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MoMoBooks (大阪) コロナ禍を経てめざす、誰にもオープンな「文化を発信できる場所」づくり

 「この本屋が好きだ」と思う理由は、品揃えや居心地の良さなどいくつかあるが、「店の人と気が合いそう」というのもある。まだ会ったこともないくせにどう判断するのか? と問われそうだが、「志が同じと思しき人がよくイベントをしている」かは、大きな判断材料になる。

 大阪のMoMoBooksはこれまで何人もの友人知人がイベントを開催してきたし、実際に参加した人から「好きそうだから行ってみて」と勧められることがあった。そう言われたら行くしかないじゃないか!

左から店主の松井良太さん、ご近所の藤田さん、良太さんのパートナーの桃子さん。

コロナ禍がライブハウスを直撃

 MoMoBooksがある大阪の九条は初めての場所だったが、安治川を挟んだ先の西九条から徒歩圏内には、以前訪ねたシカク がある。なのでなんとなく知っている場所のような気持ちで、大阪メトロ九条駅から歩くこと約5分。長屋が並ぶ小道の入口に、MoMoBooksの看板が置かれていた。

 周辺はザ・住宅街といった感じの場所だけど、なぜここに本屋を作ったのだろう? 店主の松井良太さんに尋ねると、家から近いだけでなく、九条には大衆演劇場や映画館のシネ・ヌーヴォなど、文化を求めて人が集まる場所があることがわかった。

店名は桃子さんにちなんでいるだけではなく、「凝ったものではなく、わかりやすいものがいい」という思いを込めた。

 2023年3月にオープンしたMoMoBooksは、良太さんとパートナーの桃子さんの2人で切り盛りしている。店名の由来はこの時点で、うっすら想像がついた。2人はともに大阪のライブスペース、ロフトプラスワンWESTのスタッフだった。

 京都出身の良太さんは、20歳の時に大阪にやってきた。理由は、お笑い芸人修行をすべく、吉本のNSCに入るため。しかし1年で目標をリセットし、舞台を支える側になることを決めた。その後は大道具担当や芝居小屋などで働いていたが、2014年に大阪にもロフトができると聞いて、働きたいと思った。一方の桃子さんは広島出身で大阪の大学で学び、一度広島に戻り2011年から東京のロフトで働いていた。その後大阪に来ることになり、2人は出会う。

 日々繰り広げられるトークライブは刺激的だったが、2020年にコロナ禍が猛威を振るい、お客さんを会場に呼んでのイベントは中止を余儀なくされる。配信ライブが続く中、良太さんは「この先何をしようか」と思うようになったそうだ。

 「その時にふと、本屋を思いついたんです。ライブハウスはイベントを目当てにお客さんが集まりますが、チケットを持った人しか来ない。いわばクローズドな場所だし、入りにくさを感じている人もいると思うんです。誰にもオープンな、文化を発信できる場所はどこだろうと考えたのですが、それは本屋だとひらめいて」

ジュンクでの修行を経て開店

 そんな良太さんの思いを聞いた桃子さんは、「まっさきに『生活できるのか』と思った」と語った。

 「本屋で働いた経験も知識もなかったから、不安しかなくて。だから『やりたいなら、まずは本屋で働いてみたら?』と言ったんです」

 2021年3月、ロフトを退職した良太さんは、ジュンク堂難波店に向かった。桃子さんの言葉通り、本屋で働くことにしたのだ。面接にあたったのは、『明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか』などの著書がある福嶋聡さん(現在はMARUZEN&ジュンク堂書店梅田店の所属)だった。良太さんはその場で福嶋さんに、「ここを辞めたら独立したい」と言ったと教えてくれた。

 「止めはされなかったけれど、お金はあるのか? とかパートナーはOKしているのか? とか聞かれましたね」

 無事に採用された良太さんは、返品や荷受けなどの担当として約1年間勤めたのち、MoMoBooksの開店準備に取りかかる。映画館がある九条で本屋をやることは、この時から決めていたそうだ。

 「もう少し商店街に近い場所にする予定だったのですが、なかなか理想に合う物件が見つからなくて。そんな折に今の大家さんの親族と知り合い、この場所を紹介してもらいました。『リノベーション済みの民家だけどお風呂がなくシャワーのみで、ちょっと貸しにくくて』と言われたのですが、家賃的にも条件的にもむしろピッタリで。2023年1月に鍵を渡されてから、約2カ月でオープンにこぎつけました」

床はじゅうたん張りなので一瞬悩んだが、靴は脱がなくてOK。

 店に入ってすぐの場所に平台と、左手にレジカウンターがあるが、実はこれは古物商もしている大家さんからもらったもの。平台下にある小さなスツールや子どもが喜ぶキリンのぬいぐるみは、大家さんの息子夫婦から借りたものだそうだ。

 ちょうどそのタイミングで、くだんの大家さんがやってきた! 大家さんは慣れた様子でコーヒーを注文して、奥のテラスにある椅子に座る。また別の女性もやってきて、熱心に本を探し始めた。

 女性はシネ・ヌーヴォで映画「福田村事件」を見た帰りに店に寄り、熱く感想を語ったことを機に、その後も足を運ぶようになった。シネ・ヌーヴォにはMoMoBooksによる選書コーナーがあり、そこでこの店の存在を知る人も多いようだ。

上映作品に合わせてセレクトしている、シネ・ヌーヴォの選書コーナー。

「どんな本屋か」聞かれても答えられない

 では一体、どんな本を置くようにしているのだろう?

 「2020年以降に刊行された本をメインに仕入れていますが、『夜と霧』のような、刊行年代が古くてもなくてはならない本があるので、今後はより広げていこうと思っています。セレクトは私がしていて、ジャンルは絞らず『これは面白そうだ』というものを選んでいます。その点は誰に登壇していただくかを考える、イベントの企画とよく似ていますね」

店奥のテラスで、コーヒーを味わえる。多肉植物は「気付けばご近所さんが置いていった」売り物だ。

 どんな本屋ですか? とよく質問されるが、答えられないと良太さんは笑った。とはいえ棚を眺めていると、音楽&アート関連と反差別、フェミニズムやノンフィクションから、小説や絵本とコミックという感じで大別できる。かつての先輩のように「ヘイト本を外せるだろうか」などと逡巡する前に、1000冊程度の在庫から問答無用で外しているのは個人の本屋ならではかもしれない。でもそこに安心して訪れることができる人がいることは、あえて記しておきたい。

 壁際にはZINEを並べるコーナーもあるが、ここの棚は桃子さんが作った。Instagramなどに登場する店のアイコン、桃色の豚さん「モモブー」をはじめとする、ビジュアルイメージは桃子さんによるものだ。2人で二馬力どころか、何馬力ものパワーを発揮できている。

 オープン当初は心もとない日もあったものの、最近は「意外と人が来てくれるようになった」という。そんな話をしているとやっぱり「映画を見た帰りに寄ってみた」という男性2人組が訪れた。ZINEを興味深そうな瞳で眺めて、「ここで初めて見た」という何冊かをお買い上げしていた。オープンして1年だが、すっかり地域に根付いているように見える。

 レジの向かいにある階段を昇ってみると、誰かの家の応接スペースにいる気分になる椅子やテーブルも置かれていて、これがなかなか快適な広さだ。この日はイラストレーター&絵本作家の山口マサルさんと、バイナリーとクイアをテーマにした『ノンバイナリースタイルブック』『シミズくんとヤマウチくんーわれら非実在の恋人たち』の原画展が、同時におこなわれていた。ギャラリースペースのある本屋はこれまでもお邪魔してきたが、一度に2人の作品が同時に見られる経験は、今日が初めてだ。

天井が高いので、作品満載でも圧迫感のない2階ギャラリースペース。

 「最初は2階の活用方法について、どうしようかと思っていたんです。でも去年の11月にパレスチナのポスター展を開催したら好評で、今は定期的にフェアをしています」。ちなみに「意外と人が来る」きっかけにもなっているイベントを2階でやることもあるが「大家さんが同じなので、隣の25人収容できるシェアアトリエを借りることもありますね」と語った。

 そんな話をひとしきりしていると、外のベンチに近所の「藤田さん」がちょこんと座っているのが見えた。子どもたちの遊ぶ声が響く中、夕飯の仕込み時だったせいか、どこからともなくおいしそうな香りも漂ってくる。界隈の人たちが感じられるからなのか、つい私も長居してしまったようだ。昼下がりに訪ねたのに、気付けば夕方になっていた。

 「店を始める前に『できるだけ入りやすくて居やすい店にしよう』と考えてました。駅前でやっていたら、違った雰囲気になったかもしれません」

 繁華街にある本屋や、「よし行こう!」と決めて行く本屋も、確かに楽しい。でも手を伸ばせばすぐに届く、日々の生活の中に本屋があるって、なんとも贅沢ではないか。

 次回は私も地元住民のようなふりで、ふらっとお店に顔を出してみたい。そんなことを思いながら商店街を歩いてみると、なんともおいしそうな店が何軒も視界に入った。とても今日1日ではまわりきれなさそう。うん、やっぱりまた来ないとダメだな。

キリンがいるのがお分かりいただけるだろうか?

MoMoBooksが選ぶ、著者に会ってみたくなる3冊

●『〈寝た子〉なんているの?ー見えづらい部落差別と私の日常』上川多実(里山社)
 著者の幼少期から始まるこの本は、ご本人が成長していく過程で徐々に見えてくる部落問題を認識し、どう伝えるかを育んでいくエッセイです。「子ども」や「ママ友」へどう伝えるかの悩みは普遍性を持っています。

●『読書と暴動 プッシー・ライオットのアクティビズム入門』ナージャ・トロコンニコワ著、野中モモ訳(ソウ・スウィート・パブリッシング)
 フェミニズム・パンクバンドのメンバーであり、アートアクティビストとしても知られる著者が、これまで実践してきらアクションを教えてくれる指南書。ロシアでの過酷な環境の中でアクションを起こす様に、日本にいる私たちはめちゃくちゃ勇気をもらえます!

●『小さき者たちへ』夕暮宇宙船(地下BOOKS)
 今現在も遠くの国で続く凄惨な戦争と、思うようにいかなくとも淡々と続いていく目の前の日常。何かをしたいけどこんな自分に何ができるのかという矛盾や葛藤を主人公が内省する漫画ZINE。想いを代弁してくれる作品です。

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