気候変動に世界の金融機関が警鐘
――『ESG思考』『超入門カーボンニュートラル』と、ESGやサステナビリティに関する本を立て続けに執筆しています。
『ESG思考』を発表した2020年4月の時点では、SDGsという言葉が一人歩きする一方で、ESGという言葉は大企業の一部の人しかぴんとくるものではありませんでした。ただ、彼らが興味を持って読み、周囲に勧めてくれたおかげで、広く読まれている手応えを感じています。今では環境省の幹部の必読本にもなっていますね。
――当時は新型コロナウィルスという新たな脅威のまっただ中でした。
2020年前半はコロナ対応だけが最優先になり、多くの企業で「SDGsブームは終わった」「環境問題なんか気にしている場合じゃない」という雰囲気がありました。しかし、本来ESGはコロナ禍のような不況下で真価が問われるもの。2020年も世界的にその流れが加速していて、日本もようやく動き出したところです。
――この本を書いたのは、2020年10月に菅義偉首相が所信表明演説で宣言した「2050年にカーボンニュートラルを目指す」を受けてのものでしょうか?
そうですね。多くの人は菅首相がいきなり聞き慣れない単語を使ったことに戸惑い、その背景を理解できないのではないかと思ったことが背景にあります。
ただ、突然この言葉が出てきたように思う人もいるかもしれませんが、世界的にみるとカーボンニュートラルという言葉は2006年にはすでに『新オックスフォード米語辞典』の「今年の言葉」に選ばれています。世界的には何年も前から議論が活発化していたのですが、日本ではほとんど注目されてきませんでした。
――それが今、環境問題としてだけではなく経済問題として注目を集めているのはなぜでしょうか。
今、気候変動に対して投資家や金融機関はかなり焦っています。たとえば、国際決済銀行は2020年1月に「グリーン・スワン」というレポートを発表しました。2008年、リーマンショックによって未知のリスクが顕在化したことを指す「ブラック・スワン」をもじったものですね。レポートの中で国際決済銀行は、気候変動が巨大な金融危機を引き起こすリスクがあると警鐘を鳴らしています。
――具体的にはどういうことですか?
災害や気候変動で大きな打撃を受けた企業は株価が下落します。すると年金や保険会社の運用資産が大きく減少し、高齢者が大きな影響を受けます。個人投資家が自己破産に追い込まれるかもしれないし、株価の低迷が長期化して経済が冷え込めば影響はより広範囲にわたるでしょう。当然、企業が倒産するリスクも高まります。気候変動による金融危機の恐怖は、これらの影響が世界で同時多発的に起こることにあります。
年金や保険の加入者からお金を預かって運用している投資家が仕事を全うするには、リターンを伸ばして還元していく必要があります。しかし、気候変動によってそのリターンが目減りし、成長が止まる危機に面している。これは来年起こることではないけれど、2030年、2040年といった長期的な目線で見た時には十分にあり得るシナリオです。だからこそ彼らが強い危機感を示しているんですね。
環境問題と経済は密接に絡み合っている
――本書では電力、交通・運輸、ICT産業など、12の項目に分けてさまざまな産業へのカーボンニュートラルの影響を紹介していました。幅広い業界で無関係でないことがうかがえます。
たとえば電力の項目では、クリーンエネルギーである洋上風力のポテンシャルの高さを紹介しました。日本でも洋上風力の建設は進むでしょうが、今の日本は世界に遅れを取り、発電機を作る技術がありません。このままではすべて海外製に頼らなければならず、産業競争力が育まれないリスクに直面しています。
自分たちの産業を継続していくため、今までのやり方から転換しないといけないことがたくさんあります。EVやプラスチックのリサイクル技術でも大きく遅れをとっていますし、農業でも飼料や農薬を環境負荷をかけないものに切り替えていかなければいかないのに、なかなか進まない。手遅れになる前に、少しでも早く議論と行動を起こすべきです。
――夫馬さんは環境省の専門家会議委員も務めています。環境省ではどのような政策が出ていますか?
大きなものとしては、国の中期的なエネルギー政策の方針を定める「第6次エネルギー基本計画」です。経済産業省の管轄なのですが、脱炭素型に少しでも近づけるように環境省からもたくさん提言しています。
縦割りが浸透している省庁においてこれは一種の越権行為で、横槍を入れるのは嫌がられます。ただ、環境問題が経済と密接に絡み合っている以上、言わなければいけないと思っています。
僕自身は、投資や融資を長期的視点に変えていき、金融の力で世界を持続可能にしていく「ESG金融」の分野の政策に関わっています。この数年で、環境省が持つ金融界や経済界への影響力は見違えるように大きくなってきました。
「ニュー資本主義」への転換を
――環境活動と経済成長の両立は、本当に可能なのでしょうか?
環境や社会の影響を考慮すると利益が減ると考える「オールド資本主義」から、環境や社会への影響を考慮することで利益を増大させる「ニュー資本主義」への転換が必要です。世界的にそのような状況が生まれ、強い確信もみなぎってきています。しかし日本の、特に地方の中小企業ではオールド資本主義がまだ根強く、「環境問題に取り組むのは利益のない社会貢献」という意識が残っています。
――それはなぜでしょう?
わかりやすく言うと、日本の経営者の多くがいつのまにかすごく短期思考になっていたことが挙げられます。今年のことや3年後のことで手いっぱいなのに、10年後のことなんて考えられないという思考で、長期的なトレンドに目を向けていないんです。
しかしESGやカーボンニュートラルは中長期的に捉えるべきもの。コロナ禍でSDGsがおざなりになったのも、中長期的な思考が根付ききっていないことと関連するでしょう。バブル崩壊以後、日本がいかにコスト削減に苦心し、長期的な投資までをも後回しにしてきたか。そのツケがまわってきていると感じます。
――思考の転換は、容易ではなさそうですね。
ただ、経営者の中にはこれを理解して考えを変える人も多いです。実はボトルネックになっているのは中間管理職の方々。短期的にどう成果を上げるかを考え続けてきた感覚が染み付いているので、中長期的なミッションに取り組みなさいと言われても、そんな場合じゃないと思ってしまうんです。
だから今、多くの経営陣は気候変動への意識が高い20〜30代の若い層を巻き込んで変革しようとしています。こうした構図は多くの企業で見られますね。
——「脱資本主義」といった、多くが自然への依存度を高めていく動きについてはいかがですか?
私たちが直面している難しさは、立ち止まることができないということなんですよね。仮に今から電気を使うのをやめても、すでに動き出している気候変動は止まらない。足元は常にぐらついていて、我慢をすれば安定した生活が戻ってくるわけではないので、それならもう変えていくしかないんですよね。
例えば、脱資本主義の人々が賛同する再生可能エネルギーにしても、資本主義のもとで技術革新が進んだからこそ広く普及してきました。資本主義なしに、再生可能エネルギーの技術開発や実用化はありえなかったですね。
――経済成長と気候変動は密接に関連しているように思えます。
生活スタイルを見直す必要もありますが、技術やインフラを変えていくことも必要で、そのために大きな投資が必要なら、資本主義のメカニズムを最大限活用して好ましい変化を起こすしかない。
2010年ごろからは国連環境計画(UNEP)の出したレポートによる、この二つを切り離す「デカップリング」の考えが主流。ドイツやスウェーデン、イギリスといった先進国では、GDPを成長させながら温室効果ガスの排出量をマイナスにすることに成功しています。
SDGsには17の目標がありますが、事業化しづらくまだまだ国連や政府が取り組む必要があるものと、経済合理性を見出して企業が成果を出しやすいものに分かれます。貧困・飢餓の解決などは前者ですね。一方、気候変動やカーボンニュートラルは後者。民間で大きな動きをつくり出せる分野で、先に動いた企業ほど有利です。
「そのうち消える流行」ではない
――カーボンニュートラルという言葉を知って、自分の会社でも取り組むことになり戸惑っている人は、最初にどんなことを意識すればいいのでしょうか。
「そのうちこのブームは消えるんじゃないか」と思っている人もいるかもしれません。ただ、これは菅首相が一人で考えて言いはじめたことではなく、世界的な巨大なうねりの中で生まれた現象。なくなることはまずあり得ないので、長期的なトレンドとしてまずは関心を持っていただきたいです。
――対応できるのは大企業が中心で、中小企業にとっては遠い世界のように聞こえる人もいるのではないでしょうか。
これはあらゆる産業にかかわる問題で、中小企業でも間違いなく影響を受けます。今からちゃんと把握しておかないと、いきなり取引先から発注がなくなったり、融資を受けられなくなったりすることもあり得るということは強調しておきたいですね。
「そう言われても、自力ではどうしようもない」という思いも、中小企業が反発する背景にあると思います。しかし、政府や自治体が全ての必要資金を用立てするのは難しい。となると、重要になってくるのが地元の金融機関です。各地域の金融機関が積極的に長期的な設備投資を後押しするようになれば、中小企業も未来に向けた経営が可能になっていく。その意味で、金融機関の方々にもぜひしっかり学んでほしいです。
――消費者の意識も高まっていると感じますが、ESGやカーボンニュートラルへの企業の取り組みを、正しく見分けるのは難しそうですね。
実態を伴っていないにもかかわらず、環境に配慮していると見せかける「グリーンウォッシング」をしている企業もあります。たとえば、「海洋プラスチック問題を受けて、ペットボトルから缶に変えました」という飲料メーカーがあったとします。でも、ペットボトルより缶の方が製造工程で排出される二酸化炭素の量が圧倒的に多いんですよ。
このように一元的な情報で環境に配慮しているとうたうのがグリーンウォッシングです。「今は缶に切り替えていますが、最終的にはリサイクル素材に変えつつ製造工程の脱炭素化も行う予定です」といった長期的なロードマップを示していればまだいいのですが、ただ缶にしましたというだけでは、海外であれば大バッシングでしょう。海外では、グリーンウォッシュしたマーケティングを禁止する政策もはじまっています。
――そうした企業を見分けるポイントはありますか?
これは複合的な問題なので、消費者が自分で判断するには限界があるのも事実です。ただ、一側面から判断せず知識をつけることは大切です。同時に、政府がグリーンウォッシュを防ぐ仕組みを並行して進めていくことも求められていますね。