は~るばる来たぜ八戸!
元ネタと「は」しか合っていないが、八戸はずっと、コロナが落ち着いたら行きたい場所のひとつだった。なぜなら人口約23万人、県内2位の人口を誇るこの街には、全国からお客さんがわざわざ訪ねてくるという本屋が、2軒あるからだ。
八戸は市をあげて「本のまち 八戸」を謳っている。餃子のまち(宇都宮)や醤油のまち(野田)は知っていたけれど、本のまちがあったとは。まずは自分の目で見てみようと、真冬の東北を目指す。しかし雪こそ積もっていないけれど、風がめちゃくちゃ冷たい……。
「100年やりたかったです」
八戸には2023年12月下旬現在、チェーン系も含めて11軒の本屋があった。なかでも創業96年目を迎えた木村書店と、市が運営する八戸ブックセンターは度々メディアでも取りあげられているので、全国的認知度が高い。
木村書店のポップ担当、その名もポプ担さんによる日々の発信は『ポップ担当日記』(デーリー東北新聞社)と『青森の八戸にある小さな本屋さんの猫がかわいいポップの本』(小学館)の2冊にまとめられていて、私も楽しく読んでいた。そこで紹介されている八戸グルメも、食べ歩いてみたい。
だからまずは、ポプ担さんにお会いしよう。と思ったら! なんとまさに今日2023年12月27日に、木村書店は閉店するという。
この機会を逃したら再訪は叶わない。取材は受けていないようなので、1人の客としてアポなしで行ってみることにした。
八戸駅からバスで約40分。木村書店に入ると、別れを惜しむ人達が挨拶を交わしているのが目に入った。ポプ担さんの本に「釣り好きの上司・Sさん」として登場する、常務の杉本義美さんに名刺を渡しながら「あと4年で100年になるのに、96年目で閉められてしまうなんて」と声をかける。すると「私もそう思います。100年やりたかったです」と言い、今日で締めくくるのは社長の決断であることを教えてくれた。
雑誌や文具、事務用品などが並ぶ棚を見ていると、地域の人たちに必要とされている場所であったことがよくわかった。店内の在庫はだいぶ少なくなっていて、空の棚がいくつもある。そんな中で岩波文庫や岩波現代文庫に棚を10列割いていて、八戸の知を支える老舗だったことも伝わってきた。
杉本さんによると、店の奥の「木村書店」の看板は斎藤茂吉が書いたものだという。70年前に亡くなった文豪による看板があるのも、長い歴史を感じさせる。
木村書店はポプ担さんが書いたポップごと販売していることで知られているが、ポップだけなくなったもの、本は売り切れてポップのみのものが点在している。大人の目線から児童文学の魅力を伝えるポプ担さんのオススメは、私にとっては未読のものも多い。
「自分センサーだけではなかなか出会えない本を知れることも、リアル書店の醍醐味ですよね」。ポプ担さんにそう言いながら、気になった本をレジに持っていく。すると「私もそう思います」と共感してくれた。出会ってからの時間が短くても、気持ちが通じ合う瞬間はあるんだな。
杉本さんは「彼女の描いたものを見て、全国からお客さんが本当にたくさん訪ねてくれたんですよ」と、まるで父親のような口調で言う。その笑顔は少しだけ、寂しそうに見えた。
訪れる人に次々と声をかけられて忙しそうなのはわかっていたけれど、ポプ担さんに著書へのサインをねだる。すると、さらさらっとイラストとともに「ありがとうございます!!」の文字をしたためてくれた。今日で店が閉まるなんて、にわかには信じられないなあ。地元メディアでは閉店の理由を「新型コロナウイルスの影響やインターネットの普及、活字離れなどによる業績悪化」と伝えていたが、まだまだ、お役目はありそうなのに。
でも閉店の決断に至るまでにさまざまな事情があることは、これまでの本屋取材経験でよくわかっている。そう、続けることだけが正解ではないのだ。だから「残念です」の言葉を封印して、働く手を私のために止めてくれたことにお礼を告げる。
いつかまたどこかで、お会いできますことを。そう願いながら道路向かいのバス停から、逆方面に向かうバスに飛び乗った。
「本のまち八戸」は選挙公約だった
バスで約10分。「中心街ターミナル」バス停で降りると、目の前に八戸ブックセンターが見えた。こちらはレストランやフラワーショップなどもある、複合ビルの1階部分のようだ。赤い外壁タイルと中が見えるガラス張りウィンドウが、界隈でもよく目立っている。
広さ約95坪の店内に在庫は約1万冊、店内には書棚以外にもギャラリーと読書会ルーム、登録した人がおこもり執筆に使える「カンヅメブース」などがあるという。
入口すぐの場所にギャラリーがあり、この日は「羽仁もと子生誕150年記念展」が開催されていた。日本初の女性記者で自由学園と婦人之友社の創立者、羽仁もと子は、八戸出身だったのか。
自由学園明日館にもある、フランク・ロイド・ライトと遠藤新がデザインした六角椅子を眺めていると、ブックセンター所長の音喜多信嗣さんに声をかけられた。現在50歳、八戸生まれ八戸育ちの音喜多さんは市の職員で、観光文化スポーツ部文化創造推進課に所属している。
なぜ八戸は「本のまち」になったのだろう? 音喜多さんに質問をぶつけると、きっかけは、2021年まで4期16年にわたり市長を務めた小林眞氏の、3期目の公約に「本のまち八戸」推進構想があったことだった。
「前市長の政策公約に掲げられたことが事業開始のきっかけではありますが、全国的な傾向と同様に八戸市内の書店が減ってきているなか、書店が無くなることは避けたいと考えていました。地方では経営上、売れ筋を扱わざるを得ない状況のなか、売れ筋ではないものの、市民の知的好奇心を刺激するような本に出会う場所として生まれたのが、この八戸ブックセンターなんです。」
自治体が運営する本屋といえば、北海道の礼文島にBOOK愛ランドれぶんがある。ここは本屋と図書館が一体になった、礼文町の町営施設だ。稚内からフェリーで1時間40分かかる離島に町営本屋があるのは納得がいく。でも八戸は新幹線も通っていて、本の入手困難地域とは言えない。それに図書館ならわかるけれど、自治体が本屋を運営するって意外な感じがしますが?
「図書館も大事ですが、本への愛着を深めていくには、買って手元に置いておくことも大事なのではないかという考えです。。それに本って教育や文化、福祉に至るまでどの分野とも密接なかかわりがありますよね? 八戸市ではこの場所を、本を絡めながら市政を展開していく拠点として位置づけています」
確かに1冊を何度も読み返していくうちに、本はいつしか自分だけのものになっていく。
ではどんな本を置いて、市民をウェルカムしているのだろう? 続きは後編にて。