コロナ禍まっただ中に始まったこの連載だが、もうすぐ丸5年を迎える。これもひとえに、取材に協力してくださる皆さんのおかげである。オランダに移住したNenoiの根井啓さんや、東京の西荻窪から地元・神戸の新長田に移転した本屋ロカンタンの萩野亮さんのように、別の場所に向かった方、現在も同じ場所で日々を送っている方など、本屋の数だけそれぞれがある。
いつもはその「それぞれ」をちょっとだけ、私1人に共有していただいているが、今回は担当・よっしーが気まぐれで同行することになった。
2人で話し合った結果、かつてよっしーが支局生活を送った栃木県の、NAYA BOOKSを訪ねることにした。那須にあるそうだが、上野東京ラインだと、どれぐらいかかるだろうか。オープン日確認も兼ねて店主の高田直樹さんにメールすると、「当店は那須烏山市と『那須』が付きますが、地理的には少し離れています(30kmくらいでしょうか)」と返信があった。
大丈夫、あれやこれやを乗り継いでの力技の移動は、もはや慣れっこである。キンと晴れたある日曜日の朝、那須烏山を目指した。
日中は2時間に1本のJR烏山線で、宇都宮駅から東へ約40分、大金という小さな駅が最寄り駅だ。そこから歩くと20分ぐらいだろうか。一面、田畑の合間にぽつんぽつんと建物が存在する農村風景が広がっていた。
スマホの地図アプリを頼りに、NAYA BOOKSを探す。道に「NAYABOOKS P」と駐車場を案内する看板があったものの、どこにあるのかわからない……。周囲をしばしぐるぐるすると、道の向かい側にあるコンビニとドラッグストアの間、少し奥まった場所に「NAYA BOOKS」と書かれた看板と平屋があった。
約3坪という建物に入り、改めて高田さんにご挨拶。NAYA BOOKSのオープンは2021年だけど、高田さんは現在も栃木県内でTSUTAYAや学習塾などを展開する「うさぎや株式会社」に籍を置いたままだと語った。だから休みの日=会社がない日に、限定オープンしているのだ。
那須烏山市で生まれ育ち、NAYA BOOKSまで「自転車で1~2分」の場所に居を構える高田さんは、青森市内の大学に進学したものの「卒業したら帰るものだと思っていた」ため、卒業後は地元企業のうさぎやに就職した。大学時代、青森市内の総合書店でアルバイトしていたことが大きいが、書店主になりたい気持ちよりも、「どちらかというと消去法」だったそうだ。
ひと箱古本市で実感した、本を選んで売る楽しさ
書籍部門やレンタル部門など、あちこちの店舗と部署を担当しながら約20年が過ぎた2018年の秋、宇都宮市内で「ひと箱古本市」が開催されることになり、同じ会社の仲間と参加を決めた。
「部活みたいにワイワイ言いながら、文学と絵本、アートと人文系とジャンルを分けて集めたら、これが想像していた以上に売れて。イベントの楽しさを知ったし、在庫もあったことから、2019年4月に宇都宮中心部の二荒山神社門前の広場で、出版社や古書店などが集まるイベントを企画しました」
これがまた盛況で「来年もやりたい」と話していたところ、2020年になり、コロナ禍で県外から人を呼んだり、集まったりすることがかなわなくなった。そんな中で、自分に何ができるか。高田さんは自分の店を作ろうと思い立った。一度は会社のOKも出たので宇都宮市内で物件探しをしたものの、プロジェクト自体が消滅してしまった。
会社としてやるのがダメなら個人でやってみよう。場所は、物件が既にある地元でやるのはどうか。最寄りの大金駅近くで子ども時代に通った書店は既に閉店し、地域に本屋もない。高田さんは、耕運機などを収納していた実家の納屋を改装して本屋にしようと決めた。
「両親に相談したら、反対はされませんでしたが『お客さん来るの?』という、薄いリアクションでしたね(笑)。万一、誰も来なくても失うものはないだろうと説き伏せました。DIYの自信はなかったけれど、板を切って打てば棚になるだろうと思って、壁や床に木材を打ち付けて、テーブルと棚を作りました。仕事が終わって19時に家に戻り、21時まで作業する日々を送っていました」
約5カ月のリノベーション期間を経て、NAYA BOOKSは2021年10月にオープン。家にあった木板などを再活用し、30万円かからずに内装を作ることができたと語った。高田さんのご両親は定年退職後、畑で野菜作りをしている。だから現役活用中の耕運機などの農機具は、ナヤの後ろに小屋を作ってそこに収納しているのだ。
媚びた品揃えをすると売れなくなる
高田さんは、「3年間、店を続けてみたら、思っていた以上にお客さんが来る」ことが分かったという。
8:2の割合で地元の常連さんが多いが、宇都宮市やさくら市など、SNSで存在を知り近隣から訪ねる人もいる。またコンビニとドラッグストアに挟まれ、すぐ近くには温泉ホテルもあるので、通りすがりに寄る人もいるそうだ。店の前でそんな話をしていると、おそらくホテルからコンビニに向かっているのであろうヤングギャル(死語)一団のうち、何人かがナヤに吸い込まれて行った。
「閉めている日は店の前に『次は●日にオープンします』という札を掛けていますが、これはご近所の常連さんに知らせる意味もあります。今は新刊と古本の両方を置いていますが、3年やってみて、『こういうのが読みたいんでしょう』とお客さんに媚びた姿勢で棚を決めると、売れないことがわかりました。だから今は、自分が良いと思ったものを置いています。自分が先に読みたいから、あえて高めの価格を付けた本が売れてしまうこともあって。そういう時はお客さんに感謝しながら、手渡しています」
高校時代はミステリー小説を読みふけっていたけれど、年を重ねた今は人の生死がかかわるものより、日常を描いた作品に惹かれるようになった。そんな高田さんのセレクトした約1500冊は、どの本も他者への優しさがにじんでいるように思える。そして窓から十分な日差しと風が入る空間は、なかなか居心地がいい。
「クーラーがないので、今年の夏は40度近くになって自分もお客さんも汗だくで。夏は開店時間を10時から12時までにしたのですが、時短営業でも売り上げは変わらなかったので、この時に『毎日開けなくてもいいんだ』と気付きました。だから始めた頃は15時まで通しで開けていましたが、今は12時から13時を昼休憩にして、家に戻って食事してます」
宇都宮市内にも店長を務める本屋が
実はNAYA BOOKSと並行して、高田さんは宇都宮市内にあるKMGW(カマガワ) BOOKSの店長も務めている。街の中心地を流れる釜川流域で、アートやパフォーマンスなどのミクスチャーカルチャーを発信する地元関係者らの「カマクリ協議会」にかかわり、それを機に出会った仲間たちと今年4月にスタートさせた。
「KMGWは新刊と古本に加えて、『ブックセラーズアパートメント』という貸し棚を36個用意しています。ナヤは6個なので、栃木県内では大規模と言えますね。KMGW BOOKSを始めてから『自分も本屋をやってみたい』という人に声をかけられますが『場所と本さえあれば、誰でもできますよ』と答えています」
そうは言うものの、自分で内装も手がけてしまうバイタリティーと、「人の生活の端に、本を揃えていきたい」と語る高田さんならではのセレクトは、代えがたいものではないか。
「実はもう1軒、本屋をやろうと思っているのですが、それに加えてNAYA BOOKSの道を挟んだ場所に農園を作ろうと考えていて。農作物を育てて売って、人が集まる場所を作ってみたいんです。でも昨日、石拾いをしたらこれが重労働で、おかげで今日は全身筋肉痛ですが」
取材日はまだ石がゴロゴロしていたけれど、SNSを見る限り少しずつ整地が進んでいるようだ。そう遠くない未来に、季節の野菜で彩られた農園ができることだろう。
高田さんに別れを告げたあとは、当初の「餃子を食べて帰る」目的に加え、KMGW BOOKSにも寄るために宇都宮市内に向かった。実はこれが人生初の宇都宮なので、よっしーに案内してもらいながら釜川沿いを歩く。ほとりに立つコンテナ状の建物が、KMGW BOOKSだった。
この日の店番担当で豆本作りを手掛ける「つきれう」さんによると、店の通路を挟んで片側に棚貸しのブックセラーズアパートメント 、もう片側に高田さんがセレクトした新刊が並んでいるそうだ。アパートの個室には、いずれも借主の個性が溢れる本や雑貨が並んでいる。どんな人がどんな本と親しんで生きてきたのか。棚を眺めるうちに、想像がどんどん膨んでいくのがわかった。
自分の好きを表現したい、誰かと共有したいという気持ちは全国どこにいても変わらない。でも地方にはそれができる場所が、都会に比べるとちょっと少ない(群馬育ちの私が言うのだから間違いない)。NAYA BOOKSとKMGW BOOKSは、まさに栃木における「本を介して好きを伝える」場所としても、機能している。「好きで誰かとつながれる場所」こそ、地方における重要インフラなのではないか。
餃子だけではない宇都宮界隈のことを、まだまだいろいろ知りたくなった。LRTに乗って探索してから、帰ることにしよう。
高田さんが選ぶ、納屋にこもってでも読みたい3冊
●『ザ・ロード』ジャック・ロンドン(ちくま文庫)
ひとつのところに留まらず、仕事を得ながらアメリカ中を渡り歩いたホーボーという生き方。
いつも腹を空かし、寒さに震え、命の危険と隣り合わせの彼らがなんだかすごく輝いてみえる。
真似はできないけれど。
●『哀しいカフェのバラード』カーソン・マッカラーズ(新潮社)
どこかに欠落・欠損を抱え生きる人々の悲喜を描くマッカラーズ作品が大好きなのです。
無理につじつまを合わせようとせず、こじれたものをこじれたまま着地させる物語もしみじみいいなぁと思います。「そんなものだよなぁ」と。
●『みんなが手話で話した島』ノーラ・エレン・グロース(ハヤカワ文庫)
「障害」ってなんだろう。他の大勢がやれるように作業をこなし、生産物を作れないと途端に「障害者」というレッテルを貼る。「大勢」のやり方を変えたり、作る量をちょっと加減したりするという解決もあるだろうに。色んなやり方、在り方が多様に存在できる世の中の方が、きっと誰にとっても生きやすいと思います。