭博師、青少年福祉担当官……変わるのは居場所だけでなく、就いた職業も数知れず。

 ジェットコースターのように目まぐるしいルースの人生を、一気に読んで目がまわらないよう、各章の合間には本屋のエピソードが挿入されている。ルースが70歳を過ぎて開いた本屋の名前は〈二軒の小さな本屋〉。家の敷地内に建設許可を必要としない小さな小屋を建てた。彼女にとって本屋を営むのは2度目。以前パートナーのランスと一緒にチャーター船の事業を営んでいたとき、お客さんからの要望で同じ建物に本屋を開いた。子どもの頃から本に夢中だったルースは、事業を売却したときも本を処分する気にはなれず、再びこの小さな本屋に並べることになった。ルースは「時間をかけて集められた本は、家族の一員となる」と語っている。次々と居場所を変え、パートナーを変え、仕事を変えてきたルースが、本を手放すことはできなかったのだ。

 私も書店を営んでいるが、ときどき考えることがある。店をやめるとき、本をどうすればいいのだろうと。おそらく、本が誰かの手に渡るような行先を探すのだろう。ルースと私は面白いほど共通点がないと思いながら読んでいたが、「本屋」という点においては似た者同士なのかもしれない。あるいは「本好き」という点において。それに、子どもの頃に読んだ本もかぶっている。『若草物語』を読んだ幼い頃のルースは、次女のジョーに共感したはずだ。

 なぜ店の名前が〈二軒の小さな本屋〉なのかというと、子どもたちが本を読んでいる姿が窮屈そうで、子ども用の本屋がほしくなったから。高さ一メートルほどの赤いドアのついた、さらに小さな小屋がもうひとつできた。子どもの本屋には貸出用の本もあって、ぬいぐるみも一緒に借りることができる。子どもたちがうらやましい。

 まるで逃亡者のように移動する人生だったルースは、本屋を構えてからは迎える人になった。マナポウリ湖のそばにある小さな本屋には旅人もやって来る。目的は必ずしも本とは限らず、店は道しるべでもある。恋人と別れてきたと泣き出す人もいれば、とにかくよくしゃべる人もいて、なかには幾日か滞在していく人もいる。まるで避難所か砂漠のオアシスのよう。

 ルースの存在がお客さんの心を開かせるのだろうが、それだけではない気もする。私が営んでいる本屋でも、避難所のようだと感じることがあるから。お客さんはときに泣くし、思いがけない話をすることもある。安心するのか、うたた寝をしている人もいる。仮に本が必要ないとしても、本が並んでいるということが、心を解きほぐす要因になっているのではないだろうか。ルースは「間違いなく、ひとりひとりにぴったりの本がある」と言い、お客さんにあわせて本をおすすめしたり、ときにはあげてしまったりする。誰かのために選ばれた本は、きっと大切にされることだろう。

 ルースは、単に移り気な人間というわけではない。彼女が海賊に襲われたり、逮捕されたりと、まるで冒険譚のような人生を送ってきたのには理由がある。追われるように移動を繰り返したのはトラウマからの逃避で、そうせざるを得ない痛みと喪失を抱えていた。「先に進むための唯一の方法は、過去を忘れ、未来に目を向けて走りつづけることだった」という。過去に襲われないように、未来を目指して逃げ切ろうとしていた。痛みを抱えて生きてきたルースは他人の痛みにも敏感だ。それに本というものは、読めば読むほど他人の痛みを知ることになるものだからなおさら。ルースが喪失を抱えているからこそ、訪れる人は打ち明け話をしていくのだ。ルースは灯台になった。

 奇しくも、〈二軒の小さな本屋〉があるのはホーム・ストリートという名の通り。居場所を探し続けた彼女は、逃げるのをやめ、ようやくホームと生涯のパートナーを手に入れた。本書を書き終えた時点でルースは75歳。そろそろ終活をはじめるべきかと悩む人もいるようなお年頃だが、彼女にはそんな気はさらさらなさそう。コロナ禍も乗り越え、いまも店は営業している。しかも、小屋はひとつ増えて3つになっているらしい。

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