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「みんなで省エネ」は正しいか?――吉永明弘さん・評『エネルギー正義』

記事:明石書店

宇佐美誠編『エネルギー正義:公正な脱炭素へ』明石書店(紀伊國屋書店新宿本店にて撮影)
宇佐美誠編『エネルギー正義:公正な脱炭素へ』明石書店(紀伊國屋書店新宿本店にて撮影)

 こういう本を待っていた。「エネルギー」の「正義」というと、「みんなで省エネすべきだ!」という呼びかけを連想するかもしれないが、この本は、省エネせざるをえなくなって亡くなった人たちの話から始まる。省エネは正しいが、「みんなで」省エネすべきというのは間違いだ、というのがこの本の主張である。省エネすべき人たちは一部の富裕層であり、貧困者は省エネを強いられてはいけないのだ。

 「エネルギー正義」の「正義」は、justiceの翻訳語で、justiceは公平・不公平に関わる言葉である。検察庁や裁判所にある正義の女神像は、目隠しをして右手に剣を持ち、左手に天秤(てんびん)を持っている。剣は権力を指し、目隠しと天秤は公平性を表している。えこひいきをせず、罪に見合った罰を与えるという意味だ。だから「エネルギー正義」は、エネルギーの公平・不公平に焦点を当てる。全体的なエネルギー不足よりも、「エネルギー過多世帯」と「エネルギー貧困世帯」の格差が激しいことが問題なのだ。

 この本で扱われる主なエネルギーは、化石燃料、原子力、再生可能エネルギーである。気候変動(いわゆる地球温暖化)を食い止めるためには「脱炭素」が必要だ。だから化石燃料(石炭、石油、天然ガス)への依存をやめなければならない。そこから原子力に期待する声が上がる。しかし原子力には巨大事故のリスクと放射性廃棄物の問題がある。そこから原子力をやめて(脱原発)、再生可能エネルギーに移行すべきだと主張される。では再生可能エネルギーには問題がないかというと、そうでもなく、メガソーラーや巨大風車の建設をめぐって各地で紛争が起こっている。すべてのエネルギーが問題含みなのである。

 脱炭素を支持する人たちは、原発や再エネの問題にやや甘くなる傾向がある。脱原発を主張する人たちは、とりわけ再エネをめぐる問題を過小評価する。再エネに反対する人たちは気候変動や原子力の問題にあまりふみこまない。少し戯画化しすぎたかもしれず、怒る人もいるかもしれないが、何が言いたいかというと、この本は化石燃料、原子力、再生可能エネルギーをめぐる公平・不公平をめぐる問題をまんべんなく取り上げていて、こういう本はあまりなかったのではないか、ということである(ただし再エネの「乱開発」の問題を扱う章が1つあってもよかったとも思う)。

 この本は7つの章から成り、第1部と第2部に分かれている。第1章は編者による本書の総論であり、これまでのエネルギー論の多くが安定性・効率性・環境性・安全性だけを論じていて、正義の議論が欠けていたことが指摘される。加えて正義概念の検討がなされ、承認的正義をベースにして分配的正義・矯正的正義・手続的正義が分類される。このあたりは正義論一般のコンパクトな概説になっているので、ここだけ読んでもためになる。

 第1部は、エネルギーをめぐる公平・不公平の現状分析である。先に、エネルギーに関する格差の話(第2章)や、それぞれのエネルギーに固有の正義問題があること(第3章)にふれたが、それはこの部分に具体的なデータをもとにして書かれている。

 第2部は、そうした不正義に対して声を上げ始めた人たちの話である。第4章では、高レベル放射性廃棄物の地層処分の場所に選定された地域の住民の声を拾い上げている。マスコミの質問に何の気なしに答えたことがきっかけになって、反対運動の共同代表になった人の話が印象的だ。放射性廃棄物の問題は将来世代への負の遺産として語られることがほとんどだが、この章では問題をきっかけにして学習や議論が行われ、それが世代を超えて受け継がれればポジティブな遺産にもなるとされている。

 第5章は、気候変動訴訟を取り上げ、そこでの原告たちの訴えを紹介している。この章を読むと、日本がオーフス条約(環境に関する情報へのアクセス、意思決定における市民参加、司法へのアクセスに関する条約)に加盟していないことが大きな問題であることが分かる。

 第6章では、フライデーズ・フォー・フューチャー(FFF)ジャパンを中心に、若者たちが気候変動対策を求めて立ち上がっている様子が描かれる。この中で、国際的にみて日本の若者は有効性感覚(自分は社会に変化をもたらせるという感覚)が低いという調査結果が紹介されている。2019年調査では18.3%、2024年調査では45.8%で、どちらも調査6か国中最下位だったという。この章の著者たちはそのことを嘆いているが、むしろ私はこの短い間に有効性感覚をもつ若者の割合が急激に増えていることに驚いた。

 第7章は編者によるまとめの章である。この章にはエネルギー正義論が環境正義論と気候正義論をベースに成立したこと、そこで批判理論と分析哲学的な議論が合流していることなど、倫理学や政治哲学の分野からみて大変興味深いことが書かれている。そして驚くべきは、この本の最後の段落に「その諸問題を解決してゆく可能性について、私たちは楽観的であり続けるべきだろう」と書かれていることだ。エネルギー正義の問題を考えると概して悲観的になりがちだが、この本は最後に楽観的であれと述べている。「絶望は愚か者の結論」という言葉があるが、この本は逆に、強靭(きょうじん)な思考力が希望にリンクすることを示している。

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