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歓喜する反撃――サロメ・サケ『抵抗 無関心からの脱却』が描く希望

記事:春秋社

サロメ・サケ『抵抗 無関心からの脱却』、2026年4月19日国会議事堂前にて
サロメ・サケ『抵抗 無関心からの脱却』、2026年4月19日国会議事堂前にて

「大衆の最もインターナショナルで同時に最も革命的な情動、つまり笑い」
——ヴァルター・ベンヤミン 1



 抗議活動は暗くていかめしいイメージと結びがちだ。それはもちろん当たり前で、ファシズムしかり、植民地支配しかり、諸悪に立ち向かおうとする時は毅然とした態度が必要だ。歴史の教科書に掲載される事例はおおよそこの傾向が強いだろう。

 しかし、笑いやユーモアと結びついた抵抗活動「も」ある。フランスのジャーナリストで記者のサロメ・サケは、著書『抵抗 無関心からの脱却』にて極右勢力に対する危機感を訴えかけ、怒り、抵抗することを促すが、一方でこの本は「楽観主義と熱意」によって締めくくられている。抵抗運動を「笑いと喜びと楽しさに満ちた場であってよい」とし、それは「不安につけこんで孤立させようとする体制への反撃」であるとする(123頁)。

 たとえばサケは、2022年にフランスの極右政党・国民連合のマリーヌ・ルペンの記者会見が行われているさなかに、女性活動家がルペンとウラジーミル・プーチンが並んで写っているハート形のプラカードを振りかざした例を紹介しているし、『みんなこうして連帯してきた』の著者ジェイク・ホールも「ターゲットをネタにして人々を笑わせることができれば、その人物の力を弱められる」として、活動家が利用できるツールのひとつとしてユーモアをあげる 2。そのほか、個人サイトSAPPORO POSSEがXにて「世界的にはデモは結構笑かしにかかってくる」と、一連の抵抗活動をツリーで見事にまとめている(2026年4月28日)。

 どうして笑いや喜びはレジスタンスにとっての強力な武器になり得るのだろう。それはもとより「喜びや笑いは尊い」という価値観は、どうやっても覆せないからだと思う。多くの人間の顔に覇気がなく、誰もが他者をにらみ監視するディストピアを望むのはまったく非倫理的だ。「デモなんて意味がない」という「冷笑」にすら「笑」の文字が含まれている。笑っていたいことは全人類の望みなのだ。

 そもそも権力者や極右派側も、喜びや笑いをうまく利用している。国民連合の現党首ジョルダン・バルデラはTikTokを駆使し、素敵なスマイルで、BGMに流行りの音楽を流し、親近感を演出した。政治家たちは親しみやすさをメディアで演じるようになり、時に「ネタ化」されるようにもなった。それは近年日本でもごく一般的な光景だ 3。一連の戦略は「いかめしく若者たちのことを見向きもしない」政治家像を払拭することに成功している。

 しかし、どんなに面白おかしい政治家の動画を見て一旦は溜飲が下がったとしても、根本的な解決には至っていないケースが多い。笑顔で市井の味方をするふりをしていたとしても、内実は保守的な思想のもと、多様性を無視し、分断や憎悪を加速させる──極右政党ならなおさらである。これをもちろん忘れてはならない。

 ただ、笑いを駆使する為政者は非常に厄介で、こちらが大真面目に怒ろうものなら、とって返す刀で「恐ろしいのは反権力側のほうなのだ」と言われ、相手の術中にはまってしまう。ポピュリズムが加速した現在、いま強力な侮蔑は悪手になりかねない。いとも簡単に悪者に仕立て上げられてしまう。楽しげなデモですら「怖いもので」「騒音被害に悩まされている」と記され、「先生を見かけましたらお近くのスタッフに」も脅迫と捉えられることがある。

 サケも、軽蔑でもって応酬する抵抗の仕方には注意を寄せており、極右派をことさらに悪者扱いすれば、「エリートや知識階級から軽蔑され排斥されているという国民連合支持者の大多数の思いをますますつのらせる危険」があるとする(110頁)。だからむしろ、ポジティブな感情を充満させて憎しみや内向き志向を後退させるやり方が、ひとつの抵抗の手段として推奨される。「笑いは有効」だと為政者側ですら考えているのだ、こちら側も大いに笑えばよい。

 喜びは弱い感情ではなく、抵抗の行為なのだ。凝り固まった考え方に笑いで応じることは、相手を武装解除させる一歩だ。極右派のいない世界を思い描くのに許可を求める必要はない、それは築いていくものだ。今こそ、彼らが過去のことをくどくど蒸し返している間に、未来を創造するのだ。(123頁)

 極右勢力の危険性を冷静かつ克明に記し、ときに憤り、無関心から脱却し、抵抗する(Résister)ことを読者に求める本書が根幹の部分で「暖かさ」を求めるのは、けして矛盾しておらず、明快な論理に基づいている。「愛は根本的抵抗のひとつ」──これはサケが引用するベル・フックスの言葉だ(122頁)。

 我々は今、混沌と戦争が渦巻く、控えめに言ってもひどい世界に生きている。微笑みの為政者たちも、表面は穏やかだが水面下では分断や憎悪を助長している。だが一方で、「いま世界は必死になって笑いを求めている」ともとらえることができる。抵抗する側も、権力者側も、毎日毎晩必死になって「さて相手をどう笑わせてやろうか」と悶々と考えている姿を想像すると、それこそ少し笑えてくる。笑いは抵抗だと謳うこの記事の書き手のわたしも、どこかにひとつジョークを挟むべきかと悩んできた。

 ……いや真面目にやれよ、と叱られることを知っている。わたしもこんな体たらくだから、「ごっこ遊び」とか、「お花畑」とか言われるのだろうか。だがサケは言う。

 こうした類の言説は理想主義や単純すぎる信条であるとの非難を浴びることは知っている。抵抗運動にはこうした批判を無視する能力も必要だと私は思っている。歴史がそれを証明している。大きな変動は、夢見る人々の頭の中から生まれた。公民権も、男女平等もそうだったではないか。ユートピアが現実になる。ならば闘志をもって夢を見続け、大きな夢を描くのだ。(123頁)

 この本を執筆したとき、まだ28歳の若さにして、フランスの極右勢力から幾度となく脅迫、ときには殺害予告すら受けつづけている彼女が、それでも希望を捨てずにこう言ってくれるのだ。それは遠く離れた日本で、歓喜する抵抗を続ける我々の背中を、暖かく押し続けてくれるに違いない。

(文・春秋社編集部)




1 『ベンヤミン・コレクション5 思考のスペクトル』浅井健二郎[編集]、土合文夫、久保哲司、岡本和子[訳]、筑摩書房、576頁。

2 ジェイク・ホール『みんなこうして連帯してきた』安藤貴子[訳]、柏書房、196頁。

3 たとえば「手取り増やすおじさん」こと玉木雄一郎は、YouTubeにコント仕立てのショート動画を投稿していた(国民民主党YouTubeチャンネル(@DPFPofficial)、2024年10月24日)。また、2024年の東京都知事選の際の石丸伸二をお笑いコンビ・さらば青春の光がパロディした時、一番に特徴として描かれたのは彼の「笑い方」だった(さらば青春の光Official Youtube Channel「【石丸チャレンジ】石丸降臨状態でブクロと会話!!殴られずに8分逃げ切れるか!?」2024年7月13日)。

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